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曲のイメージ

 自分の体が床に這いつくばっている。

 足や手の方向が明後日を向いて不自然な形になっている。 

 それでも不思議と意識だけはまだハッキリとしていた。

「なんだこれ? 俺死ぬのか?」

 落ちた衝撃でも外れなかったのかイヤホンから志村さんが作った曲が流れている。

 激しい頭痛、階段から転落、そして動かない体。

 僕は死を覚悟した。


 ピアノの音を聞いて死んでいく。

 ピアノを弾く姿は穏やかで、微笑みは安らぎで、奏でる音は子守歌のようで耳に心地よく、心がとても落ち着いた。いつまでもただ聞いていたかった。

 周りの雑音をすべて取り去ってくれる。頭の中を巡っている様々なことがぼやけて、彼女の音でかすんでいく。それでも音の響きが耳に体に、心に伝わってくるたびに目を閉じても目の前が明るくなるような、手を伸ばして太陽の光を全身に浴びているような暖かい優しいぬくもりを秘めていた。

 僕は我慢できずにその場の空気で深呼吸をして彼女の音を全身で受け入れようとしていた。目を閉じていても変わらず音が体に伝わってくる。耳をふさごうとしても全身に伝わってくる振動が彼女を、音を感じていた。


 曲のイメージ。リクエストして聴いている時には思い浮かばなかったがこれは「死」のイメージだ。今まさに死のうとしているからそう感じるのか?

 いや、それだけじゃないだろう。安らかな死、愛している人を見送る曲。愛していると感じていたのはそういう事だったのかもしれない。

 安らかに感じるのは自分の死の苦しみを和らげようとしてくれているからだろう。


 いいのか? こんなに簡単に死を受け入れていいのか? 死んでいいのか?

 少しくらいは足掻いてもいいんじゃないのか?

 そう思って立ち上がろうとした。

 誰かが気付いてくれれば……

 そう思って「生」を意識すると現実的な痛みが再び全身を襲う。

 頭が割れそうなくらい痛い。あまりの痛みに意識が飛びそうになる。

 ここは病院だ。

 大きな音がすれば誰か驚いて来てくれるだろう

 雰囲気からしてそんなに小さな病院じゃない。

 それなりに面会者がいて気づいてもらえば……

 ここで意識が飛んだら駄目だ。

 動かないと思っているのは僕が思い込んでいるだけだ。

 動け、動け、動け、動け……

 そう思と腕が動いた。

 胸元について上半身を少し持ち上げることが出来た。

 誰か……

 声にならない声を上げる。

 朦朧とした意識の中で前を見つめると、ぼんやりと小さな人影が見えた。

 あぁ、助かったのかな……


 人影が近くに寄ってくる。

 良かった……、これで……

 と思っていたが、人影はやたらと小さい。

 人影が目の前に来るとはっきりした。

 なんだ……、フォニックじゃないか。


「よぉフォニック、元気してるか? 悪いけどちょっと手伝ってくれないか?」

「やぁ、彼女が慌ててると思ったらこんなところにいたのか。せっかくいっぱい魔法をかけてあげたのにこんなところで寝てるなんて酷いなぁ」


 フォニックの言葉を聴いていると死ぬ気がしない。

 ただ寝てるだって? そうか、僕はただ寝てるだけだな。


「いっぱい? そんな事より、お前、誰かと話できるだろ? ちょっと人を呼んできてくれよ……」

「君が音楽室に来た時からね~。結構大変だったんだから。ん~、それはちょっと難しいかな。音楽室を離れてここに来たら、なんだか思うように姿が出せないんだよ。君に見えてるのが不思議なくらいだね」


 はは……、最初からか。そりゃ素人でも弾けただろうよ。ぬか喜びさせやがって……

 そう言うのは最後まで黙ってろって……

 しかもフォニックは音楽室じゃないと駄目なのか。

 期待がしぼんでいく。上半身を腕で支える力が抜けて再び横になる。


「そうか……、悪かった」


 誰か来てくれないのか? 最後にフォニックか……

 こいつに言っておきたい事でもあったかな……

 瞼も重くなって半目になってきた。


「俺はもう終わりらしいな。志村さんをよろしくな」


 はっきりと声に出ていたかどうかは分からない。頭で考えていたのは確かだ。それでも僕はフォニックに向って言ったつもりになっている。


「大丈夫。引き受けたよ。彼女は君のおかげでもっと表現力あふれたピアノが弾けるようになるだろうね。君には感謝しているよ」


 そうか、それは良かった。

 僕は「大丈夫、引き受けたよ」という言葉だけしっかり頭の中に刻み込む。

 後は何か言っているなぁと思っている程度で、頭の中で同じ言葉を繰り返しても意味を理解する事はできなかった。

 こいつ音楽室から外に出られるんだな。なんかいろいろ知ってそうだなぁと思った。でも今更だ。問い詰めて何かを吐かせたところで……、そうは言っても何を吐かせよう。あぁ、そうだ。お前キスした現場見てたな。どうなんだ? 僕はフォニックに手を伸ばそうとするが、体は動かない。

 目の前にいるのに突いてきたりしないんだな。

 フォニックも気を使っているのだろうか?


 あぁ、生でもう一度ピアノ聞きたかったな。

 走馬灯というものがあるなら、もう一度彼女がピアノを弾いている景色を見せて欲しい。

 音が色めく、踊っている瞬間。

 ピアノを弾いている彼女の指、横顔を見せてくれないだろうか?

 そう思いながら目を閉じていく。

 イヤホンからは彼女の曲がまだ聴こえている。

 いつまで聴けるだろうか?


 私の墓標は彼女のピアノの音だったのかもしれない。

 あぁ、せっかくならもうちょっとリング食べとけばよかったな……


 朦朧とする意識で覚えていたのはここまでだった。

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