お相子
僕は志村さんと話をしながら歩いている。どうにか昨日の話を切り出せないかと機会を伺っていた。しかし切り出すタイミングをうまく測れないまま学校の近くまで戻ってきてしまった。
もうチャンスが無くなると思い、
「志村さん、昨日はすいませんでした」
と、頭を下げて勇気を出してお詫びの言葉を言った。
顔を上げると志村さんは「ぐっ」と堪えた表情でこちらを見ていた。
「謝らないで、別に怒ってないから」
と、小さい声で顔を赤らめながら言った。
「別に大丈夫だからな、そんな嫌じゃなかったし」
「いや、そんな、でも、ごめんなさい」
「もう、謝らないでよ。悪いことしたと思っているの? 沢村くんは嫌だったの?」
志村さんはちょっと怒ったように言った。
「そんな、嫌だなんてことは全然ないです。むしろ嬉しかったというか、心の準備というか、段階を踏むというか、そういうのすっ飛ばしてキスしてすいませんでした」
僕はなんて恥ずかしい事を言っているんだろうか。自分で口にしていて聞こえてくる自分の声が痛々しい。もうこの場から逃げ出してしまいたい。そう思いつつも、逃げるわけにはいかないという心が優勢であり続けることを願う。
僕は志村さんに向かって頭を下げた。
「罪悪感でいっぱいなんだね。大丈夫だよ。私もはしゃぎ過ぎだったし。嫌じゃないって言ったでしょ? 頭を上げてよ」
志村さんはこちらをのぞき込みながら言った。
前髪がサラリと垂れている姿が僕の胸を刺激する。
僕はいろんな感情がいっぺんにやってきた結果、顔をこわばらせながらゆっくりと顔を上げた。
急に志村さんの顔が近づいてくる。
唇に柔らかい感触があたり、火照っているほんのりとした温かみが伝わってきた。
「これでお相子って事で」
そう言って志村さんは校舎の中へ向かっていく。
「お相子じゃないよ……」
僕は茫然自失になり立ち尽くしていた。
唇に感じる柔らかい感触。彼女はこんなに感情的で刺激的な人だったのか? ピアノの演奏が山場を迎えたように鍵盤が次々と叩かれているようなイメージが浮かぶ。味? そんなものは正直分からない。ただ僕の脳裏には覗き込んできた志村さんの髪がサラリと流れ落ちる映像と柔らかい感触がリフレインしていた。
去っていく志村さんの姿をしばらく見ていたが、正気に戻ると慌てて音楽室まで追っていった。
音楽室に戻り、新しいマグカップでお茶を飲む。
よくよく考えると音楽室でお茶を飲んでも良いのだろうか? 先生が急に入ってきて怒られたりしたらどうしようか? 一緒にお茶でも誘う? 逆にふざけてると思われるかもしれないな。まぁ、他に誰もいないし、ポットも置いてあるからいいのかな。彼女がピアノが弾けなくなる。そうでなければ別にお茶が飲めなくなったところで大した問題にはならないだろう。そんな事を考えている心に余裕が少しできていた。
フォニックは僕の隣に座ると
「仲直りした~?」
と茶々を入れてきた。
「まぁね」
と言ってちょっと笑いながら返事をすると
「ふ~ん」
といってそれ以上突っ込んでくる事は無かった。
何を考えているのか読めないが、僕の脳裏に浮かんだ彼女の最後の行動だけは悟られないようにと思って平静を装っていた。まぁ僕の場合、逆にそれが不自然な行動に繋がっていなければいいのだけど、という不安要素があるのは否めない。
ただ深く突っ込んでこない様子をみるとうまく誤魔化せているようには感じた。
志村さんはお茶を飲み終わり、ピアノを弾き始めた。
僕はその姿を見ていてほっとしたのか、ピアノの音を聞いている間に瞼が重くなってきた。
しっかりしろ! 自分に問いかけるが瞼はどんどん重くなり見える視界が狭くなってくる。
ピアノの音がだんだん子守歌のように聞こえてきてしまう。そんな事を思ったら失礼だ。そう思いながらも頭の重みに首が耐えられなくなって前に項垂れたような姿勢になっていく。
そして僕は居眠りをしてしまった。
「沢村くん?」
肩を揺さぶられて目を覚ます。しょぼしょぼする眼を必死に開けながら周りを見渡す。
どれくらい眠ってしまったのだろうか?
「大丈夫?」
「すいません、ちょっと寝てしまいました」
立ち上がろうとするとちょっと立ちくらみがする。どうしたのだろうか?
寝起きだからか? それにしてもちょっと頭がズキズキする気がする。
「ちょっと大丈夫?」
「ん~、ちょっと頭が痛いので今日は帰ります」
僕はなんだか違和感を覚えたので帰ることにした。
「気を付けてね」
志村さんが心配そうに見送ってくれる。
とりあえず今日は志村さんとちゃんと話ができて良かった。
そう思っている気持ちと、彼女の方からキスをされたので内心舞い上がっている気持ちと複雑に感情が絡み合っている。マグカップも彼女が選んでくれたとか考えると、思い返しただけでにやけてしまいそうだ。
そんな中で体調不良とか、自分しっかりしろよ。
まぁ一晩寝れば大丈夫かな? そう思い今日は早めに寝ることにした。
眠りながら彼女の音楽が頭の中に響いている。子守歌にしては失礼だろうと思いながらも頭の中で再生しているだけでもとても心地よい音だった。




