マグカップ
雑貨屋に着いてマグカップを探す。
どんなマグカップがいいのだろうか? マグカップを眺めて店内を歩いて行く。志村さんも隣で一緒に戸棚のマグカップを眺めている。そんなに種類があるわけでは無い。探すといってもすぐに一通り見終わってしまうだろう。ただこの雑貨屋は油断ならない所もあって、犬特集・猫特集など、ジャンル分けされた売り場も存在する。マグカップならそっちにも置いてありそうだ。
志村さんとは別々に店の中を歩いてみる。そんなには広くないけれど所狭しと商品が置かれている。マグカップ以外のものを探していても面白そうだ。
ふと、猫の顔が書いてあるマグカップを見つけた。縁に耳が少し生えて正面からみると猫の顔になって可愛い。志村さんにどうだろうかと思い手に取り、志村さんを探す。
「このマグカップどうですか?」
志村さんを見ると少し大きめのマグカップを手に取って見ていた。
僕の声を聞いてこちらに振り返る。
振り向く前の横顔がなんともきれいで胸にギュッと熱くなった。
志村さんはこちらを振り向いたので見えた横顔は一瞬だけだったが、ピアノを弾いている時の横顔とは違う可愛さがあった気がした。
「あっ、猫さんだ」
志村さんが僕の手に持っていたマグカップを見て眼を輝かせる。
「これ可愛くないですか? どうでしょうか?」
「そうね、それいいな」
気に入ってもらえたようで良かった。
同じウサギのマグカップは見当たらなかったが、猫も可愛いと思う。
「これどうかな?」
志村さんが少し大きい落ち着いた雰囲気のマグカップを見せてきた。
「それ、あんまり可愛くないですよ。それが良かったんですか?」
「いや、私じゃなくて沢村くんにだよ」
志村さんはちょっと「むっ」としたように顔が膨れる。
眼がうるうるとして怒っている表情も可愛い。って何考えてんだ俺は。
「あっ、そうでしたか。そうですね。使いやすそうでいいですね。それにしようかな」
僕は志村さんのマグカップを見て、慌てる様に返事をした。
「じゃあ決まりだね。お会計しようか」
そう言ってレジに向い、お互いのマグカップを店員の前に置いた。
「私が出すわ」
「いや、僕が出します」
店員さんは無表情でマグカップに貼られたバーコードを読み取り
「千円になります」
と、言ってこちらを見ている。
早く会計して下さいよ。という声を押し殺したようにじーっと僕らがトレーにお金を置くのを待っている。別に後ろに人がつっかえているというわけでは無かったが、店員さんの無言のプレッシャーに当てられていた、
僕と志村さんはお互いにお顔を見合わせて、無言のままアイコンタクトを取って五百円ずつトレーの上に出す。
500円玉を持っていて良かった。なんとなくコインを置いた仕草にも不自然さが無いか確認してしまう。例え千円札を出したとしても志村さんの500円を僕が貰えばいいだけで、でもそれだと、500円玉を回収する僕がいじらしい感じもするし、だからと言って千円札を出して志村さんは良いです見たいなリアクションをしたら、さっきのアイコンタクトは一体なんだったのか? という事になる。
僕はトレーに乗った500円玉2枚を見つめていたが、その間に店員さんは手際よくマグカップを緩衝材で包んで袋に入れていた。
僕の目の前に袋の取っ手を出されると「どうも」と言って受け取り店を後にした。
店を出て時は慣れたように志村さんが口から緊張を吐き出す。
「店員さんの眼が怖かった」
「そうですね、あんなにジーっと見つめなくてもいいのに」
「お金持ってないと思われたのかな?」
「そんな事はないと思いますよ」
「そう? そんなならあんな眼で見なくてもいいのにね」
志村さんは口を尖らせている。
500円玉を置いた後、志村さんは何も言わずに固まっていた。
店員さんからの威圧がそんなに嫌だったのか。僕も嫌だったけど。
「買い物をしている話の曲とかあったりしますか?」
「そうねぇ、どうだろう……、演劇用の曲ならあるかもね。ロシアの曲でコロペイニキって曲は行商人の曲だったかも、それは民謡だったかなぁ」
「ロシアの曲ですか? 良く知ってますね」
「ゲームにも使われたりしてるから聞いたら知ってるかもよ」
「そうですか。ちょっと調べてみようかな」
僕は顔をかしげながらコロペイニキという言葉を忘れないように頭の中で繰り返す。
行商人の曲。どんな情景なんだろうか? 怖い眼をした店員も出てくるのだろうか? 勝手な想像なので調べてみないと分からないな。
帰り道、歩きながら他愛もない話をしていた。




