いつもの道
僕と志村さんは駅前へ歩いて向かっている。
いつも学校に向ってくる時に歩く道。
学校に行くとき、帰る時、たくさんの人が歩いている中、知り合いがいたりいなかったり。
学校の最寄り駅は二つある。商店街を挟んで片方は地下鉄の駅、もう一つは国鉄の駅。
僕はいつも国鉄側から歩いてきている。
志村さんは地下鉄の駅を使っているようだった。
学校を出るとそれぞれ違う方向へと向かって歩いて行く。
一緒に駅まで歩いて、電車に乗って先に降りたり、見送ったり。そういった事はない。
だから一緒に歩くという行為自体、初めてような気がする。
「どんなマグカップがいいですか?」
「そうだなぁ、そんなに大きくなくていいかも、可愛いのがいいな」
「今まで使っていたウサギのマグカップかわいかったですね」
「そう、お気に入りだったのに」
志村さんはちょっと寂しそうな表情で「お気に入りだった」という言葉を言った。
「すいません」
僕は思わず、すいませんという言葉が出た。
「沢村くんは悪くないよ。謝らないで、割ったの自分だし、大丈夫。割れちゃったのはもう諦めるしかないもの」
志村さんは手を横に振って、大丈夫という言葉を少し強めに言った。
先ほど寂しそうな顔をしていたのを堪えているのか、もう吹っ切れているのか、表情は柔らかくなっていた。
「次のお気に入り見つかるといいですね」
「そうね。次はどんなのにしようかな? 沢村君はどうするの?」
僕の次のマグカップ……。考えて見ると音楽室に来てから数日でマグカップまで持ち込んでいるなんて図々しい人だなと思う。志村さんに「持ってきたら?」なんて言われて調子に乗ったのがいけないのか。まぁ持ってきていたのはシンプルな白い寸胴のマグカップ。特に飾りっ気も無く、なんとなく不精な男性が使っていそうな雰囲気。いっぱい入るのでたくさん飲むには洒落たカップより丁度いい。欲張りなだけか? 次はどうしようかと思うが、似たようなものしか思い浮かばない。
「今まで使っていたものと同じようなものかなぁ……。特にこれって言うのはないんですが、志村さんはどうしますか?」
「ふふっ、今まで使ってたのシンプルだったね。探せばすぐに似たようなのは見つかりそうね。私は……、見てから考えようかな。可愛いのがいいかな」
志村さんは僕の方を見て笑っている。音楽室を出た直後よりも少し足取りが軽くなってきている気がする。何を話していいのか思いつかなかった瞬間の気まずさは大分薄らいでいた。
「沢村君はピアノ弾いていて楽しい?」
「え?」
僕は志村さんの突然の質問に思わず聞き返してしまう。
この反応はまずかったか? ピアノが好きか嫌いかという単純な質問に即答できない。
考えている時間が経過していく程にどんどん心象は悪くなっていきそうな気がする。
「楽しいですね。初めて弾いてこんなに弾けると思っていませんでしたし、フォニックの魔法も音に色が付いたみたいで鍵盤を叩く度に胸が熱くなる感じがします」
嘘は言っていない。そういう事を考えてしまうのは、実は楽しく思っていない自分がどこかにいるからなのだろうか? どことなくある後ろめたさ。何年も練習してきたであろう志村さんの横に座って弾いている。今まで占有していたピアノの時間を僕が奪っている。
「それなら良かった。なんだか無理やり弾かせちゃった気がして」
確かに初めは促されるようにピアノの前に座った。やりたくなかったわけでは無いが、上手な人を目の前に気が引けていたというのが正しい。ただどうせ教わるなら上手な人から教えてもらいたい。そんな気持ちがあったから促されて座る気になったのだと思う。
今は無理やり座らせて悪かったと思っているのか、しおらしくなっている。
その姿が愛らしくて僕はちょっと意地悪をしたくなった。
「気付いていたんですか?」
その言葉を言った僕の顔がにやけていたのが悪かったのか、志村さんは僕の表情を見ると何かを悟ったような目つきに変わった。
「気にしなくても良さそうね」
そう言ってちょっと早歩きになって僕の前にでた。
「のんびり歩いていると置いてっちゃうよ」
今度は彼女がイタズラっ子の顔をしている。
「待ってくださいよ」
僕は少しだけ駆け足をして彼女に追いつく。
並んで駅前の商店街に向って歩いて行く。
ただ一緒に買い物に向っているだけだったが、志村さんと一緒に歩いているとドキドキしてどことなく落ち着かなかった。




