人質?
僕はピアノの前に座りながら、横に立つ彼女の姿を見ている。
今までは逆の立ち位置だ。
志村さんがピアノを弾いている所へ僕が行く。
立場が違うだけで何とも不思議な感じがした。
「お、おはようございます。い、いつからいたんですか?」
挙動不審な感じで挨拶をしてしまった。
予想していなかったタイミングでの志村さんの来訪に慌てて、ちょっと身を逸らして距離を置いてしまっていた。
「そんなびっくりしないでもいいじゃない。来たのはついさっきよ」
志村さんはちょっと怒ったような口ぶりで僕に近づいてくる。
腰に手を当ててじっとこっちを睨んでいるけど、まじまじと顔を見ていると怖いというよりも可愛いという気持ちの方が先行して恥ずかしくなってくる。
「今日は沢村くんの方が早かったのね。どう調子は?」
僕が無言でたじろいていると、志村さんは耐性を戻して話を続ける。
「ん~、難しいですね。僕は初心者ですよ」
「そうだったね。でも魔法かけてもらったんでしょ?」
志村さんはちょっと茶目っ気に言った。
魔法……。そう魔法がかかっているから弾けている。音が踊りだすように、煌めて色がついているように可視化されている。正直それだけでどれだけ弾けるようになっているのかは分からない。素質があるというのなら弾けているのは僕のセンスなんじゃないかと自画自賛の考えも産まれる。
「魔法もどれだけ効果があるんだか…」
僕がそういうと、フォニックがギッっとわき腹をつまんできた。
「いててっ、何するんだよ」
「そういう事、言うからだよ。信じてないな~」
「そんな事ないって、魔法信じているよ」
そう言いつつもそんな簡単に魔法を信じれるとかと思った。
「初心者でこんだけ弾けているのに信じてないとか、お仕置き」
フォニックはそう言って、もっと強くつねってきた。
「悪かった、ごめん。信じます。信じるようにします。」
僕の考えていることがわかるのか? それとも言葉に重みが無かったか。重みが無いのは否定できない。舌先三寸、心の内では信じてはいないのだから。
ただフォニックの痛みに負けて、とりあえず魔法を信じることにした。確かにこれだけピアノが弾けてるのは魔法の力かもしれない。でも魔法があるなら、もっと優しい分かりやすい教え方もあるだろうに。僕は理不尽な暴力に不満を感じつつも、魔法を信じてみることにした。
「信じてないと、効果でないから」
フォニックはちょっと冷たい感じで言った。
「わかったよ。僕が悪かった。期限直してよ」
僕がそういうと、フォニックは志村さんの方へいって
「じゃあさ、ショパンのバラード弾いてよ」
と言った。
「えっ? 私?」
志村さんはちょっと戸惑っていたが、フォニックのお願いポーズに負けてピアノの前に座った。
志村さんに迷惑をかけてしまった。
「ごめんなさい」
僕は志村さんに手を合わせて謝罪する。
フォニックは僕の視線を感じると横目で何かを訴えているように感じる。
次に何かやったらまた、志村さんに迷惑かけるという雰囲気だ。
人質を取るとは妖精らしからぬ所業と思える。
志村さんと一緒に体なら僕はフォニックの機嫌を損ねないように立ち回る必要があるようだ。
「いいのよ、私もバラード好きだし、気にしないで」
ただ志村さんはと言って、笑って許してくれた。
「フォニック」
僕はフォニックの方を流し目で見る。フォニックはそっぱを向いて気づかないふりをしていた。憎らしいやつだなと思う。
ぬいぐるみみたいなかわいい姿をしていなかったら、とっちめていただろう。