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乗せる想い

 今日も音楽室の前に来た。

 ピアノの音は聞こえてこない。まだ志村さんは来ていないのだろうか? 窓から中の様子を伺ってみたが誰かがいる気配は感じなかった。

 誰もいないのでノックせずにそのまま音楽室の中へ入っていく。


「やぁ、こんにちは」


 中に入ると、ピアノの上のフォニックが出迎えてくれた。

 あぁ、こいつがいたな。

 誰もいないと思っていた所に声が聞こえてびっくりしたのはほんの一瞬。フォニックの憎たらしい顔を見るとそんな気持ちはすぐに収まった。

 でも、音楽室の外からは見えなかった。僕が来てから姿を現したのだろうか?

 まぁ、彼はここに住み着いているのだから居て当然だろう。


「今日はまだ志村さん来ていないのかな」

「そうだね。今日はもうちょっとかかると思うよ」

「何か知っているの?」

「別に~、ただなんとなくそう思っただけだよ」


 何かあるのかな? と思ったが、フォニックの感じからしてそんな大したことでもなさそうだ。

 待っていれば来るだろう。特に気にしないことにした。

 志村さんが来るまでの間に、昨日貰った楽譜の分かるところだけでも練習しておこうと思った。

 新しい楽譜を見ていると知らない記号が混ざっていてもドキドキした。CDで聞いた曲を自分が弾くという事を想像するだけで悦に浸れそうだ。早く弾いてみたいという気持ちが心の中に芽生えていた。

 しかし、まだ一回も弾いた事の無い曲だ。しかも僕はつい先日始めたばかりの素人。いくらセンスが良いと褒められて舞い上がっていたとしても、所詮は素人なのだ。

 頭の中でイメージできても実際に鍵盤を叩くのとは全然違う。志村さんに恥ずかしい姿をなるべく見られたくないという思いもあった。


 ピアノに楽譜を置き、鍵盤に指を置く。

 鍵盤を叩いて慎重にスタートする。フォニックの魔法の生か音を鳴らす度に音符が踊りだす。奏でるメロディーに色がついて見えるようだ。そしてそれにつられて僕の指も動いていく。

 昨日聞いたCDをイメージする。

 譜面の音符通りに鍵盤を叩けてはいるがCDのような豊かな音色には届かない。

 ほんと鍵盤を叩いて音が出ているだけという感じに聞こえる。なかなか上手くいかないものだ。

 演奏技法というものはこういう違いを言うものなのかと実感する。

 それでも弾いている間に多少は指が動くようになってきた。


「すごいね。こんな短時間で指がそれだけ動くなんて」


 フォニックが足をブラブラさせながら話しかけてきた。

 弾いてる途中に話しかけるなよ。と思ったが僕は指を止めてフォニックの方に視線を移す。

 今こうやって弾けているのはフォニックのおかげでもあった。あまり無碍な事を言う訳にはいかないだろう。


「魔法をかけてくれたからじゃないの?」

「そうかもね~。でも君の素質もあるとは思うよ」

「そう言われるとなんか照れるな……。もしかしてセンスあるのかな?」


 皮肉を言われるのかと思ってちょっと警戒していたがそうでも無かったらしい。

 煽てられて僕はちょっと調子に乗ってしまったが、


「ま、彼女の足元にも及ばないけどね」


 と、あっさりけなされてしまった。

 こいつ上げて落とすタイプのやつか!

 若干落胆したような表情を見せるとフォニックはニヤニヤした顔をしてこちらを見ている。


「かけた時間と情熱と、頭の中に何度もイメージした姿がどれだけ鮮明でそして再現できるか。

 傾けた時間は無駄にはならないと思うよ。

 彼女はそれだけの時間と情熱をピアノに注ぎ込んでいるんだ。ピアノに乗せる想いは自分だけじゃないいろんな想いも乗せられるようになっている。君はまだまだ並んで比べられようだなんて思わない方がいいよ。

 まずは音符を読んで弾けるようになってからだね。それから自分の音色を探すのでも遅くは無いと思うけどね」


 フォニックは励ましてくれているのか、貶しているのかいまいち分からない。でもピアノに乗せる想いだけだけはしっかりしろよ。と肩を叩かれた気がした。


 しばらくピアノを弾いていて気付くと志村さんがピアノの横に立って僕の事を見ていた。

 突然現れたような気がしてびっくりしてしまった。

 部屋に入って来た気配に全く気が付かなかった。 いったい何時から聴いていたのだろうか?

 下手な演奏でしかないのだけど、それでも酷い部分は聞かれていないといいなと思ってしまう。

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