一緒に
志村さんは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
僕が「すごい」と感動しているのがなぜかわからない様だった。
一度弾けた曲をまた弾くことが出来た。
そう言う風に見えていたのだろうか? 僕に鍵盤を叩くたびに色づく音色が見えていた。その光景は志村さんと共有出来たらどんなに楽しいだろうか? 志村さんには色づく音色は見えていなかったのだろうか?
「志村さんにはさっきのやらないの?」
「彼女はあなたと違って、もう音楽に十分愛されているから必要ないの」
そう言ってフォニックは僕の横腹をつついた。
必要ない。愛されている。彼女には色づく音色が見ていてるのが普通なのだろうか? 愛されているという言葉がどう演奏に関わってくるのかは分からない。自分が弾いた音も誰かが弾いた音も煌めいて流れる様に踊っている様に見えたのなら、それは素敵なことだと思う。
志村さんが
「楽譜取ってくるね」
と言って隣の準備室に出ていく。
フォニックと部屋に残されて僕はフォニックの事をじっと見つめていた。
「何?そんな見つめないでよ。ちょっと怖い」
僕は「はっ」として、目を離した。
「ごめん、なんか不思議でさ。フォニックはずっと志村さんのピアノを聞いていたんだよね?」
「そうだよ。彼女のピアノは安心して聞いていられるよね」
「他の人のピアノも聞いた事あるの?」
「そうだね。今までこの音楽室で弾いていた人のはみんな聞いているよ。もちろん君のもね。」
ちょっと意地悪そうにフォニックは笑った。
「気になるの?」
「いやべつに」
「嘘つけ、顔に書いてあるよ。君が心配しなくても彼女のピアノの素敵だよ」
「そっか、良かった」
僕は自分が褒められたわけではないのだけど、なんだか恥ずかしくなってあっちの方を向いて答えた。
彼女が準備室から楽譜を持って帰ってきた。
「連弾用の楽譜がなかなか見つからなくて時間かかっちゃった。ちゃんとあったよ。コピーしてきたから」
志村さんは「はい、これはあなたにあげる」」といって楽譜を僕に差し出して、更に
「それとこれはCD、曲がイメージできないと弾くのも大変だろうから」
と言って、CDも渡してくれた。そして「今日はもう遅くなってきたから明日やりましょう」と言って片づけを始める。
フォニックは少しつまらなそうな顔をしていたが、時計を見るともう七時になっていた。
お茶を飲んだマグカップも濯いで戸棚に仕舞う。
髪が揺れている。志村さんの顔が戸棚のガラス戸に映っている。
明日もこの姿を見ることができるのだろうか? 何故かそんな気持ちになって胸が熱くなった。
「それじゃあ、また明日」
と言って、部屋を出る。
「フォニックもまた明日」
志村さんが言うと「またね~」といって、フォニックはピアノの上でごろごろしながら返事をした。
楽譜を貰ったので、家に帰って少し読んでみた。
「ん~、知らない記号がある…。」
フォニックの魔法で読めるようになったりはしないのか、分からない記号が出てきた。音楽の記号はどうやって調べたらいいかいまいちわからない。明日、志村さんに教えてもらおう。
そう思いながら寝転びながら貰ったCDのデータを取り込んでヘッドホンで聞く。そして楽譜を見て音符を追っている間に眠りについていた。