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フォニックの魔法

 彼女が教えてくれたことに対して「そうですね」と、どうしようもない言葉しか返せなかった。

 しかし、どう言えば良かったのだろうか? 納得するように「だからそう感じたんですね」と言うのか、それとも「すごいですね、なんでも知ってますね」と褒めるのが良かったのだろうか? 僕はアルペジオもmossoも知らなかった。付け焼刃のセリフで的外れなことを言っても仕方ないだろう。それに僕が知らないのを知っていて教えてくれている。わざわざ取り繕う必要はない。女性に対してあざといセリフは心証を損ねるだけのような気もした。

 そんな僕の気はお構いなく、彼女は淡々と話を続ける。


「そうなの、だから何も知らないでそれを分かってたのは沢村くん、すごいね」

「いえ、僕はただ思った事を言っただけですので……。すごいのはそれを弾いていた志村さんですよ。アルペジオもmossoも教えてくれてありがとうございます」


 僕の反応など特に意にも介していないのだろうか? そうだとしても余計なことを言わなくて良かったと思った。余計な一言はマイナスにしかならないだろう。

 彼女の発言にそっと、返事をするだけで別に良かったのだ。教えてくれることにお礼をするだけで良かった。僕が音楽室に足を踏み入れた初めの理由。彼女のピアノを聴いていたい、ただそれだけだったのだから。


「音楽家はね。曲のイメージを持ってるの。そして曲が作られた時の時代背景や作曲者の生い立ちまで。どうやってその曲が作られたか理解する事で、演奏する曲をより深みのある音へ進化させる。私にはまだまだできないけどね。どれだけ時代背景を覚えたとしても、その時代の苦しみや流行は分理解できないもの。アラベスクだってその時に流行っていた模様なのよ。でも今じゃ絨毯の模様みたいに見えちゃってイマイチピンと来ない。だから自分なりに勝手にイメージを作ったりするの。沢村君が花のイメージって言ったみたいにね」


 そう言って志村さんは僕の頬を軽く突いた。

 それにどんな意味があるのか分からないけれど、志村さんとじゃれるのは心がドキドキした。


 彼女は次の曲を弾きはじめる。

 流れるように、同じメロディーが繰り返されているが聴いていて飽きることは無い。左手で添えられている伴奏は少しずつ変わり、曲に変化を加えている。

 僕は彼女の演奏を聴きながら穏やかな気持ちになっていた。

 フォニックも隣で静かに揺れている。きっと君も同じ気持ちなんだろう?

 指が鍵盤の上を流れる様に移動する。

 自然と音が繋がっていくのは何度聞いても不思議な感覚だ。それが当たり前のように聞いているが鍵盤ハーモニカ―でカエルの歌を吹いていた頃は一音、一音が独立していたと思う。

 その頃と比べるのも変なのだけど、きっと志村さんがカエルの歌を弾けば全然違った音色になるのかもしれないと思った。


 曲が終わり、音楽室に余韻が残る。

 今弾いていた曲のイメージはどんなイメージなのだろうか?

 フォニックがこちらを向いて手招きをした。僕はフォニックの方へ近づいていく。


「なに?」

「君は彼女と一緒にピアノを弾くといいよ。二人いるんだから連弾したらどうかな?」

「いや、僕の腕前なんかで志村さんと一緒に弾けないよ。」


 僕はいきなりの提案にびっくりした。志村さんの方を向いて同意を求める。


「いいんじゃないかな」

「えっ」


 僕は志村さんの返事に更に動揺した。


「本人も良いって言っていることだし、今弾いていたカノンとかでいいんじゃないかな?」


 今弾いていた曲はカノンというのか。

 僕は曲名すら知らなかった。そこからしてダメなんじゃないかと、やめた方がいいと思う。それにズブの素人が彼女と一緒に弾いていたら彼女のメロディを汚してしまうような気もする。

 そう思って彼女の方を見て同意を求める。


「そうね、そんなに速い曲じゃないし、連弾すれば沢村くんでも弾けると思う」


 おかしい……。志村さんはいいのだろうか?

 何故志村さんはそんなに乗り気なのだろうか、僕は小刻みに頭を横に振っていた。


「そんなに不安なら私が魔法をかけてあげる。」


 フォニックは僕の傍へ来て


「あなたに音楽の祝福がありますように」


 そう言って僕の手を軽く触れた。

 特に何か目の前に見えたわけでは無い。ただ触れられた瞬間、手が軽くなった気がした。


「何か変わったの?」

「おまじないだよ」


 そう言ってあと、笑いながらフォニックは、


「弾いてみなよ」


 と言った。


 フォニックはこちらをじっと見ている。僕の反応がどうなるか待っているようだ。いったいこれでピアノを弾くとどうなるというのだろうか? どうなるのかわからないが、とりあえず流されるがままにピアノを弾くことにした。さっき弾いていたメヌエットを弾いてみる。


 鍵盤を叩いて音を出すと目の前の音符が踊りだしたように見えた。続けて弾いていくと音符が踊っているのにつられて指が動いている気がする。初めて弾いた時に指が動いていた時とは違う。音と一緒に指も踊っているようだった。ピアノから奏でられる音に色がついて目に見えている。僕は夢中になって最後まで弾いていた。


「どうだった?」

「何これ? すごい。音に色がついたみたい。音符が踊っているみたいだよ」

「ふふっ。これは期待できそうだね」


 そう言ってフォニックは嬉しそうに笑った。

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