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ぬいぐるみ

 ピアノの前は志村さんへと代わる。

 今度は違う曲のようだ。今度はゆったりとした同じメロディーが続いていく。

 それでいて少しずつ曲調が変わっていく。聞いた事がある気もするが、曲名は分からない。どこか教会とかで弾いていそうな気がするが、教会に行ったことは無いので勝手なイメージだ。

「ドビュッシーだよ」

 どこかからか声が聞こえた気がする?

 ドビュッシー? 聞いた事があるような気がするけども思い出せない。こんな事なら音楽の時間もうちょっと真面目にやっておけばよかったかな。

 

 椅子に座り、ピアノを弾く姿を見ていると、女の人の指先はなんて奇麗なんだろうと思う。

 滑らかに動く指先が鍵盤を叩くたびに美しいメロディーが響いてくる。

 言い方は悪いかもしれないが、ピアノを弾いているだけでゲレンデ効果みたいなものがあるのかもしれないと思った。そんなのが無くても志村さんは魅力的だが、こんなことは絶対に口に出せない。


 ピアノを聞きながらぼーっとしているとピアノの上に何かぬいぐるみみたいなものが乗っているいることに気づいた。

 志村さんのぬいぐみだろうか? 小人のようだ。

 よくよく見ていると小人がピアノの音を聞いて揺れている。

 音で反応するぬいぐるみだろうか? かわいいぬいぐるみを持っているんだな、と思って眺めていた。志村さんの演奏の区切りのついたところで、近づいて話しかける。


「かわいいぬいぐるみですね。志村さんのですか?」


 志村さんに聞くと、


「えっ? ぬいぐるみなんて持ってないよ。どこにあるの?」

「ピアノの上に乗ってるじゃないですか」


 そう言って、ピアノの上のぬいぐるみを持って志村さんに見せようとした。


「いてっ!」


 僕と志村さんはお互いに目を合わせて固まった。

 どこから声が出てきたのか?


「どっかぶつけました?」

「私何も言って無いわよ……」


 お互いに目を合わせる。目の前が曇って良く見えていないだけなんじゃないかと、何か見落としているんじゃないかと思って何回か瞬きをする。


「放してよ」


 また声がした。

 あぁ、これは喋るぬいぐるみなのか。

 僕はそう思ってぬいぐるみをまじまじと見た。


「放してって言ってるじゃないか!」


 また、ぬいぐるみが喋った。

 今度はさっきよりもしっかりとした声。そしてちょっと怒っている風に聞こえた。

 僕は思わず

「ごめん」

 と言って、慌ててぬいぐるみをピアノの上に戻した。


「腹話術?」


 僕は志村さんに聞く。


「違うよ!」


 ぬいぐるみが返事をする。

 志村さんはぬいぐるみの前に立って僕とぬいぐるみを交互に見ていた。


「そんなに見つめないでよ。なんか照れるな」


 ぬいぐるみが頭に手を当ててもじもじと身をよじっている。

 志村さんが興味津々にぬいぐるみを突いた。


「ちょっと……」


 志村さんは更にぬいぐるみを突っつく。


「ちょっと! くすぐったいな~、そんなに突かないでよ」


 志村さんはびっくりして思わず

「ごめんなさい」

 と言って手を引っ込めた。


「あなたは誰?」


 志村さんが聞く。


「私はフォニック。ずっとあなたのピアノを聞いていたよ」

「ずっと?」

「そう、初めて音楽室に来てピアノを弾いている時から」

「どこで聞いていたの?」

「私はこの音楽室にずっといるの。こうやって姿を出したのは久しぶりね」


 そう言って、フォニックはゆらゆら揺れていた。


「妖精さん?」


 僕は気になって聞いてみた。


「ん~、どうなんだろうね。私も自分がなんなのかは分からないのよ。こんな風にヒョコヒョコ出てくるのが妖精って言うのならそうだろうし、違うって言うなら違うのかもしれない。だって妖精ってどんなのかなんて知らないもの」


 まぁ、確かにそうかもしれないな、と思う。

 動物園にでも「これが妖精です」なんて飾られていれば分かるかもしれないけど、そんなものは無い。妖精は架空の生き物だ。だとしたらこいつは一体何なのだろう?


「今日はどうして出てきたの?」


 志村さんがフォニックに聞いた。


「なんとなく? ピアノを聞いてゆらゆらしていたら出てきちゃった。あなたのピアノの音、昨日から音が弾んでる感じがするよね。」


 そういうと、今度はフォニックが志村さんの事をツンツンと突いた。

 志村さんは少しちょっと顔が赤くなって

「よく分からないわ」

 と言った。


「続きを弾いてよ。2つのアラベスクの2番も」

「聞いているだけなのに要求するのね」


 彼女はちょっと不機嫌そうに言った。

 そして、


「こんな出て来て見られてもいいの?」


 と少し意地悪そうに言う。


「別に見つかっても別に何もないよ。ペナルティがあるわけでもないし、約束事をしているわけでもない。僕自身、なんでここにいるのか分からないんだ。ただピアノの音を聞いていつも揺れているだけだよ」


 フォニックはピアノの上で揺れながら喋っている。

 周りのことなんてなんのその、といった具合だ。

 今まで誰かに見られてたことは無いのだろうか?

 こうやって見られるのは久しぶりだとは言っていたが、前は一体いつ頃だったのか……

 まぁ、考えたところでこいつが真面に返事をしてくれるとは思えなかった。


「アラベスク、ダメかな?」


 フォニックは志村さんにおねだりをするように手を後ろに組んで体をくねらせてちょっと上目遣いで言っている。


「いいわよ」


 そう言って、志村さんはピアノの前に座った。

 志村さんが甘いのか、元々弾く予定だったのか? どっちかは分からないけどフォニックは満足げ中をしているのだけは確かだった。


 僕は状況があまり飲み込めていなかったが、とりあえずテーブルに戻って彼女の演奏を聴くことにした。それにしても志村さんは何曲も弾けるのがすごいなと思う。そして一曲一曲が心に響く。優しさ、力強い激しさ、流れる様な旋律も自在に操っているようにみえる。


 曲が素晴らしいのもあるだろうけど、それを表現する志村さんの感性がきっとすごいのだと思う。音楽の事をあまり詳しくはないけども、志村さんが弾く曲を聴いているともっと知りたくなった。

8/7 18:00頃に修正しました。

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