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二日目の挑戦

 志村さんは椅子に座って体を伸ばしている。

 強張った体の緊張をほどく瞬間は気持ちいいのだろう。志村さんの顔が少し緩んでいる様に見える。


「指が疲れちゃった。沢村くんは弾かないの?」

「弾いてもいいですか?」

「どうぞ。私はしばらく弾いていて疲れちゃったから、少し休むわ」


 そう言って志村さんは手のひらをグーとパーを繰り返したり、手の平を合わせて指を伸ばしたり、ストレッチをしている。

 僕は志村さんが休憩に入っている間、少し昨日の続きを弾かせてもらうことにした。志村さんの弾いていた曲に比べると難易度がだいぶ違うのでちょっと腰が引ける。

 それでも僕は弾けていないので、今日こそはと思い鍵盤の前に座った。「椅子が彼女のぬくもりで少し暖かい…」とか考えていると早速集中力を切らして間違えてしまいそうだ。

 「集中集中!」と思い、背筋をしっかりと伸ばした。


 昨日弾いていたイメージを思い出す、音は頭に入っている。後は楽譜が読めれば大丈夫。手はさっき暖かいコーヒーを飲んでいたので柔らかく動く。さっき志村さんが動かしていたみたいに手をグーパーして指の動きを確認する。

 メヌエット。僕はこの曲を聞いてどんな事を想像していたのだろうか? 譜面を追うばかりでそんな事を考えていた余裕はなかった。

 曲の持つイメージが理解出来たらもっとうまく弾けるようになるのだろうか? どんな場面でこの曲は弾かれてきたのだろうか? 考えて見てもあまり思い浮かばない。

 きっと、こうやって誰かにピアノを教わっている時。誰かが傍にいて優しい表情でこちらを見て聞いている。そんなイメージが付いているような気もした。作者の想いとは違うかもしれないけどね。


 鍵盤と譜面を交互に見て、頭のイメージの音と手の位置を合わせた。そして最初の和音を叩く。

 イメージと実際に出てきた音が重なった瞬間「いける」そう思い、そのまま頭で流れる曲のイメージと楽譜を合わせながら弾いていった。


 ほんの一、二分がどれくらの時に感じるのだろうか、このまま弾いていたいと思う気持ちと早く終わって欲しいという気持ちと両方相混ざった気分だ。

 それでも一度始まった曲は進み続ける。弾き始めたら止まらない、止めたら頭の中の音と実際になっている音がずれて途中から弾くことは無理だろう。

 不安という雑念が混ざりつつも、眼は譜面に、頭はイメージを、手は鍵盤に集中する。それらのタイミングが合う瞬間を逃さず拾っていく。頭はフル回転だ。音符を読むという行為に慣れていないのでそれを鍵盤と一致させるのが一苦労する。指が音を覚えているかのように反射して動て導いてくれるのが多少の救いだ。


 そして今日は一回目で最後まで弾ききった。

 僕は深い息をした後、鍵盤の前でぼーっとしてしまった。

 終わってしまうと長かった数分が一瞬のようにも感じられれる。不思議なものだ。


「凄いじゃない」


 僕は「はっ」として声がした方に振り返る。

 志村さんが驚いたような顔でこちらを見ていた。


「練習したの?」

「いえ、イメージトレーニングはしましたけど、鍵盤触ったのは昨日以来です。自分でもびっくりですね」


 自分でもびっくりしていた。本当に弾けたのだろうか? まぐれ、まぐれ。そんな言葉も頭の中を駆け巡る。昨日の終わる頃は集中力が切れてさ散々になっていた。

 まぐれでは無い。なんて自分で自分の言葉を否定しようとする。昨日からのイメトレの成果もありかもしれない。時間を置いて集中力も復活した。そして、さっきの志村さんの曲を聞いた後に、酷い演奏は弾けないなぁという僅かなプライドもプラスには作用していると思う。


「志村さんの演奏がすごかったから、触発されたのかもしれませんね」

「そんな、君の実力だよ。感覚を忘れないうちに何回か弾いておくのをお勧めするわ。指が慣れさせて曲を自分のものにしとくといつでも弾けるようになるわ」


 志村さんは否定しながらも少し照れた顔をしてアドバイスをくれた。僕は言われた通り、何回も弾いて練習した。難易度は高くないのかもしれないが、自分で弾いて何回聞いていても、弾くたびに楽しかった。

 さほど長い時間弾いていなかったような気もしたが、ピアノを弾く姿勢に慣れてないためか疲れてきた。首が腰が二の腕が強張っている気がする。

 僕は一度休憩することにした。

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