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神聖者現る!

「フフフフフッ、フハハハハハッ、やっと姿を現しおったな、この魔悪人め!」


 ロープで縛り付けられていた聖者が、突如立ち上がってそう言った。


「なんだこいつ……」

「急に態度が変わりやがった……」

「おい、まさか、こいつ……」


 悪人どもが聖者に怯えて後ずさりする。


「ワハハハハッ、いかにも我こそは、魔悪人さえも聖者にすることができる神聖者セブンのひとり、ヒダマリ様だ!」

「ク、クソッ、隠していたなんて卑怯だぞ!」

「そうだ! そうだ! 聖者はそんなことしないぞ!」


 悪人どもが口を揃えて、ヒダマリを責める。


「フハハハハハッ、卑怯で結構。我ら神聖者セブンは毒でもって毒を制す、聖者の中でも特別な存在。魔悪人を聖者にするためなら手段など選ばぬわ!」

「なんて外道だ」

「ああ、ナナ様と同じくらい外道だ」

「これが神聖者セブンなのか……だが、ロープで縛られていたら何もできまい!」

「おお、恐れることはない。ナナ様、こいつをどうしますか?」

「ボッコボコにして」


 ナナは躊躇わずに答える。


 悪人の男どもが、ヒダマリを取り囲む。


「パパ、なでられないように気をつけて!」


 一人の悪人が子供にそう言われ、


「ああ、わかっているさ」


と答えて、安心させるためにニコッと微笑む。


 するとその悪人に、


「おいお前、我のロープを解くのだ!」


とヒダマリが命令する。


「笑わせるな。誰がお前のロープを解くも……」


 命令された悪人がフラフラと、ヒダマリの側に寄って行く。


「パパー!」


 子供が呼び止めるが、悪人はそのまま進み、ヒダマリのロープを外してしまう。


「そ、そんな……」

「何が起きたんだ……」


 ヒダマリを取り囲んでいた悪人どもが明らかにうろたえている。


「我ら神聖者セブンともなれば、悪人など頭をなでずとも目を見るだけで聖者にしてしまえるのだ。まあ、魔悪人は頭をなでなければならないがな。フハハハハハッ」

「に、逃げろー!」

「ウワー!」


 悪人どもが我先にと逃げ出して行く。


「パパを返せ!」


 父親を聖者にされた子供が棒きれを持って、ヒダマリに駆け寄って行く。

ナナは容赦なく子供に足をかけて転ばせる。


「痛いよーーー!」


 膝を擦り剥いて泣く子供を母親が抱きかかえると、


「この人でなし!」


と言って、ナナに唾を吐いて逃げ去って行った。


 この場に残ったのは、ヒダマリと、聖者にされた悪人と、ナナと俺だけだった。あれ、エミさんは? いつの間にかエミさんの姿が消えていた。


「早く逃げなよ。あの時みたいにさ」


 ナナが寂しそうに唾を拭き取りながら、俺にそう言う。


 あの日、帰宅した俺は、聖者に囲まれたナナと両親を見捨てて逃げた。助けようとは、一瞬も思うことができなかった。


 あの時の後悔が俺を走らせていた。俺は目を合わさないように、頭をなでられないように気をつけながら、ヒダマリに飛びついた。


「ええい、何をする! 貴様のようなザコが出て来る幕ではないわ!」


 わかっている。ほんの数秒時間を稼げればいい。

 俺はあっけなく、ヒダマリに振り払われる。そして、その間に、ナナが聖者になった悪人のお尻を叩いて、再び悪人に戻してやっていた。


「あれ、俺、何を?」

「いいから、早く逃げな!」

「わ、わかりました」


 ナナに言われると、助けられた悪人は礼も告げずに逃げて行った。まあ、覚えていないのだから無理もない。


「キャーー! ナナ様助けてー!」


 すると、エミさんが林から走って出て来る。


「許さないぞー!」


 そして、エミさんにロープで縛られたあの少年が、日本刀を持って追いかけて来た。


「まったく、あの猫かぶり女、我先に逃げやがったくせに……」


 ナナが呆れている。


「エミさん、これって、もしかして……」


「そんなに怒ることないのに……。“試合”申込んでくるなんて……」


 やっぱり“試合”が始まっているのだ。

 聖者になでられた悪人は、聖者になる48時間の間なら“試合”を申込むことが許されていた。


現代の試合ではなく、言葉の由来となった“殺し合い”である。聖者になって、暴力をふるうことができなくなる前に、恨みを持った相手と“試合”をすることができ、悪人はよりすっきりとした心で聖者になるのだ。聖者たちは“試合”を申込んだ悪人に武器を提供すると、ほのぼのと観戦して楽しんでいた。つまり、聖者たちが“試合”を観戦するために、ここへやって来るということだ。


「おいお前、それ私によこせ!」


 ナナはそう言って少年のお尻を叩くと、日本刀を奪う。


「えっ、僕……、まさかあなたは魔悪人……」

「そうだ。今から、こいつをぶった切る。お前たちは聖者たちが集まる前に……」


 ナナがそう言いかけると、林から先ほど逃げて行った悪人の男どもが出て来た。手にはナイフや斧、槍などの武器を持っている。


 そして、その後からゆうに100人を超える聖者たちが姿を現した。


「フハハハハハッ。この我が、無策でやって来たと思ったか? フハハハハハッ」


 ヒダマリが勝ち誇ったように高らかに笑う。


「これが狙いだったのね……」


 エミさんはそう言いながら、俺の背後に隠れる。


「聖者になる前に、こき使ってくれたナナ様に俺たちは“試合”を申込む!」


「そうだ! そうだ! 寒いと言って、俺らの上にゴザ引いて寝るわ、夏は一晩中うちわをずっとやらされて、頭にきていたんだ!」


 違う。それはナナが寂しかっただけなんだ。独りで眠るのが嫌だから、そんなことをしていたんだ。


「みんな、武器を捨ててくれ! ナナに悪人に戻してもらえばいいだろう!」


 俺がそう言うが、


「もういい! 世界中聖者だらけになっちまって、俺たちは全員どっちみちいつかは聖者になるんだ!」

「ああ、もう逃げるのには疲れた!」

「最後くらい暴れてやる!」


と悪人どもの鼻息は荒かった。何だか、違う恨みまでナナに向けられている。


 ナナに助けられた少年は、何も言わずにそそくさと逃げ去っていた。この2年間、ナナはどれだけこんな思いをしてきたのだろうか……。


「聖者になってしまえば、欲望のことなんて忘れてしまって楽になれるんだ!」

「そうだ! もう俺たちは楽になれるんだ!」


 違う。聖者になって、悪いことが何一つできなくなってしまうことが本当の恐怖ではない。欲望を感じなくなってしまうこと、忘れてしまうことが本当の恐怖なんだ。楽しいことがあるのに、それを知らずに生きていくなんて想像を絶する恐怖だ。


「バッカじゃないの!」


 俺の背後に隠れていたエミさんがいつの間にか、悪人どもの背後に回っていて、


「男のくせにうじうじしてさ!」


と言って、悪人どものお尻をビシッと叩く。


「イテーなっ! 何すんだよ!」


「私が魔悪人だったら、全員のお尻を叩いて、悪人に戻してナナ様に謝らせるんだけどな」


 俺が知っているエミさんではない。


「ああ、イライラする」


 バシッとまた違う悪人のお尻を叩く。


 すると、エミさんにお尻を叩かれた二人の悪人が、持っていた武器を落とす。


「どうしたんだお前たち?」


 試合を申し込んだ悪人の一人が尋ねると、


「いや、何だかナナ様と試合する気持ちが急に消えて……」

「ああ、俺もそうだ。別に試合するほど怒る必要ないよな。コップの水にこっそり塩入れたりするくらいでいい気がしてきた」

「もしかしてこれって……」


 エミさんが自分の手の平をまじまじと見ている。


「これは、これは魔悪人を2人同時に見つけることができるとは最高じゃ! フハハハハハッ。フハハハハハッ」


 ヒダマリが喜びを爆発させる。


 エミさんも魔悪人? 世界にたった5人しかいない魔悪人が妹と、好きな人だったなんて、どんな確率なんだ! もしかしたら、俺も魔悪人?


「ああ、お前さんはただの悪人だ。魔悪人ではないぞ。まるでその気配がない」


 ヒダマリがあっさりと否定する。なぜ俺だけ普通の悪人なんだ!


「さあ、どうする魔悪人! 二人に増えたからといって、多勢に無勢に代わりはないぞ! フハハハハハッ」


 悔しいがヒダマリの言う通りだった。せめて、俺が魔悪人だったら、勝機があったかもしれないのに……。


「行くぞー! かかれー!」

「おお!」


 武器を持った悪人どもが十数人が一斉にナナに襲いかかる。

 俺はナナの前に立って、


「俺が先に相手になってやる!」


と言うが、


「邪魔」


とナナに蹴り飛ばされる。


「痛いな! お前を守ろうと……」


 俺がそう言いかけている間に、ナナは襲いかかってくる悪人どもを日本刀で次々と倒していく。しかも峰打ちで、殺めないように的確に倒している。


「すごーい! ナナ様頑張ってー!」


 エミさんは飛び跳ねて、ナナを応援している。

 ナナは一度も攻撃を受けることなく、あっという間に十数人の悪人どもを倒すと、お尻を軽く叩いて、


「今こそ練習の成果を見せる時だ! やるぞ!」


と何かの指示を出した。こんなに強くなっているなんて、この2年間でナナに何があったのだ?


 悪人どもは立ち上がると、思い思いに大声で歌い始めた! 歌詞を正確に聞きとれなかったが、明らかに卑猥な言葉が多用されていた。


「な、なんだ、この耳障りな歌は……」

「く、苦しい。なんだか頭痛が……」

「ダメだ。耐えられない……」


 俺たちを取り囲んでいた100人を超える聖者たちが一目散に逃げ出していく。


「お前たちは聖者にされた家族を連れ返してくるんだ。あとで私が悪人に戻してやる」


 ナナがそう言うと、


「わかりましたナナ様。みんな、行くぞー!」

「おおー!」


 今まで逃げてばっかりだった聖者たちを追い払い、士気が高まっている悪人どもが、家族を連れ戻すために林の中に突入して行く。


 そして、この場には、魔悪人のナナとエミさん、神聖者セブンのヒダマリ、ただの悪人の俺の4人だけが残った。


「さあ、どうすんのよ、クソジジイ! これで2対1で形勢逆転ね。しかも、ナナ様はめちゃくちゃ強いわよ!」


 エミさんが、いろいろ問題のある発言をする。2対1って、俺は戦力としてカウントされていないのか……。


「フハハハハハッ。フハハハハハッ」


 ヒダマリが愉快そうに笑う。まだ何か策を隠しているのか?


「こうなったら、仕方ない……」


 何だ、いったい何の策を隠している?

 ナナが日本刀を振り上げ、エミさんはその背後に隠れる。


「こうなったら、いさぎよく逃げる! また会おう、魔悪人たちよ!」


 そう言うと、ヒダマリは俺の頭をささっとなでてから、猛烈な速さで走って逃げて行く。


「こら、逃がさないわよ!」


 エミさんも勢いよくヒダマリを追いかけるが、


「おばさん、深追いは危険よ!」


とナナが忠告すると、


「おば……、わかりましたー!」


と言って、一瞬だけ顔がひきつったが、素直に戻って来た。


それにしても、ヒダマリの奴はバカだなー。頭をなでられても、俺はナナかエミさんにお尻を叩いてもらえばいいだけのことだ。聖者にならなくてすむ。


「はい、エミさん」


 俺はお尻をエミさんに向かって突き出す。


「どうかしました? タクマさん」


「いや、頭をなでられてしまったので、お尻を叩いてください」

「嫌です」

「えっ、なんで嫌なんですか?」

「タクマさんは聖者になった方がいいと思うからです」

「そうだ。タクマこそ聖者になるべきだ。それがタクマのためだし、残った悪人たちのためでもある」


 エミさんの言葉に、ナナは同調すると、林の中へと入って行く。


「あっ、ナナ様待ってくださーい!」


 エミさんもナナを追いかけて行く。


「えっ、ええー!!」


 ちょっと待ってくれ……。俺はこのまま聖者になってしまうのか? そんなの冗談じゃないぞ!


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