第二章 ①初陣近シ
昭和17年2月22日 柱島泊地
「私は、できれば第二航空戦隊を加えて英艦隊を叩きたいのだが?」
「しかし長官、それでは太平洋側の守りが無くなってしまいます」
司令長官 伊野部 元 大将の意見に反対しているのは、参謀長の服部 是政 少将だ。
服部は海軍兵学校第四三期に首席で卒業し、16歳になった今までずっと連合艦隊司令部付というエリートであり、その実力は伊野部をはじめ多くの軍人から認められていた。
しかし彼は根っからの大艦巨砲主義者であり、航空主兵主義の伊野部とは意見が分かれることもしばしばあった。
「英艦隊は小規模な上、練度も低いとされています。そんな相手に全力を当てなくとも良いのではありませんか?」
「服部君、いくらなんでも3隻では英艦隊撃滅は無理だと思うが?」
「太平洋側はどうするんです?このままでは米艦隊に対する戦力が大幅に削られることになります」
「第三、四航空戦隊は本土に残す。それに黒潮部隊(※)も展開している。私としても十分とは言いたくはないが、これでしのいで欲しいのだ」
当初連合艦隊では今回の作戦はあくまで英艦隊撃滅を目的としており、一航艦の空母4隻のみで十分と思われていた。
しかしビルマ攻略を進める陸軍の支援や、インド洋を航行する日本商船の安全確保などの理由によりコロンボ、トリンコマリーの英軍基地への空襲も作戦に加えられるとになった。
さらに2月19日にはセレベス島のスターリング湾で第一航空戦隊の空母「加賀」が暗礁に乗り上げ、インド洋作戦に参加できなくなってしまった。
そのため伊野部は第二航空戦隊の「蒼龍」「飛龍」を代わりに加えようとしたのだ。
「天宮はどう思う?」
服部が隣に座る天宮通信参謀に聞いた。
「自分は5隻参加させるべきかと思います。いくらアメリカでも、反撃に出るのはまだ早いものかと。」
服部とは真逆の意見だ。
「こうするのはどうでしょう?」
天宮が二人に言った。
「インド洋には二航戦を加え5隻を派遣する。その代わり本土防衛には負傷した加賀を突貫工事で修理し、これに当てる。これならインド洋の戦力は維持できるし、本土にも戦力は残されます」
天宮のプランは的確であった。
「いいんじゃないか」
「まあ、確かにこれならまだマシだが」
これによりようやく二人とも納得したようだ。
「よし、そうと決まればさっそく行動開始だ。服部は他の参謀達を集めてくれ。二航戦を加えて図上演習を行いたい。それから天宮は、二航戦司令官の山高少将に作戦参加決定の報告を」
「はっ!」
「わかりました」
二人はともに長官室をあとにした。
(※)黒潮部隊
おもに大型漁船を改造した特設監視艇で編成された哨戒部隊。
正式名称は第二十二戦隊
同日 相模湾上空
長谷川との模擬空戦から3日。
武本 遥 一等飛行兵曹の技量は、見違えるほど上達していた。
ただし今までの武本の技量が低すぎたので、やっと「新米」らしくなったに過ぎない。
(もう少しスロットルを絞って・・・)
編隊飛行はだいぶ慣れてきており、途中でバランスを崩すようなことは無くなった。
(よし!いい感じ)
しかし、今日の目的は編隊飛行訓練などではない。
(見えた)
眼下には広大な太平洋が広がる。
その中に、巨大な影がゆっくりと進んでいた。
「瑞鶴」である。
(そろそろかな)
今回訓練に参加しているのは、長谷川 岳望 中尉が指揮する第一中隊9機で、武本の所属する第三小隊もその中にいた。
「準備ヨシ」
「瑞鶴」のマストに信号旗が上がる。
それを合図に中隊が動き出した。
まず長谷川が直率する第一小隊3機が、一番機を先頭に「瑞鶴」への着艦進路に乗る。
徐々に速度を緩め、飛行甲板中ほどに着艦した。
しかし、完全に停止はしない。
いわゆるtouch and go と呼ばれるもので、甲板に車輪が乗っても停止せず、エンジン出力を上げそのまま離脱するという動作を行う。
着艦訓練でも初歩の段階であるが、初心者にとっては十分難しい。
「出力よし!進路よし!」
中隊各機は順にこの動作をおこなって行き、最後に武本が着艦進路に乗る。
(よーし、そのままぁ)
甲板が少しずつ近づいて来る。
しかし、スロットルを絞っているのに、どういうわけかなかなか高度がおちない。
(あれ?)
そのまま上を通過してしまった。
(あちゃー、もう一回!)
艦尾にまわり、もう一度着艦進路に乗る。
しかし、またしても上を通過してしまった。
(もしかして)
再び艦尾方向に戻りながら、マストに掲げられた各種の旗を見た。
(強くなびいてない。てことは向かい風が弱いんだ)
空母は着艦の際、風上に向け全速力で進む。
これは、前からの向かい風を利用して少しでも艦載機の速度を落とすためのもので、風が強いほど速度を落としやすい。
しかし、この時海上はほぼ無風で、減速が難しい状態であった。
そのため武本は、着任した日のようにはいかないのだ。
(てことはもっと速度を落として)
三度目の正直。
スロットルを絞る。
(よしよし)
今度は甲板上へ一直線のコースだ。
(よし、これで・・・)
その直後、突然武本の機体が煽られ始めた。
「うわぁぁぁ!」
あわや墜落寸前だったが、なんとか持ちこたえた。
「危なかった」
じつは空母の艦尾付近では、煙突や艦橋の影響で乱気流が発生しやすく着艦の際に、機体を煽られやすいのだ。
態勢を立て直し、再び艦尾へのコースに乗る。
(慎重にぃ)
速度、進入角度ともに問題はない。
乱気流も発生していない。
そして
「着艦、今!」
同時に衝撃を感じた。
「やった、やったぁ!」
最初のチャレンジから20分。
武本は、ようやくtouch and goに成功した。
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