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除染沿線  作者: ゆずさくら
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(6)

「バカにするなっ!」

 喫茶店の時より逆上した感じだった。

「何度言ったら分かるんだ。お前、やっぱり鷺沼を殺したやつだな」

「その…… カビののようなものが殺したってお前言ってたじゃないか」

「だからぁ……」

 宮田は私の首を絞めてきた。

「くるしぃ…… ひとを呼ぶぞ……」

「お前が殺したんじゃないって証明しろ」

「鷺沼が自殺した電車の後の電車で出社したんだぞ、出来るわけ無いだろう」

「違う。ここで上着を脱げ」

「はぁ? お前って」

「違う。カビは発光する。鷺沼も死ぬ前にはそういう発光状態にあったはずだ。これだけ暗ければ発光すれば分かる。すぐ上着を脱いでみせろ」

 鷺沼が発光していた? 何かがつながりけていた。

「いいから脱げよ」

 締めていた手が、そのまま服のボタンをはずし始めた。

「わかった、わかった。脱がされるのは気持ち悪いから自分で脱ぐ」

 納得はできなかったが、脱いでカビでないことを証明しないと収まらないだろう。

 上着をはだけて上半身を見せた。

「こっちに向いてから…… あっちに行け。蓄光するから分かる」

 光のある方向に肌を出し、暗い側にすぐに動いた。自分でみても発光していない。

「わかった。お前はシロだ。鷺沼を殺したやつは、鷺沼の会社にいる、と思っていたんだがな」

「なんでそう思う? 根拠があるのか?」

「鷺沼の身近にいないと出来ないだろう。それと、鷺沼がおかしくなったのは同じ会社のやつとつるんでいたからだ」

 確かに私と鷺沼はプライベートでもよく遊んだ。まさか、自分が鷺沼を…… いや、だから飛び込んだ電車は自分が乗っていた電車の前だ。どうやっても実行出来ない。私が殺す動機もない。

 宮田は続けた。

「鷺沼は何か妬みを受けていた」

「会社で、か?」

「何で妬まれたのかは知らない。俺は会社での業績とは知らないからな」

「……」

 鷺沼は確かに仕事は出来たが、妬まれるほど出世コースだったか、とか、目立った成績だったか、と言われるとそんなことはなかった。

「人間、都合が悪いことは忘れてしまうからな」

「どういう意味だ?」

「お前は精神科から出されているクスリを飲んでいるらしいじゃないか。なんでカウンセリングなんか受けているんだ。それは鷺沼を殺したからじゃないのか?」

「なんで裸になってまで証明したのに、また疑われなきゃいけないんだ」

「……それくらい慎重にしないと騙されるぞ」

「ふん……」

 はだけた上着を整えていると、べちょべちょと耳障りな音が聞こえ始めた。エアコンの風音が少し小さくなった。

 自分の服を見ながら、嫌な予感がした。

 何か視界の隅に変なものが見えている気がするのだ。

「宮田、あそこに何か見えるか?」

「見えない」

 見ると、宮田はまたサングラスをかけていた。

 こんなに薄暗い地下鉄の駅で、サングラスをかけていたら見えるものも見えない。

「!」

 ボタンをかけている指が震えた。

 対向側のホームの下、排水路を這い上がる生き物…… いや、液体? が見えたのだ。

「サングラスを取れ!」

「痛てぇなっ!」

 私は焦って宮田の顔からサングラスを取ろうと引っ張り、つっかけてしまった。

「早くあれを見ろ!」

 液体が垂れるような、小さい音がした。

「見えたか? 見たか?」

「何もない。何も見えないぞ」

 ちきしょう。お前がこんなところにつれてこなければ……

「震えてんのか? 寒いのか?」

「ちきしょう、なんでサングラスなんかしてやがんだ」

「サングラスをしてないと、例のカビはみえないんだ」

 ちきしょう、こいつはただの『痛いヤツ』だ。

 コイツのせいで変なものを見てしまった。

 人間と妖怪、とか異世界とか、そういう境界にいるような不気味なものを見てしまった。

 私は震えが止まらなかった。

 頭のなかでカウンセリングの先生が言いそうなことを想像した。

『何かの見間違いでしょう?』

『ゴキブリとか、羽虫とか』

『あるいは何かを運んでいるネズミを見たのですが、ネズミ自体は穴に隠れていた。ネズミについた糸くずとかコンビニ袋が動くのを見て、液体のような生物と思ったのかもしれません』

『人間の認識力なんて、けっこういい加減で、そんなもんなんですよ。気にしないで』

 そうやって、自分の心が落ち着くのを待った。

「もう、出ないようだな」

 宮田はまた線路の先の信号の方を見つめていた。

「帰ろう。もうこんなところにいるのはごめんだ」

「お前は逆方向の電車に乗ればいい。そこの階段から回れば反対側のホームにつく」

「宮田はどうするんだ」

「俺はこの方向に乗ればいい。じゃあ、また」

 また? もうお前と話しもしたくない。

 胸ぐらを捕まれ、罵られ、上着を脱いだり、変な生物を見させられた(変な生物は自分で勝手に見てしまっただけだが)。

 今後、宮田からメッセージを出されても見ないし、もう会うことはないだろう。

 私はそう思いながらもこう言った。

「じゃあ、また」

 反対側のホームへ回る為の通路へ降りていく途中で、悪寒に襲われた。

 工事中の黄色と黒のテープが一部貼られており、水の流れる音がしていた。

 そして、細いその階段を降りきると、天井の低い通路は工事用のライトがところどころを照らしているだけで、より暗かった。

「!」

 何か通路の天井から垂れたような気がして、足がすくんでしまった。

「どうしよう……」

 怖くなって動けなくなってしまった。

 ホーム側から電車が到着するアナウンスが流れてくる。宮田はそれに乗って帰るだろう。もし引き止めるなら未だ。あるいは反対だが、一緒の電車にのってもいい。

 線路の下を通る通路為か、列車が近づくにつれ音が響いてくる。早く決断しないと……

「戻ろう」

 独り言を言って、私はさっき来た階段を走って戻った。しかし、その時には、電車は走り始めていた。ホームに宮田の姿はない。

 もう一度階段を下りて、その通路に向いた。

 さっき垂れたなにかが、鷺沼を殺した化物であったらなら、もうとっくにこっちがやられているはずだ。だからあれは化物ではなかった。そう考えて、通路に入っていった。

 一層ジメッとした空気が漂っていて、何かの匂いがする。コンクリートの床は濡れていて、苔でも生えているのか、強く蹴ろうとすると滑った。

「なんなんだ……」

 そっと歩いていると、ホームからアナウンスが流れてくる。調べてはいないが、時刻的には最終に近かった。だから、急ぐしかなかった。

「!」

 走り出した途端、何歩もしないうちにズルっと滑ってしまった。

 右の手のひらと左肘を強打した。

「何かいる…… のか?」

 天井から壁から染み出している液体が、光っているように思えた。

 それらに殺されてしまう。

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