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除染沿線  作者: ゆずさくら
2/16

(2)

 そしてベルがなって反対ホームの電車が走り始めた。

 私はホームに鷺沼が立ったまま残っているのではないかと思い、じっとその方向を見ていた。

 加速していく電車がその目の前からなくなりかけた時、こちらのホームに電車が入ってきた。

 こちらの電車の影で、反対側ホームに誰かが立っているのは見えない。こちら側の電車もホームに止まると、私は乗客が降りるのを待って、電車の乗り込み、ドアから反対側のホームを見た。

 そこには誰も立っていなかった。

 おそらく、私の願望か何か、あるいは鷺沼の思念が幻覚を見せたのだろう。

 そのまま反対側のホームを見続けていると、こちらの電車も出発した。

 反対側のホームには学生と、観光客と思われる外国人数名が電車を待っていた。

 ホームの端を過ぎると、急に黒くなってドアのガラスに鷺沼が映った。

「!」

 本当にどうかしていた。

 鳥肌がたって、ブルっと震える自分がわかった。

 それは鷺沼ではない。鏡になったドアガラスに映った自分の姿だった。

 私はスマフォの連絡帳に入っている鷺沼の顔を確認した。

 そう、こんな顔だった。だから自分と見間違うわけはない。ドアに映る自分の姿と見比べならがら何度もそうい言い聞かせた。もう鷺沼はいない。

 ドアガラスを見つめているうち、鷺沼の行動を思い出していた。

 スマフォをいじる時の姿だった。

 こう、こう、こんな風にスマフォを使っている。結構特徴的な指運びだった。……そうだ、もしかしたら。

 電車が地上に出ると、私は一旦駅に降りた。そして鷺沼に電話を掛け、そこに出た母親にもしかしたらスマフォのロックは外せるかも、と告げ、そちらに伺うと言った。

「そうですか。お待ちしております」

 特急に乗り換え、鷺沼の家につくと鷺沼の母が携帯を持って私の前に置いた。

 人気機種の最新型。

 ポケットからだしては画面を見、見てはしまっていた。

 画面を見る度にロック解除の不思議な指使いをしていた。それが印象に残っている。

「確実ってわけじゃないですけど」

「どうぞ。どのみちこのままじゃ何も見れないので」

 会釈をしてそのスマフォを手にとり、電源ボタンを軽く押した。

 ロック解除の為のテンキーが表示される。

 目をつぶって鷺沼の指の運びを思い出す。きっと6桁だった。縦に三つ、横に移って一段下げたところから三つ入れていた…… はずだ。

 横に移って一段下げれるとしたらこっちしかない。

 数値を入れてみるがロックは解除されない。

 ……まてよ、俺が覚えているのはいつも正面からみた鷺沼だったはずだ、とすると逆か?

 逆から打ってみると、ロックが解除された。

「できました」

 鷺沼の母の暗い顔が、一瞬だけ明るくなった。

「番号を教えて下さい。

 私は番号を告げた。

「それでは私はこれで」

 私も見たくないが、鷺沼も見せたくはないだろう。どんなアプリを使っていたとか、どんなWebページを見ていたとか、お気に入りに入れていたとか……

「すみません、これは少ないですが、お礼です」

「結構ですよ、パスワード知ってたなんて、鷺沼にバレたら怒られちゃう」

「わざわざこちらまで来ていただいたわけですから。お車代として」

 あまり断るのも悪いと思って、私はいただくこととした。

 そのまま家をでて、ちょっと先のバス停で待っている間に、渡された封筒を開けてみた。

 五千円と手紙が入っていた。

 手紙にはなんとしても会社側を訴えて、息子の死の責任と取らせるというような内容だった。だから今後とも協力をして欲しい、謝礼はする、というようなことが書いてあった。




 次の週は、普通に会社に行って勤務することが出来た。

 不思議なくらい、仕事に集中していた。終電近くまで会社にいて、電車がくるわずかな時間の間に、薄暗くてじめじめした駅のベンチでうとうとと寝てしまうこともあった。

 鷺沼がいなくなった分の仕事を皆でこなさなければならない、という意識が働いていた。早く出社し、自分の業務を済ませ、遅くなってから各自に割り振られた鷺沼の担当分をこなすような日々だった。

 ヘトヘトになっていたが土曜日は出勤し、日曜は一切外へ出ないで休息した。

 月曜日になり、少し身体に異変を感じ始めた。

 とにかく目が霞んだ。スマフォの字がぼやけたり、ピントが合わないことが多かった。

 通勤の電車にも変化があった。いつもならもっと魅力的な女性が乗っているのだが、何日か冴えない女性ばかりが乗っているようだった。この時は自分では気づかなかったのだが、少し不安神経症になっていたのかもしれない。つまり、乗っている人間はさして変わっていないが、自分の心が変わっていたのだ。

 実際的な変化もあった。

 乗っている地下鉄の車内から、以前本社の地下の駅の空調から聞こえてきた何か粘り気のある液体がべちょべちょと打つ音が聞こえてきていた。不思議なことに、周囲の人は音がする天井を見つめるわけでも、駅員に何か異音について問う様子もなかった。

 自分にしか聞こえていないのだろうか、と水曜日には不安に思い、同じ部署の人に声をかけてみた。

 すると、やはり音は聞こえているようだった。

 ただ、私の表現とは少し違っていた。

「べちょ、べちょ、という粘着するような感じではないですけど。ただエアコンからしずく垂れてくるような話しは聞いたことありますね」

 電車のエアコンからしずくが垂れてくるようなことがあれば大クレームになるだろう。私はその日の帰りも次の日の出社の際も、じっと電車のエアコンの吹き出し口を見ていた。

 音は相変わらず聞こえてくる。

 ずっと続くのではなく、時々聞こえてくる。音は単純なものではなく、なにか人を不安にさせるような、未知のいきものが発するような音なのだ。

 天井を見るのに疲れ、途中駅で車両のドア側に移り、地下鉄のトンネル側を見ていた。

 駅に付き、反対側のホームを見ていると男が電車に飛び込んだ。『あっ』と思い、途中で目を閉じた。

 実際は見てしまったのかも知れない。

 しかし今思いだそうとしても思い出せない。気持ちが記憶に蓋をしたか、本当にその瞬間に目を閉じたのか、それは分からなかった。

 ただ、飛び込む少し前の情景は異様に何度も思い出される。

 飛び込んだ人の列の後ろに、鷺沼の姿があったからだ。

 この事は誰にも言っていない。

 鷺沼の母や、会社の上司にも、自分の父母にも話さない。

 パニック症候群と言われた時にお世話になった先生にも話していない。

 そんなはずがないからだ。

 生きている人間の姿形だって、二週間も合っていなければ正確に思い出すことなんて出来ない。ましてや死んでしまった人の顔が、そこにあったとして、なぜそれを鷺沼だ、と思うのか。

 意図的にある人影を鷺沼だ、と思い込もうとしているのかもしれない。

 本当のことは分からなかった。

 だが列に並んでいた人が電車に飛び込んだのは、その鷺沼らしき人物のしわざに思えた。




 その日の帰りも、やはり終電近い時間になっていた。

 ホームのベンチでぼんやりと前を見ていると、反対側ホームの下の回転灯がクルクルと回り始めた。

 何かが回転灯のヒカリに照らされた。

「!」

 腕には鳥肌がたっていた。私はベンチから立ち上がり、良く見えるよう近寄って、もう一度その辺りを凝視した。すると、ガーと音がして、反対側のホームへ車両が入ってきた。一瞬の後、車両の影になり、回転灯も何かがいた辺りも隠れて見えなくなってしまった。

「錯覚だ」

 自分を納得させようと声に出した。

 反対側の電車が動き出す時には、自分のホームにも電車がついていた。

 いい具合に電車は空いていたが、あえて反対側のドアについて、私は向こうのホームの下に何かいるかを確かめようとした。

 車両が去っていくと、回転灯も光るのをやめてしまい周囲はまた暗闇に包まれた。

 何も見えなかった。

 ヴヴゥ…… ヴヴゥ…… ポケットの中でスマフォのバイブレータが作動した。

 手にとって見てみると『鷺沼』と表示されていた。

 鷺沼のスマフォのロックを解除した後、鷺沼の母はメッセージアプリを使って過去のことを色々と聞きまわっていた。

 また、あの母からのメッセージか…… 私はそのまま内容を見ずにスマフォをポケットに戻した。

 その瞬間。

「さ、鷺沼!」

 ドアのガラスにベッタリと手を付いてこちらを見ている鷺沼の姿が見えた。

 自殺者を見た時のように、一瞬で目を閉じてしまった。

 身体が硬直したように固くなって、動かない。

 鷺沼は何かを語りかけてくような表情だった。もしかして、母親のメッセージに目を通せ、という意味だろうか。首もまぶたもうごかず、これが金縛りというやつなのだろうか、と私は思った。こんな覚醒状態でなるものなのか? これは人生で初めての金縛りだった。

 電車はカーブでガタガタと揺れ始め、身体が動かないかと慌てている内、目だけは動くようになってまぶたを開いた。

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