(16)
これが妖怪…… いや、液体生物なんじゃないのか?
これで林も鷺沼も、鷺沼の母も?
鏡に写る、自分の口の回りが真っ青になっているのを見て、慌てて手で水をすくい、口をゆすいだ。
「だれが妖怪ハンターだって?」
そう言って、洗面台に口を近づけて、口をゆすいで吐き出す。
「みえすいたウソだ」
誰に言う訳でもなく、そう言うと、もう一度、蛇口の水を含んで、ゆすいで吐き出した。
何回かそうした後、顔をあげると、鏡に水沢さんが写っていた。
「うわっ!」
振り向いて逃げようとした時に、段差に足を引っ掛けて転んでしまった。
「み、水沢さん……」
立ち上がれないで震える足になんとか力を入れようとしていた。
「?」
そこに立っていたのは、見知らぬ長髪の男だった。
こちらを睨みつけると、かるく手を洗って出ていった。
「佐古田さん? 呼びました?」
男子トイレの中に、かすかに声が響いてきた。
こっちの話したことが聞こえてしまった?
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
どうする…… 出て行って危険はないのか?
いや、さすがに今出て行けば沢山の人の視線がある。
いくら液体生物とは言え、何も出来ないだろう。
逆に水沢さんがいなくなるのをじっと待っていた場合、水沢さんが出てくるのを待っていたらそこで殺られてしまう。気づかなかったフリをして、さっさと出て行くのが得策だ。
「水沢さん、ごめん、急にトイレに行きたくなって」
「急に走るから、そうだと思ったよ」
水沢さんは肩で息をしている。
「林さんのことなんだけど……」
「ちょっと話したくらいなんだ。本名とかは教えてもらってなかったし」
「そう…… 私、どうしたらいいのか」
なんだろう林の搬送先を追っかけるべきなのか、とかそういう意味か?
それとも彼氏を失って寂しいとか、そういうことなのだろうか。
こういう時、本当はどうすべきなのだろう。
知り合い、とは言え、本名すら教えてもらっていなかった。深い仲ではないのだ。
「とにかく本社に戻ったら? 林の両親とかの連絡先とかは知らないでんしょ」
水沢さんはうなずいた。
宮田、というか、林が死んだ。
これで自分の回りで三人も自殺している。
これ以上人を失いたくない。
もちろん自分も。
ようやく書いている時間に追いついた。
思い返せばこの数ヶ月は異常だった。
鷺沼、鷺沼の母、宮田(林)。
カビの話から液体生物、除染する男の騒ぎ、宮田(林)の発光、水沢さんの妖怪ハンター宣言。
かなり慌てて書いているから、読み返して、間違ったところを直していきたいところだ。
後は、この文書をどうやって公開するかをかんがえないと……
隣の部屋のエアコンが、びちゃびちゃ、変な音を発てている。
まずい。宮田(林)が言うには、エアコンが鍵だという。
自分がつけていなくても、隣のバカがつけていては同じことだ。
毎日毎日帰宅と同時にエアコンをつけっぱなしにしやがる。
くそう…… こっちは暑い思いをしているというのに。
ん、部屋のチャイムがなった。
珍しく来客のようだ。
……まずい。
一旦保存しておく。
それと、今からしばらく、パソコンの音声入力で記録するようにする。
初めて使うから、上手く記録出来るか分からない。
記録されていることがバレないように机のしたに置く。
ーーーCOM口述筆記開始(カメラON)
……(30秒無音)
……(30秒無音)
……(30秒無音)
「あ、ようこそ」
「おじゃまして良かったかしら」
「うん、大丈夫。あがってあがって」
「さこたさんの部屋にくるのはじめてだよね」
「みずさわさんわざわざこんな遠くまできてくれるなんて、ありがとう」
「さこたさん、あなた、どうして自殺しないの?」
「えっ、突然なに?」
「どうして自殺しないのかなぁ?」
「どういうこと?」
「私、何度も指示したんだけど?」
「指示?」
「ちょっと電気消すよ?」
「な、何する…… みずさわさん、その腕……」
「さこたさんは何故発光していないの?」
「だからどういうこと?」
「あの時…… あの時ね。私の送り込んだ生物を飲み込んでいないのね」
「だから急にトイレに」
「ちがうよ……」
「まあいいわ、今からもっと強いのを飲み込むことになるんだから」
「どういうことだよ、みずさわさん」
「この身体も足がつきはじめてるってことだよ。あんなみたいなのにバレるんだから」
「……」
「それにこの女の身体も、もうボロボロだからな」
「みずさわさん…… じゃない、のか? や、やられないぞ!」
「抵抗しても気が狂ってしまっては同じことだ。我を受け入れた方が幸せだぞ」
「いやだ! 燃えてしまえ!」
「な、何をする…… お前も逃げられないぞ?」
「死ね! 死ね!」
「い、いたい! 痛いし熱いし、何をするのさこたさん」
「みずさわさんの声を使っても無駄だぞ」
「私よ、全てがこの妖怪に奪われたわけじゃ」
「だまされないぞ」
「このまま炎が広がれば、死ぬのは我のみではないぞ」
「死んでもいんんだ」
「むっ? そのパソコン……」
「駄目だ、それは……」
「まさかここのやりとりをネットに流しているのか……」
「……やめろ!」
「ってぇな!」
「うぁ〜っ」
「ガサッ」
「ゴサガサッ」
「みずさわさんしっかりして」
「みずさわさぁ〜ん」
「こ、殺し……」
「ちがっ、こ、口述筆記をとめなきゃ」
「えっ? みずさわさんの遺体が……」
「うぁあ…… ああっ、液体生物かっ! 身体が溶けていく……」
「ああ」
「びちょ…… びちょ…… びちょ」
「びちょ。ばしゃっ、ぱしゃ」
……(30秒無音)
……(30秒無音)
……(30秒無音)
……(30秒無音)
……(30秒無音)
……(30秒無音)
ーーーCOMスリープにより中断
終わり




