(15)
「えっ!」
「(声が大きい……)」
妖怪ハンター…… なんだそれは。
真面目にそんなことを言っているのかこの女は。本社に立ち寄らなければいけない時間を割いて、聞いた言葉が『妖怪ハンター』とは恐れ入った。
「ふざけないでください」
「ふざけてませんよ」
水沢さんはほおずえをついてニッコリ笑った。
「そんな人はいません」
「これ立派な環境省のお手伝いなんです…… 秘密ですよ。他人に言わないでくださいね」
「そんなものを副業で……」
「やる人もいるんですよ。私みたいに」
「信じられない」
「別にいいですよ。信じなくて。ちなみに『妖怪』って呼んでますけど、あれ、妖怪でもカビでもなくて、佐古田さんがみたという、液体生物っていうの方が実際に近いんじゃないか、と考えてます」
「……」
なんだろう。
この国の自殺者が液体生物=妖怪だったとして、それを把握して退治しようと考えるのは普通な気がする。
「ん…… あの。これを見たら信じてもらえるかも。今情報が入って。この地下の駅にいるって」
笑っていた表情が消えた。
「どうします? 見ます?」
真剣な表情をみると、水沢さんが美人であるように思えてくる。いや、確かに美人だ。
見たい、という好奇心と、水沢さんと一緒にいたい、という願望を両方満たすことができる。
「見ましょう」
「じゃあ、ついてきてください」
二人で店を出た。
改札に向かい、ホームに降りる前に立ち止まり、説明があった。
「まだ我々の検出装置では、妖怪と妖怪に感染した人、の区別がしっかり出来ません。感染した人は林さんや佐古田さんの言う通り、蛍光を発するようになります」
周りを見ながら、かなり早口で話す。
「だから、今回の検出が妖怪か、妖怪に感染した人かは、五分五分…… もっと率は悪いですね。九割九分ほどは感染者です」
「それじゃ…… 見ても分からない」
「大丈夫です。感染者だとしたら顔のリストがありますから」
水沢さんはこっちにスマフォを見せた。
どうやらスマフォのカメラを使って判定出来る、ということらしい。
「いきましょう」
ゴクリ、とつばを飲み込んだ。
鷺沼の死の原因がついに分かるのだ。
水沢さんは何気なくスマフォを正面に向けながらアプリで感染者を確認している。
感染者がみつからなければ…… 液体生物そのものを見ることが出来る…… かもしれない。
水沢さんがこちらをちらりと振り返って、首を振った。
こっちのホームには感染者はいないらしい。
私はじゃあ、反対側か、と思い目線を反対側のホームに移した。
「!」
反対側のホームに宮田が見えた。
いや、宮田ではなく、林か。
何か耳を抑えている。
水沢さんが連絡通路へさっさと戻ろうとしているので、肩を叩いて宮田を指さした。
「アイツが林でしょう?」
「あっ!」
電車がホームに入ってくる轟音が響いた。
水沢さんも驚いたように目を見開いていた。
見てはいけないものを見てしまった。
電車は停止し、ホームには事故があったアナウンスが流れ始めた。
反対側の電車はずっと止まったままだった。
「は、林さん……」
水沢さんは震えていた。
「林さんは感染者ですか?」
私が問うと、水沢さんはうなずいた。
今日、その証拠を見せられたばかりだった。
そう、感染者はほぼ自殺する。
こうなることがあることを予測するべきだった。
知り合いが目の前で死ぬところを見てしまった。
「……か、帰ります」
「ま、待って佐古田さん」
「そうだ、本社に書類を」
「違うの」
水沢さんがホームに出っ張ったエアコン近くの壁に持たれかかるようにしながら、そでを引っ張ってきた。
「お願い…… 怖いの」
確かに、綺麗なその足は震えている。
「……」
「来て」
少し水沢さんの方に行くと、首に腕を回してきた。
耳元で囁く。
「ぎゅーってして」
「えっ?」
「怖いのが治まるまで」
水沢さんの背中に手を回すと、自分の手が可能な限り水沢さんの身体に触れないように引き寄せた。
付き合っているわけじゃないんだ。
水沢さんは林と……
「もっと触っていいの」
いや、駄目だ。鷺沼やさっき死んだ林に……
「怖いの…… お願い」
見上げてくる水沢さんの瞳を見ているうち、急に何かスイッチが入ったようにあちこちを触り始めた。
初めて触る大人の女性。
きゃしゃで、それでいて柔らかい。
いい匂いがして、ぎゅっとしているだけで幸せなきもちになった。
「ん……」
水沢さんが、瞳を閉じて顔を近づけてきた。
自分も目を閉じて唇を重ねる。
本能に逆らいきれず、舌を絡め始めてしまった。
「!」
違和感を感じて、手を止めた。
水沢さんはまだこっちの唇を軽く噛んできている。
ようやく気付いたように、水沢さんは身体を離した。
「?」
水沢さんは何が起こったのか分からないようすだった。
とにかく、トイレに行こう。
私は水沢さんを残して、走り始めた。
水沢さんが追いかけてきているのか、その場に残ったのかも分からない。
とにかく、駅のトイレに駆け込むと、鏡に写る自分の姿を確認してから、口の中にある唾液…… 違和感の元となるもの…… を吐き出した。
白い洗面台に赤黒い、唾液なのか何なのか分からないようなものが流れていった。
液体というか、固くないようかんのような、小さな固まり。




