(14)
「駅はまだ警察と消防の作業が続いていて立入禁止なんです」
そういうことか。
本社の駅には行けるが、かなり時間がかかりそうだった。
地下鉄以外で行ったことがない私は、これを頼るしかなかった。
それと、下り車線側で事件のあった駅を通過すれば、何か見れるか興味があった。
ようやくついた電車は時間帯に見合わないような混雑度だった。とにかく、上り車線が見える側を確認すると、そちら側のドアに少しずつ位置を変えていった。
事件が発生した駅の辺りで、電車は減速し始めた。
切り替えポイントを通過するためなのだろうが、駅を見ようと思っている私には都合が良かった。
ドアの窓の外は暗く、車内が写って見えるばかりだった。
駅では何か起こっているだろう。
何かあの液体で発生した気体が充満していたら、脇を通過している電車の中にも入り込まないのだろうか。
ふと考えると、この措置は無謀ではないかと思い始めた。
いや、まて。
通過させるのだから、さすがにその点は解決済みなのではないか。警察の検証が終わっていないだけで、安全状態が確保出来ていなければ、その脇を通過させることはないだろう。
一人で勝手に考えをすすめるうち、ホームの灯りが見えてきた。電車の先頭からホームの端にはビニールシートがかけられていた。
なんだ、見えないのか、と思っていると、停車している電車の窓を通して、チラリと上りホームが見えた。
警察官の格好をした者が何人か囲んでいるところに、見覚えのある男が混じっていた。
「ん…… あれ、容疑者じゃないのか……」
私の小さな声で、周りの何人かが駅の反対側を見た。
しかし、事件の起こった車両などは窓のカーテンが降ろされていて、人影が映るばかりで人物の顔は見えなかった。
私は車両の後方側でカーテンがかかっていない車両がないか、じっと待っていた。
だが、途中で電車が加速を始め、ついに反対側のホームでなにが行われているのかを確認することはできなかった。
窓に映る光景が、再び車内となった時、私の蛍光が映って見えた。
「!」
混雑状況の中、無理して振り返るとその男の血管という血管から蛍光を発した。
「ヒッ!」
声を上げると、周りの乗客から睨まれた。
口で説明出来ずにいると、男の目玉が弾け、そこから蛍光に光る液体が流れできた。
「ば、化物っ……」
私はもがいてそこから離れようとすると、周りの乗客が無言で抵抗した。肘や膝で強く押し返され、私はどこへも動けなかった。
「化物が…… ほらっ、そこに目玉が割れた男が……」
さらに強く押し戻された。
「どこにそんな男がいる」
私が指さすと、そこには水沢さんが立っていた。
「えっ?」
さっきまではそうだった。
絶対に水沢さんではなかった。
今日も精神科の先生が言っていた、調子よさそうですね。だから幻覚なんか見るわけないんだ。
私は何かの見間違いではないかと、じっと水沢さんを見つめた。
そして、水沢さんがこちらに気付いた。
「佐古田さん?」
「……」
電車は減速すると、駅に停車した。
乗り換えの人が大勢いたのか、ドアが開くと車内は少し余裕が出来た。
水沢さんは私の横に立ってきた。
「佐古田さん、本社寄られるんですか?」
「そ、そうだよ…… 診察した書面の提出が必要なので」
「時間があれば、ちょっと本社に行くまえに、お話しできません?」
「時間はあるけど、何の話ですか?」
「ダメですか?」
「……」
何を言ったらいいのだろう。
断る理由もなければ、話をする理由もない。
もしかして、私のことを好きなのではないか、という考えが頭をよぎる。絶対にありえない。
絶対にあり得ないことはないだろう。宮田と付き合ったっぽいじゃないか。アイツでいいなら問題ないはずだ。
考えているうちに混乱してきて、余計に話すことができなくなった。
「本社の駅にある喫茶店でいいですか?」
私はうなずいた。
本社の駅の喫茶店なんかで飲んでいたら、社の人に見つかってしまう。社内恋愛なんてしたら、一方が飛ばされてしまうと聞く。そんなところで、コーヒーとか飲んで大丈夫なのだろうか。
ずっと余計なことばかりが頭のなかに浮かんでくる。
水沢さんに関しては、もっと大切なことがあったはずだ。だが、それは思い出せなかった。
本社のある駅のカフェに入ると、それぞれアイスコーヒーを注文した。向かい合わせの席に座ると、水沢さんがニッコリと笑った。
「佐古田さん。佐古田さんは林さんのこと知ってますよね?」
何の話がしたかったのだろう。
私の知り合いに林という人物はいない。
まだ喋れずにいる私は、首を振った。
「……そうなんですか? 林さんは佐古田さんのことも、鷺沼さんのことも知ってましたけど」
「!」
「どっかで佐古田さんと一緒にいるところ見ましたよ。私」
宮田? まさか宮田の本当の名字が林なのではないか、と直感した。
「まあ、林さんを知らなくてもいいです。単刀直入に聞きます。佐古田さん、何か私を疑ってませんか?」
「……」
私が水沢さんを疑った、と、どうして思うのだろう。その方が疑問だった。
「林さんが言ってました。鷺沼さんと鷺沼さんのお母さんの死に関わっているのはあたしだって」
「……宮田? それ、宮田のこと?」
「??」
「どんな顔の人?」
「こ〜んな目の人のことです」
水沢さんが目尻を引っ張って細い目を作ってみせた。
「宮田だ。間違いない。宮田は仮名だけどね。そうか、あいつ林っていうのか」
「みやた?」
「あ、なんでもない」
仮名を他人に知られるのを極端に嫌っていたのを思い出した。
「私、ちょっと大きな声では言えないんですが」
水沢さんが手招きした。
向かい合わせに座っているから近寄っていくと、足が当たった。
「あ、ごめん」
「(耳を貸してください)」
懸命に体を伸ばし、首をねじって耳を突き出した。耳はきれいに掃除していただろうか…… 急にそんなことを考えて恥ずかしくなった。
「ちょっと待ってください」
さっとハンドタオルで耳を拭った。
「はい」
水沢さんが手をあててきた。
やわらかくて小さな手。
「(私、実はハンターなんです)」
言った内容より、耳にかかる吐息の方を耐えるので精一杯だった。興奮状態の脳が、冷静に考えると、水沢さんの言ったことに疑問符がいくつもついた。
「なんのことですか?」
また手招きした。
水沢さんに耳を向けながら、快楽を待つように体が震えるのを感じた。
「(林さんや、佐古田さんが言う『カビ』や『液体生物』のような『妖怪』って読んじゃってますけど。それを探してやっつけるんです。だから妖怪ハンターってやつです)」




