(11)
興奮気味に私はそう言った。
「(よく判ったな。俺は鷺沼の親戚の一人から聞いた。しかも、鷺沼の時の遺体も同じだったそうだ)」
二人共宮田の言うカビ、に侵された、ということか。
「(どういうことだと思う)」
「(同じカビに侵された、ってことだろう)」
「(違う)」
一重のツリ目で睨まれた。
「(どうして同じカビに侵される? 例えば、佐古田。お前と会っているせいじゃないのか?)」
首を振った。
「(お前じゃないのは知っている。発光しないのを確認しているしな。思ったのはお前の会社の連中だ。今回も式の手伝いをしている。誰か鷺沼と鷺沼の母に関わっている人物がいないか?)」
今日来ていた社員で鷺沼と関わっているとすれば……
「(しらないのか?)」
一人しかしらないが、鷺沼母とも会っているのかまでは知らないし、宮田にその名前だけは言いたくない。
「(お前の方見てるぞ)」
宮田につつかれて、そっちを振り返った。
「佐古田さんお久しぶり」
「!」
水沢さんが、コーヒーのトレイを持って立っていた。
なんと返そう、と思っていると、自分の手が震え始めたのに気づき、慌てて足の間に手を挟んだ。
「み、水沢さん。おひさしぶり」
「佐古田さん。後でいいから、少しお話し出来るかしら?」
「いや、あの、ちょっと…… みや…… いや、こいつと出かけなきゃいけないんだ」
「そう…… じゃあ、また機会があれば」
水沢さんはトレイを持って、奥の席に座った。
私はそれを確認して、宮田に言った。
「(ちょっとここを出よう)」
「(なんだあの女は。お前あの女のこと好きなのか?)」
「(ここでは話せない。早くここを出よう)」
「(ふん、何でもいい。ここで話せるだろう)」
私は立ち上がって、宮田の袖を引っ張り上げた。
「何をする」
「(いいから来いよ)」
ようやく事態が飲み込めたようで、宮田も立ち上がった。
とにかくこの場を離れなければならいと思い、駅に入り、一駅だけ移動した。
ハンバーガーショップに入り、同じように飲み物だけを注文した。
「こっちの金はおごれよ」
私は宮田の分の飲み物代も払った。
席に座ると、私は言った。
「さっきの女だ。宮田の言うカビを鷺沼と鷺沼の母に付けたとしたら、あの女なんだよ」
「まさか」
端からこっちの言うことなど信用していないような口ぶりだった。
「言ったろう? 鷺沼と鷺沼母に共通して関係がある人物。同じ会社の社員。水沢さんならすべて辻褄があう。会社の真下の駅で自殺したわけだし」
「まあ落ち着け」
宮田は何か考えているふうだった。
「通夜の手伝いをしていただけだろう? 関係があるとは思えんが」
「水沢さんは鷺沼の日記に出てきている。付き合ってたようだ。鷺沼のお母さんに以前話した時、お会いしたい、と言っていた。何かの時に会ったのかもしれない」
宮田の細いツリ目が更に細くなった。
「婚約とかか?」
「そうじゃないはずだ。お母さんは日記を読んでから水沢さんのことを知ったみたいだし」
「やけに詳しいな」
「鷺沼の日記に書いてある分からの推測だ」
「その女がカビを持っていたとして、わざわざ俺たちに近づいてくるか? もっと騙したりしやすい、殺しやすい相手を探せばいいじゃないか」
「変わった考えだな。こっちが正体を知っているなら、公にされる前に消そうとおもっているんじゃないのか?」
そうだ。正体を知っていると判れば、殺されてしまう。なるべく、無知を装わなければ。
「こんなカビのことを信じるのはお前ぐらいだ」
宮田は頬杖をついた。
「そういうお前はどうなんだよ」
「カビは俺の作った話だからな……」
「なっ……」
いや、そんなバカな。
カビ…… というか液体生物は確かに俺を襲ってきた。蛍光のように発光するのも同じだ。カビは作り話かもしれないが、地下鉄には怪生物がいるのは間違いない。
「鷺沼の日記にも、発光するくだりがある。いまさらカビの話をウソとか言うのか?」
「俺の作った話だと言ったろう」
「じゃ…… なんで、駅の連絡通路で……」
「お前の意識が勝手に作り出したんだろ」
「ふざけるな!」
どうにも怒りが収まらなかった。
何分だろうか、何十分だろうか、とにかくこの仮名の痛いだけの男を罵り続けた。
店員も、わずかにいた客も迷惑そうな顔をしてこっちを見たが、そいつらに聞こえないように声を小さくしながら、クソとかボケとかオタクとか馬鹿にし続けた。
最後の最後に、宮田を殴りたかったが、殴ってどうなるものでもなかった。こいつは本当に液体生物を見たことがないのだ。だからカビというものを勝手に想像し、こっちを脅かして喜んでいた。
薄暗い地下鉄の駅で黒のサングラスをして、何か見える訳がない。
この二月ほどの間、痛いだけの男の、くだらないイタズラにつきあわされていたのだ。
宮田には、別れの言葉など何も告げずに店を出た。
部屋に戻ろう。
もうこいつらと関わりになるのはよそう。
私はそう思った。
その日から、何日間かは部屋とコンビニを往復する生活だった。
どのみち会社にはいける状態ではない。
勤務中にオーバードーズをしてしまった人間は危なくてそのまま勤務されたら困るのだろう。
会社側は、どこか無難な転勤先を考えているか、やんわりと辞職してもらうようにもっていきたいはずだ、と思っていた。
だから、会社に行かない生活を続けていた。
満額ではなかったが、給料も振り込まれた。
贅沢をしなければ、貯蓄もあるし、数ヶ月は暮らせるだろう。
ある時、スマフォに連絡が入った。
人事部からで、一度本社に出てきて欲しいとのことだった。
こっちの都合に合わせてくれるようだったので、水曜の昼間の時間を適当に告げると判ったと返事があった。
さあ、いよいよ首かと思って、その時刻に本社に入ると上司が居て、転勤を告げられた。
断るのなら…… 別の部署もあるが、それは本当に追い出し部屋だと言われた。
「佐古田くん。君は働ける。何人かこういう症状の社員を見てきたからわかる。間違いない。だから、地方の支社で自信を付けて戻っておいで」
「わかりました」
「ボクは、君が普通だと思っているからさ」
そんな期待されていたのに、私はどうして頑張らなかったのだろう。
そうだ。今度こそ、期待に応えるように頑張ろう。地方の支社からでも、本社に戻ってこれるくらい一所懸命働けばいいんだ。私はそう思った。
私は頭を下げた。
転勤先のことが書かれた書面をもらい、気持ちが落ち着いたら連絡をすることになっていた。
連絡をしたら引っ越しを始めとした異動の手続きをする。
そしてまた何日か、引きこもりがちな日々を過ごした。
本当にこの会社で働き続けるべきなのか、やめてしまおうかと考えていた。
最終的に出た結論は、その転勤先…… 地方勤務を受け入れることだった。
今の自分の状態で他の会社に行ったらどういう形で雇われるのかを考えていた。




