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「当院ではクスリを預かったり、どこかへやったりとかはしてませんよ。お家にあるか、飲んだところに忘れてきたのではないですか?」
クスクスと笑い声が聞こえる。
「笑うな!」
「佐古田さん。私も彼女も笑っていませんよ。何も不安になることはないんです。今あなたは充分健康です」
違う、この笑い声の前に……
何か、もっと重大なことに気付いたはず。
私は食事もそこそこにして、退院の手続きを行った。
スマフォの充電が終わると、記憶のある日付から三日経っていることが判った。
三日の殆どを病室で寝ていたのだ。
そんなに寝続けるのは重症なのではないのだろうか。退院させたがる病院に疑問を持ちながらも、家でやらなければならないことを思い出していた。
それは液体生物が存在する証拠を探し出すことと、鷺沼と水沢さんの関係を調べることだった。
家へ帰る為の経路を調べると、病院から最寄りの駅までタクシーを使った。
ここから家までは都心を抜けなければならなかった。都心を通過する際に、地下鉄に乗ることになる。
私は地下鉄に少し恐怖しながら、証拠をつかめるかもしれないと思い、電車に乗るなりSNSのメッセージ、画像を調べ始めた。
乗り換え駅が近づくころに、直近の画像に例の模様が写っている映像を見つけた。
「ちょうど乗り換え駅のホームじゃないか」
床を見つめながら、声にだしていた。
電車が駅に止まり、慎重に周りを見回しながら降りる。
乗り換えホームへと移動すると、ホームの下の影や、天井から滲み出てくる水、カビのような模様。それらに動くものがないかをじっと見ながら、ゆっくりと進んだ。
スマフォの動画で撮ればいいはずだ。静止画を、宮田がやったように加工しても、誰も信じてくれないだろう。動画で『動く』ヤツが撮れれば、誰もそれがただの汚れだとは思わないだろう。
スマフォを構えて、天井、柱、ホームの下、とゆっくり動かしてみる。
何も動いている様子はない。
「!」
その時、スマフォのバイブレータが動いた。
動画撮影を中断し、誰のメッセージかを確認する。宮田だった。
『鷺沼の母親が死んだ』
鷺沼の母のことを思い出した。
何か頼まれていることも同時に思い出した。
鷺沼の日記。『発光』のなぞ。
「そうだ……」
私はホームの床にそう言った。
早く家に帰って鷺沼が書いた『発光が酷くなった』という意味を調べないといけない。
会社に来ないで療養しろ、と言われているのだ。会社に行かない分、ゆっくり、じっくり調べられるではないか。
私は入線してきた電車に慌てて飛び乗った。
家で鷺沼のノートパソコンをコピーしたハードディスクを調べていた。
日記と思われるファイルを見ていると、ところどころフォントの色が背景と同じになっていて、ぱっと見では見えなくしてある部分に気付いた。
大半はつまらないことが書いてあった。
ただ、一々それをやっているのが面倒なので、全文を選択してフォントの色を指定した。
初めから読み返したが、読み物としては退屈だった。
鷺沼の日記を読んでいる途中で、何度か眠たくなって寝てしまった。
ようやく、その『発光』のくだりまでを読んだのだが、私にはそれに関わる他の出来事がどれなのか分からなかった。
「なんで鷺沼は突然、発光のことを書いているのだ」
日記の流れでいうと、発行は水沢さんと付き合いだしてからずっと後のことだった。
付き合い始めた頃は水沢さんとのデートのことを詳細に書いてあって、そこを読むと気持ちがざわついた。
しかし、別れた様子もなく水沢さんのことが書かれなくなっていた。
代わりに健康状態のことや、地下鉄が汚れていること…… 何か汚染されているような事がしきりに書かれていた。
その後も、結局すべてを読んだが発光の意味は分からなかった。
私は宮田からの書き込みで、鷺沼の母の通夜に顔を出した。
手を合わせ、頼まれていた鷺沼の日記のことは分からなかったと心の中でわびた。
会社の人が何人か通夜を手伝っているようだった。鷺沼の通夜の時、うちの会社の人間は一人も入れなかったのがウソのようだ。どういう申し出をして、受け入れらたのか不思議でたまらない。
うちの会社の連中が話しているのを聞いていると、どうやら水沢さんも来ているようだった。他に知っている人もいたが、向こうもこちらも話したりはしなかった。
かわりに宮田を見つけて声をかけた。
「宮田」
振り向くと、怒っていた。
「その名前で呼ぶな。仮名だって言ったろう」
「こっちには他に呼びようがないんだから、しかたないだろう」
「ちょっと話しがある。終わったらこの駅にあったカフェで話そう」
「ああ、こっちも話したいことがある」
通夜が終わると宮田はペコペコと頭を下げて、式場を出てきた。
「お前の話したいことっていうのは何だ」
「この前の駅のホームで……」
「やめろ」
宮田は私の口に手をあてた。
私はその手を払った。
「なにするんだ」
「ここで話すな」
「……」
カフェにつくと、宮田は店のどまんなかに席をとった。
「なんでこんな真ん中。道で話すのと変わらないじゃないか」
「違う。ここは色んな会話が入ってしまうから、返って聞かれづらいんだ」
確かにおじさん同士での株の話しや、保険の勧誘の話し、店のBGM…… 色んな音が流れ込んでくる。
ここで小声で話せば、他人には聞こえないだろう。
「(お前から話せ)」
宮田が言うと、私はうなずいた。
宮田と別れた後、連絡通路で液体生物を見たこと、電車の窓まで追いかけられた話をした。
宮田は私が『液体生物』という度、『カビ』と言い換えてきた。
「(なるほど。そいつは災難だったな)」
「(何が災難だったな、だよ。液体生物は、お前の言うカビ、と同じだろう?)」
「(さあな、同じものかどうかなんて知らん。とにかく東京の地下には何かいるってことだ)」
「(そんなまとめかたで良いのか)」
「(それより、今日の通夜のことだ。鷺沼の母の死因)」
やっぱりこいつは他人の言うことなんか聞きやしないのだ。
「……」
「(聞きたくないのか?)」
お前こそこっちの言ったことを真面目に考えたのか、と聞き返したかった。
「(話せよ)」
「(なんだその態度は)」
「……」
「(まあいい。鷺沼の母も自殺だった。しかも、鷺沼が飛び込んだ駅だ)」
「えっ」
大きな声を出した、と思い、自分で自分の口を抑えてしまった。
「(鷺沼と鷺沼の母に共通しているのはこれだじゃないぞ)」
宮田がわざとじらしている間、何を言おうとしていることを考えていた。
宮田はずっとカビだと言っていた。
発光するカビ。だから鷺沼の死の間際は発光していたと言っていた。
日記に書いてあった発光、と同じ?
どうして宮田に聞いたときにピンと来なかったのか、と悔やんだ。鷺沼の母に正確ではないにしろ、そんな話を伝えることは出来たはずだ。
「(鷺沼の母との共通点は……)」
「(発光? まさか遺体が発光しているのか?)」




