#09 アリシア
セーマは村長宅へ到着した。
時刻はほぼ夜の10時であった。
屋敷に入ると、いつもに比べ閑散としている。
これからなにか起こる。
そんな雰囲気がじわじわ伝わってきた。
すると、正面の2階への階段の上から村長が出迎えに出てきたのが見えた。
「セーマさま、お帰りなさい。こちらに晩餐の用意がしてあります。どうぞこちらへ」
そういうと、2階の応接間に招かれた。
すると、正面入り口にエリックが現れた。
2人の供を従え、馬車で来たようだ。
「おお!エリック殿、時間どおりに来てくれましたな」
村長は、早速、エリックを出迎えに、階段を駆け下りていった。
◇
晩餐会は、つつがなく始まった。
セーマとエリックは故郷の話、小さい頃の話、将来のこと、この世界パンゲアについてと、様々な話題で盛り上がった。
「今日のような時代、セーマ殿のような方が必要なのですよ」
エリックは少し酔っていた。
「ありがとうございます。ですが自分はそこまで評価されるほどの人間ではありません」
「なんと、救世主セーマともあろうお方が、ご謙遜めされるか?そんなことではダメです。あなたはもっとしかるべき場所で、その力を発揮せねばならないお方です」
「いやいやそんなご大層なものじゃありませんて私なんか、本当に」
「セーマ殿、もう、単刀直入に言いましょう。私と一緒に中央へ来てくれませんか?」
「いや、それはちょっと考えさせてくれませんか?この地はまだ安定してませんし」
「ですが、あなたはこんな辺境に埋もれているべきひとではない。もっと上に立ち、民衆を導かねばなりません。」
「魔族の再襲来の危険もあります。しかるべき防御体制を敷かないと離れられんのです。お分かりください。」
「なら、あなたに代わる戦力をこの地に残せば、中央行きに異論はありませんな?それなら私にあてがあります。それがうまく手配できたら決定でよろしいな?」
「エリック殿、酔いすぎではござらんか?」
セーマは、エリックの酔いが回りすぎていると感じた。
後ろで控えている2人の従者(魔導士かと思われる)が、少し頭を抱えている。
「おい、2人とも、もう、我慢できん。セーマ殿を拘束するのだ!」
突然、後ろを振り返り、従者2人に無理難題を押し付けだした。
ため息をつきつつ、従者らは彼の命令に従った。
そろそろこちらに近づき、セーマに耳打ちをする。
「酔っ払うといつもこうなんです。でも、従わないと、不機嫌なままだし。申し訳ありませんが、このおもちゃの拘束具をつけて、しばらくお付き合いいただけますか?」
フードを被っていたから分からなかったが、2人とも女性の魔導士だった。
セーマは仕方なく、頷くと、彼女らは、彼の手と足に拘束具をつけた。紙の様なものでできたすぐ破れそうな拘束具であった。
「はっはっは。思ったとおりセーマ殿、あなたは女性にはお優しいのですな」
エリックは、笑いだした。
こんな道化をいつまで続けなければいけないのか、セーマは従者の顔を見た。
するとなぜか彼に向かって「ごめんなさい」のポーズをとり、そそくさと後ろに下がってしまった。
(へっ?もしかすると俺はめられた?)
セーマはエリックを向き直ったが、そのときのエリックはもう酔っ払った様子などなかった。
「みなさん、どうやら出番はなかったみたいですよ」
エリックがそういうと、部屋のあちこちから、隠れていた自警団員がぞろぞろ現れた。
(グレーブス婦人が来ているはずだが、姿が見えないな?)
エリックはその点だけは気になったが、今はそれどころではない。
後で考えることにした。
「こ、これは一体?」
セーマは明らかにはめられた。
このチャチな拘束具を壊そうと力を入れたが、どんどん拘束力が増すばかりであった。
「その拘束具は、うちの魔導士がこしらえた物です。見た目はおもちゃですが、本物ですよ」
「エリック殿、これはなんのまねです?」
「申し訳ござらん。これも命令でして。あなたを早急に中央へお運びしろと。」
「いや、それなら、こんなことをしなくても?」
「素直に来ていただけたでしょうか?あなたは存外まじめなお方だ。今の状況だと、いつまでたってもここを離れないでしょう」
「それに、あなたは様々な方々から注目されているのです。これ以上野放しにはできないのですよ。どうか御理解ください。この地域の防御についてはしかるべき戦力を、私の権限で補強します。その点はご安心を」
エリックはここにきて、言いたかったこと一気にまくし立てた。
「それで本当に間に合うのですか?」
セーマはエリックをたしなめるように言った。
そのセリフにエリックはカチンときたようだった。
セーマとエリックはお互いにらみ合った。
するとすぐさま、応接間の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、怪我をし血だらけの兵士であった。
その姿に全員ぎょっとする。
「村長、いますか?大変です。グレーブス夫人領が魔族の攻撃を受けています!」
その報に内心ニヤッと笑うセーマだった。
◇
「そ、そんな、そういえば、グレーブス夫人がいらっしゃらない。おい、きみたち、夫人はどこだ?」
エリックは、自警団員に聞いたが、だれも知らないと答えるだけだった。
自警団員は全員我先にとグレーブス夫人領に帰ろうとした。
あそこには自分たちの家族、愛人がいるからだ。
村長宅から、ドカドカと自警団員が馬に乗り出て行く。
「エリック殿、これでおわかりになったでしょう?魔族とはこういうものなのです」
セーマは内心「してやったり」だった。
「この拘束具を外してもらえませんか?私も行かなければならないので」
セーマはエリックに頼んだ。
エリックは落ち込んだ様子だったが、この緊急時にセーマを拘束しておくわけにもいかない。
すぐに魔道士に命じてセーマの拘束具を外させた。
「村長、ジョルジュ、俺も救援に向かいます。こちらの警戒ををお願いします」
部屋の隅で待機していた2人に呼びかけ、後事を託した。
セーマはすぐさまグレーブス夫人領に向かった。
◇
グレーブス夫人領は地獄絵図であった。
蓄えられていた財は奪われ、女は犯された。
自警団員たちは家族、愛人を守るため、全員突撃していった。
待ち構えるは、オーガの残党軍。
人数では自警団が有利であったが、待ち構えていた分オーガ側に地の利があった。
壮絶な潰しあいが繰り広げられていた。
セーマは彼らの戦闘をわき目に、グレーブス夫人邸に行き、火を放った。
(あばよ、ヨシュア)
これで、あとで困るような証拠が出てくることもあるまい。
その後、自警団側に参戦。
セーマの活躍は、劣勢だった彼らには、軍神のようにみえたらしい。
この後、セーマの勇名はさらに高まることになる。
◇
翌朝、戦闘は終結していた。
朝になってはっきりわかったことは、襲撃したオーガ残党軍は全滅。
一時はセーマの兵隊であったが、財を貪り、女を犯し、獣に戻った者など、切り捨てるのに何のためらいもなかった。
自警団員は勇戦したが、オーガ軍に迎え撃たれ、数を生かせず、すり潰された。
生き残ったのは、5名たらず。
女はほとんど犯された。
わずかにいた老人、子供もいたずら半分に、なぶられ、殺されていた。
グレーブス夫人邸は放火され全焼、重要な書類などはきれいに灰となった。
あの夜、屋敷の中でなにが起こったのかを示すようなものは何一つ残されていなかった。
この辺境に名を轟かせたグレーブス夫人領は、一夜にして、灰塵と化した。
◇
セーマは、休息後、すぐに復興に取りかかった。
最低でも、防御網の再構築が必要だったからだ。
その働きで、セーマの名声はさらに高まる。
そして、ある重大な事実を、セーマはエリックに示すことになる。
「グレーブス夫人が、オーガ軍と内通していた?」
セーマは、その証拠となる証紙をエリックに示した。
あの夜、グレーブス邸から唯一持ち出せたものがそれである。
グレーブス夫人は、部屋で死んでいたが、大事そうに持っていたものがそれだ。
きっとそれだけは、他のものには見せられないものだったのだろう。
だが、皮肉にもそれだけが残されたのだ。
その内容は恐ろしいものだった。
・グレーブス家はオーガ軍がこの村に進軍する手引きをする。
・オーガ軍は村に駐屯してよいがグレーブス領に一切手出しはしてはならない。
・村が占拠された責を現村長に負わせ、放逐するまで駐屯してよい。
・放逐後はただちに他の村に進撃し、この村から退去すること。
・次期村長はグレーブス家から出す。
・村の政治に口出ししない。
・グレーブス家はオーガ軍の行為を全て認め、それを阻害することは一切しない。
・もし、上記取り決めを破ることがあれば、その身をもって償う。
というものだった。
これを見たとき、エリックは、その場で卒倒してしまった。
この地方で、1番の有力者で、もっとも信頼していた夫人が自分たちを裏切っていたのだ。
ショックを受けないわけはない。
村長もショックであった。
まさか自分を放逐することを企んでいたとは思わなかったのだ。
おそらく、その後釜は、孫のヨシュアだったのだろう。
アリシアとくっつければ、禅譲ともみえてやりやすいと考えていたにちがいない。
「確かに、おかしいと思っていたんだ。あそこだけ、オーガ軍から被害を受けていなかったからな」
実際には、自警団がうまく機能して、容易に手が出せなかっただけなんだが・・・
エリックと村長は、村へのオーガ軍襲来はグレーブス夫人の策謀であり、今回のグレーブス領への攻撃はなんらかの契約違反への報復だったと結論付けた。
そして彼女を糾弾する代わりに、相対的にセーマへの信頼は絶大なものとなっていった。
◇
セーマは、ヨシュアを始末した。
理由はどうあれアリシアに手を出したことに変わりはないからだ。
やつと彼女がどんな関係であったかなど、関係ない。
(俺は、ただ、欲しいものを手に入れたいだけだ)
セーマは、グレーブス夫人領壊滅の後すぐに、アリシアの元へと行った。
彼女は、村長宅の1番遠くの離れに、使用人たちとともに避難していた。
セーマは汗だく、返り血、服はボロボロ、だがそんなことは一切気にもしなかった。
彼はただ彼女を抱きしめたい。
それだけだった。
おもむろにドアを開ける。
中の人たちがこちらを向く。
セーマはアリシアを見つけた。
彼女も彼のことを見たが、すぐに横を向き視線を逸らした。
セーマはゆっくりとアリシアの元に近づく。
アリシアは困った表情を浮かべる。
「あの、なにか御用でしょうか?」
そのセリフを言い終わるやいなや、セーマはアリシアにキスをし、思い切り抱きしめた。
突然の出来事にびっくりし、はじめは抵抗するアリシア。
だが、それを無視してセーマは更に強く抱きしめ、思い切りキスをした。
すると、次第にアリシアの抵抗はなくなり、目に涙を浮かべ、徐々に自分からもキスをしだした。
周囲の視線は2人に釘付け。
「はいはい、2人ともそこまで!」
手をパンパン叩きながら、その空間に割って入って来たのはエミリアであった。
「アリシア、ボサッとしてるんじゃないの!戦士の御帰還よ!さっさと準備するの!」
そういうと、2人の背中を押して外に出た。
そしてセーマの部屋に行くと、アリシアにあれこれ指示を出しながら、セーマの傷の手当て、着替え、風呂、食事、ベッドメイクまで、全てをテキパキ行った。
「じゃ、あとは2人でできるわね。お姉ちゃん、行くから」
アリシアは、少し不安そうに姉を眺めた。
「よかったわね、アリシア。お姉ちゃんね、すっごくうれしいんだよ」
満面の笑みで妹を見る姉。
「セーマさま、妹のこと、ほんっとによろしくお願いします」
そういい、セーマに一礼した。
「じゃあね」
そういいながら、アリシアに手を振りつつ、外に出て行った。
突然訪れる静寂。
「えっと、あ、あのう・・」
アリシアがなにかしゃべろうとした瞬間、セーマはまた彼女にキスをした。
そのまま抱きしめ、ベッドに座る。
また、抱きしめる。
「ずっとこうしたかったんだ」
「あたしも」
アリシアを一旦引き離し、彼女の顔に軽く手を当てながら
「好きだよ、アリシア」
「あたしもです、セーマさま」
そして、キスをしながら抱きしめあい、そのままベッドに横たわった。
こうして2人は結ばれた・・・
◇
トントントンという包丁を叩く音が聞こえる。
セーマは目を覚ました。
ここは彼の部屋。
もう夕方。
いつの間にか寝てしまったようだ。
音のする方を見る。
アリシアが台所で、炊事しているようだ。
「あ、起こしちゃいました?」
アリシアがセーマが起きたことに気づいてやってくる。
「すごくお疲れだったみたいですね」
そういいながら、ベッドの脇に腰掛ける。
セーマはその姿がたまらず、抱きしめる。
そのまま、しばらく抱擁を続けるセーマ。
なされるがままのアリシア。
そんなアリシアがぼそっとしゃべりだした。
「よかった、セーマさまで・・・」
「えっ、なにが?」
「はじめてがセーマさまでよかったって、言ったんです」
はずかしそうに顔を赤らめながらしゃべるアリシア。
「あ、あれ?ヨシュアとは?」
「してないですよ」
「えっ、でも、あの公園で?」
「あ、あれは未遂とゆうか、無理矢理だったので・・・」
その後つっぱねて逃げたらしい。
「だから、あのときのセーマさまの声で助かったというか・・・」
そのセリフを言った瞬間、セーマに恥ずかしい所(青姦)を見られたという気持ちも蘇る。
「もう!恥ずかしいこと思い出させないでください!」
突然むくれるアリシア。
「あ、あはははははっ」
セーマはアリシアのそのセリフを聞いて安心した。
「ブー」
ブーたれるアリシア、それもかわいい。
そんな彼女をもう一度抱きしめなおす。
もう言葉はいらない。
この時間が永遠に続くことを願う2人だった。




