#08 襲撃
「では夜10時に村長宅で」
エリックは、ヨシュアの祖母、グレーブス夫人に一礼すると、そのまま部屋を退出した。
「ふう、これで打てる手は全て打ったか」
グレーブス夫人は、今日の夜に向けて入念な準備を進めてきた。
まず、セーマ拘束のために、村長宅に、私有自警団のほぼ全員50名を向かわせることにした。
村長宅の住人は、その時間帯は安全な場所に避難させるよう村長に指示を出した。
グレーブス夫人の屋敷は村の郊外の大邸宅で、堀、壁をめぐらし、その中に関係者たちがそれぞれの家を持ち生活していた。もちろん、自警団の家族、愛人もその中にいた。
この村自体にも堀、壁があるが、その中にさらにヨシュアの祖母の領地があるという格好になっていた。
実質、グレーブス夫人領であった。
夜、セーマがエリックに会いに来たら、装備を外させ、軽く会食をし、少なからず酔わせる。
この前のパーティーで、セーマが割と酔いやすいことはわかっている。
エリックの誘いに乗り、素直に中央へいけばそれでよい。
もし渋るようなら、タイミングをみて、拘束、確保する。
いかにセーマでも、酔った上で、武器もなければ、50人の自警団に敵うはずもない。
その上で、中央からの援軍で途中まで来ていた部隊に引き返してもらい、セーマの身柄を引き渡す手筈となっていた。
エリックより再三にわたり注意を受けたことは
「上から命令で、セーマに絶対に危害を加えるな。中央でどうしても確かめたいことがあるから」
ということ。
(あんな厄介な奴、殺せるときに殺しておけばいいのに。それにヨシュアもヨシュアじゃ!まさかあんな腰抜けとは思わなかったわ!)
グレーブス夫人はヨシュアに今回の自警団の指揮を任せるつもりでいた。
だが、ヨシュアは「セーマを拘束するなど、自分にはできない」といいはり、自室に閉じこもってしまった。
セーマの超人的活躍で自分たちは助けられたこと、その彼からアリシアを奪ったこと、それらから来る自責の念でヨシュアは身動きできなくなっていた。
グレーブス夫人は、そんなセーマとヨシュアを歯がゆく感じていた・・・
◇
援軍とは、元々、オーガ軍から村を取り戻すための部隊であったが、中央政府内部での大人の事情で、出発が遅れ、ようやく村にあと一息というところまで来たときには、オーガ軍はセーマによって壊滅していた。
そのあと、ノコノコ登場しても、世間から失笑されるのは必定。
なので、村には行かず、さっさと引き返していた。
だが、中央より新たな指令が下り、そのまま途中の村で待機していたのだ。
その指令というのが、セーマの身辺調査と身柄の護送である。
突然現れた、圧倒的な力を持つ、敵とも味方ともわからぬ存在、それがセーマである。
いまのところ、オーガ軍を壊滅させるなど、人間側に味方してくれているが、その出自、目的がわからず、本当に信用できるのかどうかわからない。
そのため調査をしなければならないとなったのだ。
為政者らしい考えだ。
それに、実は良からぬ噂も流れてきていた。
世界のどこかに魔王が降臨したと・・・
同時期にそんな噂まで出てくるとなると、為政者たちの疑心暗鬼に拍車がかかるのは目に見えている。
もし、その超人的な力が本当なら、なんとか自分たちの目の届くところで、コントロール下に置きたい。
できないようであるなら、闇に葬り去りたい。
そう考えていたのだ。
ただ、今回、聖十字教会側から、なんとしても、セーマを無傷で中央へ送って欲しいと、要請があったらしい。
その真意を確かめる術はないが、セーマを調査し無事に中央へ送り届けることが彼らの任務となっていた。
「殿下、スカーレット殿下、エリックよりの魔導通信です。今日の夜10時、作戦開始するとのこと」
初老の騎士、ベテランの風格がある男が、女性の騎士、いかにも指揮官という格好の女に話しかけた。
「殿下はよせ。ここでは隊長だ。隊長と呼べ!」
スカーレットは、その男、イワンにそういうと、思い切り背中を伸ばした。
「やっと、動けるな。骨休めもここまで長いと嫌になる」
スカーレットがイワンに話しかける。
「全くです。しかし今回はハズレを引きましたな」
イワンは「ガハハッ」とばかりに笑い出す。
「いうな、この遅れはこれから取り戻すぞ!」
「わかりました、殿下!いや、隊長!」
キッと睨みつけられたイワンだが、さっさとスカーレットの前より消えていた。
この部隊は、この村で待機を命じられてから半月になる。
初めはオーガ軍撃退を目指していたが、途中で作戦中止。
帰路、この村で待機を命じられる。
セーマの活躍で、この遠征自体が公になると、世間の物笑いの種になりかねない。
なので、ひっそりと帰還する予定だったが、新たな任務を受けることで、その遠征に意味があったとしよう、という上層部の配慮である。
だが、そのために半月足止めさせられていたのである。
(さっさと中央へ戻って、巻き返さないと。負けるわけにはいかないのよ、私は)
彼女こそ、聖パンゲア王国第三王女スカーレット殿下であった。
◇
セーマは夜のパトロールと称し、村を離れ、ひとり馬を駆っていた。
目指す先は、彼の兵隊たちがいるアジトである。
そこに着くと、オーガ兵がセーマを「お頭」と呼び、歓喜の声を上げだす。
昨日まで彼と殴り合っていた仲なのにである。
オーガ族とは、疑り深いが、一旦、認めてしまえば、あとは盲信してしまうような、単細胞な魔族なのかもしれない。
「お頭」
ここの元お頭、ドル・ドローがセーマに駆け寄ってきた。
「おお、ドル・ドロー。昨日のあれは仕上げてくれたかい?」
「もちろんです。こちらです」
セーマは促されるままに、アジトに入り、机の上にある証紙を見た。
「ゲドさまの証印も押してあります。あとはこの上にもうひとりのサインをすれば完成です」
「おお!よくやってくれた。お手柄だ!」
まったくの偶然であった。
なにかゲド本人を示すものが残ってないか問いただすと、あの火事場から適当にさらってきたものの中に、このゲドの証印があったのだ。
セーマはこれを使わない手はないと思い、それを使った作戦を考えていた。
セーマはそれを使った証紙を受け取ると、表に出て、全オーガ兵に檄を飛ばした。
「お前たち、いい飯喰いたいか?」
「おおー!」
セーマの問いに応えるオーガ兵。
「いい酒飲みたいか?」
「おおおーー!」
「いい女が抱きたいか?」
「おおおおーーー!」
どんどん大きな歓声が上がる。
「なら全員、武器を持って俺について来い!たらふくいい思いをさせてやる!」
「おおおーー!セーマ!セーマ!セーマ!セーマ!」
彼らの天を衝くほどのセーマコールが、あたりに鳴り響いた。
「出発するぞ!」
馬がある奴は馬で、ない奴は徒歩で、オーガ敗残兵26名がセーマの後を追った。
◇
夜8時過ぎ、ここはグレーブス夫人邸。
ここから、村長宅まで、馬で20分という距離である。
「自警団全員、村長宅にて待機完了したとのことです」
自警団の幹部らしき人物が、グレーブス夫人に報告していた。
「ご苦労様、あとでわしも行くから、そっちで待っといで」
その人物は、一礼して、その場を去った。
ヨシュアが部屋に閉じこもっているのが、腹立たしいが、ここは自分が行かないわけにはいかない。
そう思い、出発の準備を始めた。
なぜか胸騒ぎがする。
外が静かなのだ。
自警団がいなくなって静かになったと思ったが、違う。
不自然なのだ、静かさが。
まるで、誰かが感づかれないように近づいてきているような・・・
(侵入者か?)
さすが、グレーブス夫人である。
セーマたちの侵入に気づいたのだ。
だが、すでに遅かった。
◇
セーマは村の門も、グレーブス夫人領の門も難なく通過した。
なぜなら、この村の防御体制の整備をメインでやっていたのは彼自身だからだ。
いつが1番手薄で襲いやすいのか、わかっていた。
見張りが交替するタイミングを狙って襲い掛かった。
不意をつかれた見張りは声を上げることもなく、息絶えた。
そうして、闇夜にまぎれて、セーマとオーガ軍はあっさり、グレーブス夫人領内に忍び込んだのだ。
「まだだ、まだ我慢しろ、うまくいったら、好き放題やらせてやる」
セーマはオーガ兵に勝手な行動をさせないよう注意しつつ、一直線に屋敷に向かった。
夜10時に村長宅で、という約束である。
セーマが考えるに、ここの自警団はこの時間帯には、もう村長宅に配置完了しているだろう。
村に動かせる兵隊といえば、この自警団くらいしかいないなず。
ならば、セーマを拘束するなら、この自警団を動かさざろうえない。
そして、グレーブス夫人か、ヨシュアのどちらかが村長宅に行くはず。
自警団を出すのだから、屋敷の警備がガラ空きになる。
どちらかが必ず残るはず。
セーマはそう読んでいた。
セーマたちは、通った道の明かりをすべて消して、できるだけ音を出さずに行動した。
屋敷に入ると、勝手口から進入、屋敷の使用人に出会うと、すぐさま口を押さえ、のどをナイフでかき切った。
実はこの屋敷、セーマは仕事で何度か入ったことがあり、おおよそ部屋の見当はついていた。
セーマたちは一直線に、グレーブス夫人の部屋に向かった。
◇
バン!
勢いよく、他より豪華な扉が開いた。
中には、グレーブス夫人がいた。
「こんばんわ~」
セーマはドル・ドローとオーガ兵3名を引き連れ部屋に乗り込んだ。
「あんたかい、なにしにきたんじゃ」
夫人は、静かにセーマを睨みつけ、そういった。
「さすが、裏番。肝が据わってますな。いえなに、この紙に一筆サインしてもらいたいだけなんですよ」
セーマは例の証紙をピラピラなびかせた。
「誰がするかいそんなこと。死んでもお断りだね」
「いつまでそんなこと言ってられますかね?」
セーマは冷徹な笑みを浮かべ、ドル・ドローに命令した。
「生爪をはげ」
ドル・ドローがニヤリと笑った。
「老い先短い身じゃ、何をされようとお前ごときの言いなりになぞならんわ!」
さすが影の実力者、天晴れな心意気。
「確かにそうですね、あなたは、生爪はがされようと、火あぶりにされようと、言うこと聞かないでしょうね」
セーマはドル・ドローに、さらに命令した。
「生爪をはぐのは、この方ではない。この方のお身内の方だ」
そのセーマのセリフに、ハッとする夫人であった。
◇
「誰か探して来い」
セーマが命令を下すと、扉の外で物音がした。
「誰かいる!取り押さえろ」
セーマの号令とともにオーガ兵が扉の外に飛び出した。
そして、しばらくすると、屋敷の見回りに出していた他の兵が、そいつをひっとらえて来た。
それは、部屋に閉じこもっていたヨシュアであった。
このときのグレーブス夫人の落胆する顔は、さすがに同情を禁じえないものだった。
「ヨシュア君、君、村長の家に行ったんじゃなかったの?」
セーマはどっちかが村長宅に行っていると予想していただけに、ヨシュアの登場にはビックリした。
「君、俺をどうにかするための現場指揮とりにいったんじゃなかったの?」
「どうせ、あれだろ?俺が村長宅でエリックと酒飲んで酔っ払ったところ見計らって、ふんじばって、殺すなり、どっかに引き渡すなりするつもりだったんだろ?」
「それが、なんでここにいんのよ!」
セーマにほとんど目論見を見透かされていたことを知って、かつ孫ヨシュアの体たらくを見て、情けなくなり、ポロポロ泣き出すグレーブス夫人。
「あらら~これぞまさに鬼の目にも涙だね」
「君さ、オーガ軍追っ払うとき、いい仕事してたよね?その君がなんでこんなになっちゃうの?あれからまだ一ヶ月たってないよね?」
ヨシュアはダンマリを決め込んでいる。
「あーそうそう、アリシアの抱き心地はどうだった?」
さすがにそれには、ピクンと反応した。
「好きだったの?」
「それとも、元々大して好きというわけではなかったけど、このおばあちゃんに、俺に渡しちゃダメってけしかけられたのかな?よそ者に取られるなんて許さん!みたいな」
「村長脅して、他の大人も使って、アリシアを俺から遠ざけてたよね?」
「そこまでするほど、好きだったの?それともそれらは全部、君のおばあちゃんの差し金?それ知ってて、君、おばあちゃんに何も言わなかったの?」
「どっち?本当に好きだったの?それともそうじゃなかったの?」
セーマはヨシュアを追い詰めた。
それでも、ダンマリのヨシュア。
「だまってりゃ、ばれないなんて思うなよ。そのまま答えないなら、好きじゃなかった、に決定だからな」
一方的に話を進めるセーマ。
「違います」
ヨシュアがついに口を開いた。
「私はアリシアのことを愛しています」
ヨシュアは今更ながら言い切った。
「はい、嘘決定」
セーマはあっさり切り返す。
「嘘ではございません。私は以前から、アリシアが好きでした」
「だから、それが嘘だっての。知ってるんだよ。だってお前」
「エミリアが好きだったんだろ」
そのセリフに、もはや言い逃れできないと悟るヨシュア。
「エミリア本人から聞いてたんだよ。いままで、散々言い寄られて困ってたって。ジョルジュが好きだといっても、家柄が違うから無理、結婚できない、だから俺と付き合え~って。本気でお前のこと嫌ってたよ。それが今度は急に妹に迫りだした。村長もジュルジュも立場があるから、口出しできない。あんなのをあてがわれて妹がかわいそうだってね」
セーマはさらにたたみ掛けた。
「ジョルジュも言ってたよ。ヨシュアは女癖が悪いって。あとデリカシーがないって。エミリアにぞっこんだったときは、アリシアなんかガキ扱いして、全く興味を示さなかったって」
顔面蒼白のヨシュア。
セーマがさらに話をしようとしたら、ドル・ドローが遮ってきた。
「お頭、そろそろ時間一杯です。ご決断を」
「あーそうだった。じゃ、ヨシュアの生爪はいじゃって。おばあちゃんが見ている前で」
そういうとオーガ兵はヨシュアの身体を縛り上げ身動きできなくすると、手足のつめをペンチで引き剥がそうとした。
その恐怖に大声をあげて抗うヨシュア。
必死で手足を動かし逃れようとする。
そこを無理矢理押さえ込むオーガ兵。
「あああああーーーー!」
一際大きな叫び声があがった瞬間
「やめーい!」
グレーブス夫人の声が部屋中に響いた。
「わしの負けじゃ。ヨシュアの生爪はぐのはやめておくれ」
セーマはこのババアを屈服させた。
◇
「じゃあ、この証紙にサインを」
セーマは彼女の机にその紙を置いた。
その文面を読ませるわけにはいかないので、その部分に紙を置いた。
「どんな内容なのじゃ?」
「あなたがそれを知る必要はありません」
チッ、と口を鳴らすグレーブス夫人。
「ならば約束しろ。この証紙の内容を確認せずサインしてやる。その代わりお前たちは、今後我が領地でわし等も含めて領民とその財産に一切、手を出してはならないと」
セーマは、部屋にいる全員を振り返り、顔色を伺った。
「まあ、そのくらいが妥当な線か?それくらいなら守れるよな?」
そういうと、オーガ兵全員(ドル・ドロー含めて4名)は頷いた。
「わかりました。我々は今後あなた方に手を出さないことをお約束いたします」
それを聞いたグレーブス夫人は証紙にサインをし、それをセーマに手渡した。
「ありがとうございます。ではこれにて」
セーマたち5人は、その部屋から出て行った。
そして、セーマは部屋の扉の両脇で、部屋を警備していた2名のオーガ兵に命令した。
「この部屋にいる2人の首を即刻はねろ」
そのセリフはヨシュアとその祖母の耳に当然のごとく届いた。
「そ、そんな!約束が違うぞ!手を出さないんじゃなかったのか?」
グレーブス夫人が、セーマに食いついてきた。
「なにをいってるんですか?僕ら(俺も含めて部屋にいた5名)は手を出しませんよ」
「そ、そんなー」
部屋からは、彼らの断末魔が聞こえてきた。
◇
「さて、証紙は完成したし、俺、そろそろ行くわ」
時刻は9時半になろうとしている。
馬で行けばちょうど10時ごろに村長宅に到着しているだろう。
「お頭ひとりでいかれるんですか?あっしらもいきましょうか?」
ドル・ドローが言ってきた。
「ありがとう。でも、ここには俺ひとりで行かないといけないんだ」
セーマは丁寧に断った。
「みんなよく頑張ってくれた。この屋敷の地下には酒樽がたんまりあるぞ。それに厨房には食料が。そして外の家には、自警団の男たちが囲っている女が大勢いる。みんなお前たちの好きにしていいからな!」
そういうと、オーガ兵たちは、歓喜の声をあげた。
「では、ドル・ドロー。お前も楽しんでな」
「お頭、お気をつけて!」
セーマは、馬にまたがり、村長宅へと急いだ。
「さて、本当の勝負はこれからだ」
この切り札をどう使うかで、今後が決まる。
セーマの戦略が山場を迎えようとしていた。
登場人物紹介
スカーレット
T162 B86(Dcup) W57 H87 17歳
聖パンゲア王国第三王女。
王位継承権第三位。
現在、王位継承者争いの真っ最中。
その理由は、病弱な王太子(実の弟)を守るため。
王位継承権第二位のエリザベスとは腹違いの姉妹。
強がっていても、温室育ちのお嬢様。
セーマに一目惚れしてしまう。
スカーレット隊の隊長である。
イワン
初老の騎士。
スカーレットの幼少期からの守役。
部隊においてはスカーレットの副官であり、実質的には隊長でもある。
武功を上げなければならなくなったスカーレットのために、精鋭部隊を一から作った。
その政治力からしても、ただの無骨な武人ではないことが伺える。




