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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔軍征戦記

満月新月、勇者夜に散る。(修正ver2.00)

作者:



 新月の夜に大魔王が弱る、勇者はそういう噂を耳にした。

大魔王討伐を試みる勇者一行は、その機会を狙う。

 なお、その噂は事実である。

満月の夜に力が満ち、新月の夜に翳るのだとか。

 今宵は新月、勇者達は奇襲をかける。

魔法使いと盗賊の感知力を頼りに、誰にも見つからぬよう、大魔王城に忍び込む。

警備は手薄だった。

たまにいる見回りの不死者は、賢者の破邪呪文で消し去った。

「こっちよ!」

魔法使いの女が、勇者達に告げながら廊下を走る。

彼女が右折した道に続く勇者達。

一番強大な気配を追う、という古典的で短絡的な方法だが、魔界では有効的だ。

高位の魔族などなら気配遮断もこなすが、この魔法使いは大抵は見破る。

「しかし、あまりにも静かでは?」

「逃げたんじゃねぇの?」

賢者が訝しげに表情を曇らせたが、盗賊が明るく笑い飛ばした。

 月の無い静かな夜、勇者達は魔王城の螺旋階段を駆け昇る。

どこまで続くかわからぬ階段の上、そこからただならぬ魔力が漂ってくる。

昇れば昇るほど殺気のようなものが、空気に混じる。

暗黒の魔力、そのあまりにも邪悪な気配にまたもや賢者が眉をひそめた。

痒み、いや痛みに等しい感覚が肌を舐める。

「……たぶん、大魔王だ」

階段を昇りきった踊り場、そこの扉の前で勇者は立ち止まる。

勇者は仲間達の顔色を伺うと、小さく頷いた。

回復魔法で身体を癒し、武器を確認し、防具をつけ直したりと決戦に備える。

これが最終決戦。

人類は、いつも魔界の軍勢と戦ってきた。

終止符のない楽譜のように、果てしない戦いである。

 一段落ついた。

皆険しい表情で武器を握っている。

「――行こう!」

 勇者の高らかな宣誓と共に開かれた扉。

その向こうは、広大な屋上だった。

月は無いが、満面の星空。

悪の権化が潜む居城に相応しくないほどの美しい空。

魔界といえども空は人間界と変わらない。

故郷の空と、よく似ている。

 しかし、勇者達の視線を奪ったのは屋根の至るところにできた陥没、突き刺さった剣、轟音を響かせぶつかり合う力と技。

「な、なんだこれ……!?」

盗賊が尻餅をつく。

魔法使いと賢者は、言葉すら発せず震えている。

勇者も膝ががくがくと震えているが、聖剣を握りしめたまま、なんとか堪えた。

「二人……?」

 誰かと誰かが戦っていた。

様々な武器を操り魔法すら撃ち落とす筋骨隆々の大男と、際限なく魔法を連発し空に浮かぶ黒衣の男。

死線を乗り越えてきたはずの勇者も見たことのない、奥義の数々。

戦う男達から滲み出る魔力は邪悪で強大、勇者達でなければ間近にいるだけで息絶えるほど。

――もしかすると、城に魔物達がいなかった理由か。

ガキン、と鈍い金属音をたてて刃と刃がぶつかる。

剣が重なったまま力を抜かない、しかし大男が勇者達を眺めた。

「ん? なんだお前達。勇者か? 我輩はこやつの相手で忙しいのだが……」

「隙を見せるな。貴様の相手は我であろう?」

黒衣の男が不機嫌そうに剣を押し付けるが、大男が弾き、二人とも距離をとった。

その後も剣戟は収まらず、時には魔法が吹き荒れた。

勇者一行は、立ち尽くすばかり。

勇者は乱入も考えたが、どう攻撃をしかけてもいなされる予感がしたので、見守る。




 稽古にしては殺意に満ちた、それでいて楽しそうな男達のどちらかが大魔王であるのは間違いない。

しかし、大魔王と互角に戦う男は何者か。

新月で大魔王が弱るとしても、拮抗する者がいるとは勇者には信じられなかった。

「なぁブラドよ、一時休戦とするか!」

「笑止! 何故、有象無象の虫ごときに邪魔されねばならん?」

「我輩が大魔王だからだ! 勇者どもの相手をしてやらねばなッ!」

「……ありふれた筋書だ。我も興が冷めたゆえ好きにするが良い」

会話しながらも手は抜かず、刃を交える。

 爆発音すら飛び交う中、言葉は聞きづらかったが、確かに耳に届いた。

大男が大魔王だ。

黒衣の男は、風帝ブラドか。

有史以前より魔界を束ねてきた、古の吸血鬼。

あるいは――魔王だ。

四天王の一角ではあるものの、他の三者とは桁違いの実力者だと魔物達が語っていたが、どうやら本当のようだ。




 二人が手にした剣がいつの間にか消えており、大魔王が勇者達の方に歩いてくる。

ブラドは勇者達に、ちらり、と凍てつくような冷たい、本当に塵でも見下すような視線を一度向けただけ。

しかし、魔法使いがふらふらとブラドがいる方向に不確かな足取りで近づいていく。

「お、おい! 何やってんだ!」

盗賊が立ち上がり、魔法使いを引き戻そうとするが、またもや転んでしまった。

腰に差した短刀も、がらん、と屋上に投げ出されてしまう。

「……お前、やはり悪い男だの。また魅了の術か?」

「知らぬ。その者が勝手に惹かれたのであろう」

「その女とそこで転がっとる小僧の相手をしてやれ。お前も暴れ足りんだろ?」

「宴の邪魔をした愚者どもを踊らせるのも――魔王たる者の務めか」

大魔王に素直に従う意思は無さそうだが、黒衣を翻し、座り込む盗賊に歩み寄る。

魔王、その単語が脳裏で反復されており、呆然とブラドを見上げる盗賊。

まだ少年というべき年頃の盗賊はあどけなさの残る顔に恐怖をこびりつかせている。

先程の戦いよりも、この黒衣の男の美貌のせいで寒気すらするほど。

大魔王には鬼気迫る激情を覗かせていたが、盗賊を見下ろす美貌は無表情。

表情が消えれば、より人外らしい美しさが増す。

紅玉に似た瞳と腰まで届くような長い銀髪が闇夜でも鮮やかに煌めいている。

その宝石のような艶やかな色彩とは対照的に、整った凛々しい眉や通った鼻筋、しっかりした輪郭は男らしく精悍だ。

現実離れした美しさだ、と盗賊は目の前の男が人外だと再認識した。

魔法使いが魅了された理由がわからないでもない、盗賊が彼女の行動を眺める。

ブラドに跪いて、その脚にすがりつき頬擦りしている魔法使いの瞳は虚ろ。

 盗賊は秘かに彼女に想いを寄せていた。

特に好きだったのは意志の強そうな瞳、それが今はどこか彷徨うようにブラドを見上げているだけ。

 ぎり、と盗賊が奥歯を噛み締める。

手探りで、落とした短剣を掴み、握った。

盗賊が立ち上がる、膝がかくかくと震えているが、己の腿を突き刺し、その痛みで恐怖を拭う。

一歩踏み出すだけ、それを難しく感じのは素早さと技巧で名を馳せた盗賊には初めてだ。

脚に力を込めて踏み込む、魔法使いを避けて、短剣をブラドに振りかざす。

「――小童。懸想する女を手にかける瞬間は、如何様か?」

「な……!?」

手にした刃が“人”の肉に深く突き刺さる感覚が指から伝う。

短剣が貫いていたのは魔法使いの腕だ。

いつの間に彼女が立ち上がっていたのか、ブラドがいた位置と擦り替わっていたのかは盗賊には見当もつかなかった。

彼女の腕から剣を引き抜いて、ブラドに向ける、しかし何故か切っ先が魔法使いの腹部を狙う。

ぶず、と肉に刃がのめり込む。

何度も、何度も、手が勝手に動き、魔法使いの腹や胸を突き刺す。

魔法使いの唇から真っ赤な血が溢れても、その刃が深々と進んでいく。

自分の身体が制御できない、盗賊が自由にできるのは顔と心だけだった。

唇を噛み締め涙を流しながら、恋した相手の命を奪いにかかる。

「うぅ、あ……!? あんた、何で……?」

魔法使いが、ようやく言葉を取り戻した。

「違う、身体が勝手に……!」

「ごめん、私、もう……」

「おい、待てよ! まだ言えてないんだ、俺は……ッ!」

その告白は叶わず、盗賊が手放した短剣と共に魔法使いが屋上の床に崩れ落ちる。

盗賊もがくりと膝をついた。

そこでようやく絶望の淵に落ちた盗賊をちら、と眺めたブラド。

「人間とは、かくも脆いものだな。愛する者を殺めることに悦びを見出だせぬとは」

魔王が、ククク、と喉を鳴らすように笑う。

何の話をしているか盗賊には理解できないし、理解したくもなかった。

どうして片想いを悟られたかも、考えたくない。

ブラドから視線を逸らし、魔法使いの血で染まった己の手を見つめている。

「愛する女の最期すら我が物にせんとする欲は尽きぬ。乙女の純潔を奪わんとする劣情にも酷似した欲望だ。最初のみならず、最期を欲するのは当然であろう?」

ブラドが滑らかに語りながら、盗賊の真横を悠然と通りすぎる。

己がおらぬところで死なれることこそ苦痛だ、と忌々しげに低い声で呟いたのは、盗賊にはもう聞こえていなかった。

間近である程度だけ暗黒の魔力を解放した、ただそれだけのことが年若い盗賊を絶命させていたのだ。




 勇者は満身創痍、賢者も酷く疲労している。

勇者が持つ聖剣は刃こぼれしており、賢者の杖は先端が折れていた。

「お前達、今日の我輩にも勝てんのに何しに来た?」

新月の夜は弱るはず、しかし未だに余裕気に佇む大魔王。

そこに勇者が斬りかかるが、素手で剣を受け止め、もう一方の手で勇者を掴み、放り投げる。

だん、と背中から床に打ち付けられた勇者が、痛みに呻く。

賢者が回復魔法をかけると勇者が立ち上がる、しかし呪文を唱えている最中、瞬く間に距離を詰めてきた大魔王に殴り倒された。

殴られてなお、勇者と自分に強化魔法をかける賢者。

しかし、暗黒の霧が二人を包み、強化を打ち消した。

その間にも勇者に正拳突きを食らわせる大魔王。

勇者の鎧がめりめり、と凹んで、砕けた。

そのまま、聖剣を構える勇者の腕を、何処かから召喚した斧で撥ね飛ばす。

腕をもがれた勇者が、ぐらりと倒れこむ。

「あいつ……何で女のほうを使い物にならんようにしたのだ」

斧を賢者に向けて投げ捨てる大魔王が、ブラドが殺した二人を一瞥した。

賢者の腿に突き刺さる、斧。

肉が裂けて、骨が覗いている。

「……この外道が! 人の命を何だと思っている!?」

重傷を負った賢者がようやく激情を露にし、大魔王を睨み付けた。

戦力を分散させたのは、過ちだった。

己の不甲斐なさも、闇の長達の存在も恨めしい。

賢者は怒りを露にしていた。

「お前達が売ってきた喧嘩だろう? 命を懸けるのは当たり前ではないか」

「ふざけるな! 魔族が私達の故郷を滅ぼしたのだ、その首領を討ちにいくのは当然だ!」

「そんなもん、魔族同士や人間同士でも変わらんだろ。煩い奴だ」

そう呟くと、人よりも大きな火球を手に浮かべ、それを賢者に放った。

どれほどの魔力があっても、人間には防ぎきれないような炎で賢者を焼き尽くす。

そして、ぴくぴくと僅かに動いている勇者を踏みつけて止めをさす。

ごり、と鈍い嫌な音がした。

「つまらん相手だったわ。これなら、お前と遊んでおる方が楽しめるぐらいだ」

前髪を後ろに撫で付けるようにかきあげながら、ブラドに視線をやる。

「今宵の宴は締めるとしよう」

「我輩もリムを待たせておるのでな。お前もエレシュが待っとるだろ」

からかうように大魔王が声をかければ、ブラドは大魔王に背を向ける。

どちらも戦う意思は既になく、魔力も殺気も抑えた。

「……腹が減っただけのこと。あの阿呆を心配して帰るわけではない」

「たまにはちゃんと好きと言ってやらんと、我輩がエレシュを奪ってしまうぞ?」

「奪われるぐらいなら――」

「殺してやる、か?」

先程のやり取りは聞こえておったぞ、と大魔王が豪快に笑う。

 ブラドが振り返り、大魔王を睨み付ける、しかしすぐさま顔を背けた。

「……月夜ばかりと思うでない」

恒例の捨て台詞を残し、漆黒の魔翼を背に生やすと、ブラドは月の無い空に飛び立つ。

 それを眺めながら、大魔王はにやりとして、独り言。

「ほんとに、面白い男だのぉ」

魔法で勇者達の死体を片付けると、マントを羽織り直し、大魔王も屋上から去った。




【終】

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