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「お待たせしました。さあ、次はどうしましょうか」
シルバー社のこの企画を考えた人間は今どんな胸中だろうか?
そんなことを思いつつも今の勢いを消さないためにすかさず向きを変える。
「一応……意思確認しときましょうか。闘いますか? それとも逃げますか? 勝って当然なんて思ってた勝負でしょうが、勝負の世界に絶対はないですしね」
「誰が逃げるか! クソガキが調子にのってんじゃねぇぞ」
「同じく。井の中の蛙の鳴き声などに惑わされんさ」
力王、紫電ともに聞く耳は無し。もっともBとて期待していたわけではない。
「貴様が今まで勝てたのは相手がお前と同じ軽量級だったからだ! だから相手の攻撃を防ぐこともできたし、小手先の技で倒せた。しかし!」
力王は自分の胸をドンッと音がするくらい叩く。身長は190センチ強というところだがその体のいたるところにまるでボディービルダーの様に盛り上がるようについた筋肉は何か装甲をイメージさせる。
「格闘技とはパワー! ヘビー級のモノホンの攻撃を食らわせてやらぁ!」
企画サイドの人間も例え焦っていたとしても今の力王の一言で冷静になったかもしれないなと他人事のように思う。
確かに今までは体格的にはさほど変わらない、スピードとテクニックで勝負するタイプの人間だった。
力王は全く逆で、些細な攻撃は筋肉という装甲で受け止め、パワーある攻撃で相手を正面から打ちのめすタイプのファイター。
「では力王さん、どうぞお先に。パワーを見せて下さい。まあ当たらなければどんな攻撃も空砲に終わりますよ」
「フン、言ってろ! 吠え面を拝んでやる」
言うが早いか舞台が三度変わる。畳からマットにサッと変わり、四隅に鉄柱がはえてきロープが張りめぐらされる。
最初のボクシングのリングと同じかと思えばロープの本数が一本少ないことに気づく。ボクシングは四本、プロレスは三本のロープで行うことを今更ながら初めて知る。どちらの試合もテレビでは見たことがあったがロープまで気にとめてなかった。
それでもさほど勝負に関係ないと判断した。とりあえずリング中央に進む。
「ヤツはお前を一撃で倒す気だぞ、そんな事にはならんと思うが一応気をつけろ」
紫電がリングに入ろうとする力王に声をかける。
「ハッ、冗談にしても笑えねーな」
完全に小バカにしたようにした顔で紫電を見る。
「激励ならもっと気のきいたことを……」
「お前たちが最初に言ってたろう、大橋は一度も攻撃を食らわずに、中村は一分以内にお前は一撃でヤツを倒すと。大橋は攻撃を当てることは無かった。中村は計ってはないが一分以内だろう。
……ヤツは自分に言ったことはその身で受けてもらうと言った。実際二人は自分が言った言葉を実践された。……狙ってる可能性はあるということだ」
力王の言葉を遮り、紫電は真剣な顔で忠告する。
「ッヘ、くだらねぇ、俺を倒すことでさえ不可能だってのに一撃で倒すだと。くだらねぇ、くだらねぇ」
そこまで吐き捨てるように言い、すでにリング中央で待っているBを睨みつける。
「この体格差、筋肉の量はパワーの源でもあり、鎧だ! 貴様の貧弱な筋肉じゃあ俺にダメージを与えることさえ不可能だ! このはち切れんばかりの筋肉は相撲、プロレスと渡り歩き手に入れた力だ! パワーさえあれば全てを打ち砕ける。どんな格闘技だって目じゃねぇ! つまり俺こその男だ!」
「最強……ねぇ」
Bはつまらなそうにいう。
「どの格闘技を経験したからって、どんなに力をつけたからって自分のことを『最強』その一言だけで表現するのは止めたほうがいいですよ。僕だって仮想現実空間という限定した空間でのみ最強としてるんです。あなたもせいぜいプロレスのルール内では最強にしておいた方がいいと思いますよ。そうすれば何でもありの異種格闘技戦で、しかも舞台はこのヴァーチャル・フィールド。負けたところで言い訳がたつでしょう?」
「――! なんだとぉ!!」
「それに僕は筋肉の鎧ではなく本物の鎧を纏った敵を相手にした数のほうが多いんですよ。一撃で倒せと言われればかなり難しいですけど、素手でも倒す方法は幾らでも有りますよ。ヒットアンドアウェーを繰り返しダメージを蓄積させる。何度も同じところを集中攻撃する。急所狙いにカウンター……まあ何とかなるもんですよ」
「ほほぅ、言うじゃねーか。……なら見せてみな」
こめかみのほうで血管がピクピクと動いているのが見えた。そのまま力んで大振りになってくれたほうがありがたいなと思いつつ、紫電の一言が頭をかすめる。大橋はともかく中村は偶然に彼の宣言どおり一分以内に倒してしまったが狙った訳ではない。
しかしそういわれると一撃で倒したくなってしまうのが心情。それを身越して焦らせようとまで考えているのであれば嫌な相手だなと思う。
――カーーーン!!
そんな考え事の最中ゴングがなる。
『力王、ゴングとともにウェスタンラリアート! しかしB、紙一重でしゃがんでかわす』
豪腕から繰り出された攻撃を完全に見切って避けたのだが、自分で言うだけのことはありパワーはある。風圧で髪がなびく。
しかしそんな事に構わず、前に跳ぶ。直後力王は身体を反転させ左足のローキックが今までいた位置を空振る。
一瞬、右足を軸足にすべく踏ん張る筋肉の動きが目に入ったのだ。
『力王選手は身体のわりにスピードが有りますからね。相撲出身ということで一瞬の突進はかなり驚異ですよ。100キロ以上の体重の持ち主には思えません』
確かに最初のラリアートは突進に加えて腕の振り、体格から見かけによらないほど速かった。しかしそれはあくまで見かけによらずだ。パワーでは上だろうがスピードでは断然大橋のほうが速い。確かに筋肉はパワーを生む。しかしそれに比例して重量がつきスピードが落ちることもまた事実である。
筋肉を使いスピードを生み出すことで見かけによらずのスピードを産み出せるが、少し距離をとれれば十分反応できる。さっきのローキックも中村の方が数段速い。軽量級と重量級の違いはそこだろう
『力王、ショルダータックル! Bこれは大きく横に跳ぶ』
だからといって舐めてかかるわけには行かない。
「ッチィ、チョコマカしやがって」
「だから言ったでしょ、あたらなければ意味がないって」
一発のダメージが大きいからこそ油断はできない。一発まともにくらい体勢を立て直すまもなく攻撃を続ける。自分の得意技だが相手もする可能性は否定できない。
(しかし……)
自分より頭一つ大きい身長、自分より二回り以上大きな体格差。ガードしたところで吹き飛ばされるのは当たり前、身体も痛めつけられることだろう。
(なら)
やはり一撃で倒すのが一番効率がいいと思われた。何度も攻撃を当てて、相手にコツコツとダメージを与え、自分は相手の攻撃を受けないということは広い空間ならともかく、慣れない狭いリングの上ではいつコーナーポストという逃げ場の無いところに追い込まれるか分かったものではない。力王とコーナーポストに挟まれる、それは想像したくない。やはり一発必中、一撃必殺となると
(ンッ? ――リング)
自分の目まぐるしく回転している思考から一つの単語が引っ掛かる。
それはなんなのか知っている。経験から来る勝利へのキーワードだ。Bは戦闘中の集中力が極限に達した状態時、何らかの思考から今必要なキーワードをピックアップする。ただ余りにも断片的すぎて、それが何にどうつながるかまではすぐには分からない。
『力王ジリジリと間合いを詰める。一体どうする気だ。右手を大きく振り上げたぁ!』
一歩踏み込んだとしてもあたることはない、空振ったところでバックをとろうと考えた瞬間、目が一瞬見えなくなる。
『これは上手い。猫だましです』
パーンと目の前で音がした。右手と合わしてが小さくだが左手も動かしていたのは感じていたが、それを自分の目の前で強く手を合わしたのだ。小兵の相撲取りが奇襲でする技という知識があったが力王がするとは思わなかったし、実際どうなるか知らなかった。一言で言うなら目くらまし。反射的に目を瞑ってしまった。
「どりゃあぁぁぁぁ!」
数瞬後、目が開けれた瞬間、力王はBの両肩を持ってロープへと放り投げる。掴まれたところが多少痛んだがそれ自体に攻撃性はない。ただの準備動作だ。
『力王、Bをロープに投げる。ロープが大きく伸びる! 力王、相撲の立ちあいの体勢をとる』
『でますよ、ロープの反動で返ってきた所を狙い済ましたパワーのある張手が』
(ロープ)
意外に伸びるロープに身を任せながらその単語が引っ掛かった。リングには言うまでもなくロープがついている。特にプロレスのは今まさに自分がされようとするような攻撃に使われることは常套手段だ。標的が勢いよく向かってきてくれれば攻撃の威力も増す。
(――そうか!)
何となくカウンターで急所を狙うしかないと思っていたが、上手くいくかどうかは微妙だと今まで闘ってきた経験上分かっていた。
ロープに振られて反動で戻る際、地に足がついた瞬間自らも跳びだす。相手の動きの少したりとも見逃すまいと注意を払う。
Bの足が地についた瞬間、前に出つつ顔面目掛けて右の張手。
『これは決まったぁぁ!』
――かのように見えた。大きな手がBの顔を吹き飛ばしたかのように見えた。
――ドカッ!
『な、なんと! 両者ダウン!!』
力王は頭を弾かれるようにそのまま後ろに倒れ、Bはそのままの体勢でマットに落ちる。
『相打ち……でしょうか。張手と同時に蹴りが入ったかのようにみえましたが』
Bは受け身を取りつつ、実況も解説者も分かってないことに笑いたくなった。
彼には十分にそれだけの余裕があった。
あの瞬間、顔面に当たるか否やという瞬間、Bは海老反りになった。そして顔の前を通りすぎていく太い腕を両手で抱えるように持つ。
それとは逆にロープの反動で進んでく下半身の勢いを殺さないように進めた。
上半身はナマケモノのように力王の腕に掴まったまり、そこを支えに腹筋をフルに使い、右足を勢いよく伸ばし、力王の顎の先を右のつま先がヒットした。
顎の先というのは急所である。顎先を強打し左右に脳を揺さぶることができれば、人は簡単に脳震盪を起こす。それはどんなに筋肉の鎧を纏っていようとも避けることができない人間という生物の構造である。
ただ問題だったのは相手も知っているということ、故に簡単には攻撃をヒットさせることは困難だということ。
だからこそロープに飛ばされた時はチャンスだと本能で知った。ロープに振るということ、相手は完全に返ってきたところを攻撃することは分かりきっている。つまり攻撃一点に集中している以上カウンターにはもってこいだった。
かといって自分も失策していたことも反省する。カウンターのみ集中しすぎたこと。自分が普段闘っている空間は若干重力が軽いのであれだけの勢いで蹴り上げると若干着地に余裕ができるほど宙に浮くことができ十分に着地が、場合によってはバク宙でもしていたところだろう。
Bはすぐさま立ち上がる。完全に決まったとは思うがもしものことがある。まだ倒れている力王に注意を払う。
ピクッと指先が動いた気がした。
「がぁぁぁぁぁぁぁああ!」
絶叫、そう呼ぶに相応しい声に驚く。その音量ではなくまだ声が出せることに。
ガサッ! 音をたて一気に起き上がる。Bは一瞬身構えようとするが――止める。
『両者、立ち上がった! 再び睨みあう……エエッ!』
もう力王の目は焦点が定まってなかった。実況の途中で再び音をたてて後ろに倒れる。
紙一重ではあったものの快心の勝利。その思いから自然とガッツポーズをしたくなったが努めて冷静にそれがさも当然のように振る舞う。
『力王、まさかの……敗退』
『……相打ちに見えましたが、……顎を狙われた分、力王選手の方がダメージが大きかったのでしょうか』




