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 不遜――言葉こそバカ丁寧だがその一言で表される態度をみせられ引くことが出きる格闘家は臆病者だろう。


「……君の言うこのゲームの素晴らしさを君自身に体験してもらう。そして試させてもらおう、本当に覚悟があるのかどうか」

「決定ですね、ではどうぞこちらへ。力王さんと紫電さんはもう少し待ってください」


 ロープから少し離れ、執事が人を進むのを促すかのような身振りをし、力王、紫電に一礼する。三人は何も言わず、二人は同じ位置でとどまり、中村はリングに歩み寄ろうとする。その時、


「おやおや」


 Bは慌てずに呟く、が三人は若干驚いたようだ。

 舞台が瞬時にして変わる。鉄柱とロープが無くなり、台座の高さは同じだが舞台は広くなる。今までマットだった床は畳へと変わる。その舞台の端から二枚目の畳が朱色に染められており、それが一回り小さな四角を描いている。真ん中には白い線が二本描かれており、そこが開始位置だということはいわれなくとも分かる。つまりボクシング用のマットから競技用柔道の正式に決められている舞台に変わったのだ。


(でも……)


 右手を握る。他の箇所は通常の自然治癒で痛みはないが、まともに攻撃を受けたとめた右手の平は少々痛む。

 負けたならば、また辛勝だったというならともかく勝ち方が相手側の上層部のお気に召さなかったのだろう。回復は無しというハンディもついた。


『では第二戦目は中村選手ということで舞台も柔道用に早変わりしたようです。一戦目は予想もしない展開になったわけですが、一体この試合はどうなるのでしょうか』

『組んですかさず崩しそこからの投げ、もしくは倒しての寝技。確かにいい一本背負いでしたが、本職の柔道家には通用しないでしょう』


「ついでに実況もこちらには聞こえないようにしてくれればありがたいがな」


 中村は真っ直ぐ開始線に歩み寄りながらぽつりと言う。


『集中できませんか? 大丈夫です。音声は消すことは可能です……』


「いい身分ですねぇ」


 古田の言葉が終わらないうちに中村の後に数歩遅れついていっていたBが大仰に囁く。


「舞台は自分がいつも試合で慣れてる畳に変わった上に、集中出来ないから実況を無しにしてくれですか。僕なんかは的外れの解説聞きながらのほうが楽しくプレイできるんですけどね、……まあ後で、外から聞こえる音がうるさいから集中できずに負けたなんて言い訳されても困りますからそちらさんの自由にしてください。どうせ僕はアウェーで闘ってるんですから」


 足を止め振り向き、キッと睨みつける中村に大きく両手挙げて、


「でもどうするんです? もしもオリンピックに行った時、メダル確実と言われるあなたが負けた時の言い訳が、自分を応援してくれる声援がうるさくて集中できなかったとでも言う気ですか? それはちょっと、……カッコ悪いですね」

「――! 音声は消さんでいい! さっきと同じで構わん!」


 顔を真っ赤にし、自分でもそれを感じたのかさっと向きを変え、肩で息をしながら開始線に進む。

 本当に構わないのですか? と古田は訊ねようかとしたが温厚と言われる中村をこれ以上刺激するのはよくないと判断し、止める。

 中村は開始線に立つと気合を入れんがために両頬をバチンと叩く。怒らせることに成功したのか、本気にさせたのかは判断しづらかったがとりあえずヨシとした。Bは軽やかに跳ねるようにもう一本の開始線に立つ。


『で、では、準備はよろしいですか…………では始めてください』


 古田の言葉に両者が頷くと開始の号令のブザーが鳴る。


『B選手の服装では袖がないので中村選手はやりづらいでしょうか?』

『どうでしょうか。しかし裸というわけではないので手段は有るはずです、ほらいい形ですよ』


 先手必勝といわんがばかりに中村は号令とともに飛び出し、Bの胸ぐらを両手で掴む。大分肌と密着した生地の厚いタイプの服ではあるが少しのゆとりはある。掴むと同時に相手の身体を突くような感じで押し、体勢を立て直そうとする反動を感じると思い切り引き体勢を崩す。その時違和感があった。


 ――何も感じなかったのだ。


 体重も感じるし、息づかいも汗の匂いまで分かる。

 しかし分からない。眼前の少年の強さが。一流の柔道家は相手の胴着を持った瞬間にある程度強さが分かるという。中村も多少なら相手のレベルが分かる。楽勝か辛勝か、最後まで気を抜けない相手かなど。

 しかし今日は何も感じなかった。

 それは中村が悪いのではなくシルバー社の技術では再現できない領域のものであった。姿形、体重、汗、息づかい、痛みなどは再現できても不可視の領域、〔気〕と呼ばれるものは再現不能だった。殺気、怒気そして闘気などといったものは感じ取ることができない。

 恐怖、焦りなどは表情からでも読み取れるが肌で感じるモノまでは再現できない。――それ故の違和感。

 しかし好機に変わりはなかった。考えるよりも先に身体が反応する。Bの足の内側を自分の足ではね上げながら投げる、得意の内股の体勢に入る。


『これは内股、しかしBこらえた。あっとそのままバックドロップ、いやこの場合は裏投げかぁ!』


 Bは膝を閉め足の蹴り上げを阻止、反転した相手の腰を両手で抱え、全体重を勢いよく後ろに預けるように持ち上げ後方に落とす。


 ドォン! 

 

――Bは音を聞くと否や手を離し、すかさず距離をとるべく移動し中村より早く立ち上がり見下ろす。

 中村も一瞬遅れて反応しBを探すのではなく左右をキョロキョロと見る。それが審判のコールを聞くためだと気づいたBは


「審判はいませんよ。あなたが気を失うかギブアップしないと終わりませんよ」


『中村、ルールに救われましたが、本来の試合ならあれはどうなのでしょうか?』

『……柔道の採点には詳しくは無いのですが一本はいってないと思われます。すこし変則気味の裏投げでしたから』


 解説の言葉に中村は唇を噛む。

 一本、審判がいたらおそらくそう言うだろうと中村は瞬時に判断した。柔道のルールなら確実に負けだったと。


「クソッ!」


 悪態をつく、相手にではなく自分に。不用意に攻撃を仕掛けたつもりはなかったが、どこか侮っていた自分に。

 中村は素早く立ち上がり今度はジリジリと間合いを詰める。


(大橋のスピードさえかわしたんだ。さっきは簡単に掴めたが単に避ける気が無く、裏投げをハナから狙ってたのかもしれない。……でも寝技には来なかった。自信がないのか?)


 ならどうにか転ばして寝技勝負でもいい。

 ――さっきのは一本だ、見るものが見ればそう判定する。素人相手にこれ以上無様な姿をさらすわけにはいかない。


『中村、Bの胸を掴もうと腕を伸ばす、今度はそれを嫌い腕をはじく』


 その時、力を少し込めるため右足を前に出し体重をかける。中村は腕こそ弾かれたものの上半身の動きから右足が前に出たことを察し、鋭く左足で右足を払う。袖も襟も持っていないが紛れもない出足払いだ。柔道では基本中の基本の技であるが横になぎ払う鋭ささえあれば牽制どころか十分な武器となる。

 特にこういう異種格闘技の場合は尚更だ。


(刈った)


 中村は瞬間そう判断する。柔道の場合足技、特にこういう技は相手の足を見てから掛けたら間に合わないと言われている。実践でタイミングを身体で覚えなければならない。


 ――バン!


 中村はいつもの習性で受け身を取る。倒れたのは自分のほうだった。


「危ない、危ない、掴んでなくとも足技くらいできるもんなんですね、柔道も」


 Bは言葉とは裏腹に危なげなさそうに振る舞う。

 右足に感じたのはBの足を刈った感覚ではなく、空を斬る感覚。

 Bはあの時、反射的に右足を引き中村の足が通り過ぎた瞬間、再び右足を前にだし中村の左足を刈るように蹴る。俗に言う燕返しであった。もっとも全てを理解していた訳でない。


 一本――これもそう宣言されても文句はいえないだろう。



 Bはいつもの、戦闘中の感覚に完全に入っていた。

 自分の目で相手全体を見ているというのに一歩下がった位置の上空から相手を見下ろすような感覚。

 もちろん実際の視覚ではない。強いて言うならば自分の目線でのゲームをしている画面に小窓で全体マップを表示しているそんな感覚だ。

 彼がVRMMOというゲームシステムをプレイする際まず最初に練習させられたことである

 人は通常五感から情報を得る。ブレインフィールドではそれを擬似的に脳波に送って再現している。

 ――そう疑似なのだ。

 つまり別の方法の情報を得ることも可能なのだ。

 得る情報を人間の五感以上のモノを、戦闘に適した情報を効果的に得ることも可能なのだ。

 もちろん誰にでもできるというわけではない。

 そういうことができると知り、それへのアクセス方法を知り、なおかつ莫大な情報の中から自分に必要な情報を選択し、常に頭の片隅でそれを処理し無ければならない。

「チート」――そう呼ばれる能力だろう。だがそれが使えるからと言って誰でも強くなるといった性質のモノではない。

 バーチャル空間という作られた空間の特性上、実際の空間より情報量は少ないものの、それでも膨大な情報を無理やり詰め込み処理するという作業。

 その中から特に必要な情報を、身に迫る危機を察知することは困難を極めた。極限まで集中しある種、第六感ともいえる能力が必要だった。

 練習したからといって簡単に誰にでもできるものではないが、彼にはできた。だから今まで最強を誇ってこれた。

 もっとも本人にもその瞬間には何が起きたか分かっていない。

 その瞬間、幾千幾万の戦闘の結果、身体が勝手に反応するようになった。実際何をされ、何をしたかは後から実感するくらいである。


「合わせて一本くらいにしときますか? それとも技あり一つ、有効一つですかね」


 余裕を持って言葉を紡ぐ。別に柔道家に柔道で挑む気はサラサラなかったが結果的にそうなってしまったようだ。その事は彼のプライドを傷つけるだろうが仕方あるまい。勝負とはそういうものだ。



『……堂本さん』

『…………』


 古田も堂本も言葉をなくす。オリンピックでも金メダル確実と言われていた人間が少年相手に二度も受け身を取るなど誰が予想しただろうか。


『……怪我によるブランクも……彼には有りますので』


 フォローすら力ない。中村は信じられないといった面持ちでへたり込む。彼のなかでは文句無しに一本負けを二度立て続けに食らった。こんな事は高校一年生のとき強豪の大学に出稽古に行った時、そこで一軍の選手に乱取りした時以来経験はない。

 その過去の事実が彼から冷静さを失わせた。


「だぁぁぁぁぁー!!」


 低い体勢からダッシュをかけどうにか足をとって寝技に持ち込もうとするのか、朽木倒しの要領で右手で身体を押すように崩し、左手で足を持ち上げようとする。

 彼の失策だった。冷静さを失ったとはいえ一直線に右手を伸ばしたことは。


ドコッ! 


――Bは左手で中村の右手を握り、彼自身の直進の加速を加えるように引っ張る。自らは身体を半身にし、中村にまるで放たれた矢のように右肘を鳩尾に入れる。


ゴツ! 


――鳩尾を強打された衝撃で肺の空気を一気に吐き出しながら頭を下げる中村の顎を目掛けて、右肘を支点にしたまま器用に弧を描くような裏拳。


ゴキッ! 


――その体勢から身体を勢いよく前に、一本背負いを繰り出す。その際右腕を中村の右肘に持っていき、それを支点にテコの原理で肘を砕く。


ダン! 


――そのまま叩きつける。柔道家の日々の練習で身につけた性だろう、ちゃんと受け身を取ったせいか、はたまた床がいつもと違い畳のせいか音が響く。


ボキッ! 


――戦意が有るかどうか、それよりも意識があるのかさえ確認せず、あばらをめがけて踏みつける。肋骨を折るのはたやすい上にダメージとしても効果的だ。



 それはさながら風の神が振るう戒めの扇。



「風神」――Bと呼ばれる少年がブレイン・フィールドと呼ばれるゲーム内で武器を持った相手に素手で立ち向かう際によく使う技。

 攻撃を避ける際の一動作に、カウンターを加えた彼オリジナルの技。常に防具を付けた相手と戦っているのだから威力重視の攻撃である。

 防具を付けていない大橋や中村には最初のカウンターの一撃、もしくは次撃まで十分で、一本背負いさえ必要では無かったかもしれない。しかし最後踏みつけるまでの一連の動作は練習の成果というより癖に近い。

 ここまでの攻撃に耐えた人間には更なる追い打ちの方法もあるのだが必要は無かった。胸の上に置いた足の踏み場がなくなる感覚がした。見なくても分かった。中村が気絶したのだろう。電子となって消滅する姿を感じつつも向きを変え、残り二人のほうに歩み寄る。


『な、なんと……中村選手までもなす術なく……敗北』

『出会い頭を二度も続けられて……焦りも合ったのでしょう、大橋選手を倒した技の警戒を完全に忘れていましたね』


 出会い頭、まだ解説者のなかではマグレ勝ちが続いただけなのだろうか。少し不満だが結果論的な解説しかできない人間の評価など興味はない。

 それより既に負けた人間は自分のことをどう思っているのだろうか? マグレだと、油断だと言うのだろうか?

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