4
(……忘れられたかと思ったよ)
Bは肩をすくめ、ため息をつきたい気分になったが、腕組みをとき、呆れ顔にならないように注意しつつ視線を受け流す。
「ってことだ小僧。さっさと終わらせるぜ。なんせ後がつかえてるんだ、手加減無しだが……まあ許せや。俺の拳、受けれただけでも光栄に思ってくれ」
――フウーー
大橋の一言を受け、大きなため息を大きく肩を揺らしながらつく。
その様子に何事かと、もしかしたら4人は恐怖や緊張がピークに達し、落ちつくためにしたのではと思っているかもしれない。がBはそんな周りの視線を気にすることなく、いやむしろその視線を一身に集めるためにユックリと大きな動作で四人を、右手の親指と人指し指をピンと伸ばし残りの指をキッチリと曲げた状態――つまり指でピストルを模した形をつくり――立ち並ぶ格闘家を順番に指す。
「格闘家とは闘うべき時までに万全な状態を作れる人間の事です」
一体何をいいだすのか?
そんな表情をしつつも黙って次の言葉を待っている。
「それは身体の状態はいうまでもなく、それと同時にコンセントレーション、テンションも高め、その時に100%以上の力を出し切れる人間、それが一流の格闘家です」
「ほう、どうしてなかなか。ただのゲームオタクかと思えば少しはモノを知ってるじゃねーか」
大橋は代表して笑う。さも自分が褒められたかのように、満足げに。Bはその姿を一瞥するが気にせず続ける。
「だというのに、万全の肉体いや最盛期の肉体を用意してくれることに甘え、コンセントレーション、テンションを高めることなくこの場に来てしまった。せっかくこの僕と闘えるチャンスを得たと言うのにもかかわらず、……結局それが全てです」
「……ハァ? オイ、一体何言ってやがる」
一同、意味が分からず困惑している。そんな状態でも自分を注目していることを目で確認し、なるべく全員にハッキリと分かるように微笑む、にこやかにに。
「わかりませんか? 敗因の説明ですよ、あなた方の」
一瞬の沈黙、後に全員が示し合わせたかのように一斉に吹き出す。
「フッハハハ……なかなか笑わせてくれるな、ハハハ」
中でも一番受けているのが力王。腹を抱えんばかりに笑いだす。Bはそんな様子に気分を害することなく続ける、淡々と。
「まあ、本来トドメを刺す一歩手前で今後の参考にと教えてるのですが。……僕も今日はさすがに余裕がなさそうでので最初に言わせてもらいますよ。何せこれだけのハンディ背負ってなお手加減するなんて大言壮語するほど……自信家ではないので」
「ハンディだぁ! お前一体……」
「まあ待てよ」
Bの言葉にカチンときたのか大橋の眼光が鋭くなる。それをまだ冷静な中村が制す。
「えっと、何だったかな、サン、何とか」
「サン・オブ・バトルマスターですよ」
「そうそれだ、称号だか何だか知らないけど長すぎて舌噛みそうだ。もっと言いやすい名前はないのか? えっと本名じゃなくてゲームだけでの名前ってヤツ」
「好きに呼んでくださって結構です。アッチではイロイロと呼ばれていますから。バトルマスターが一般的というか一番多いですかね。他には大将だの旦那、マスター、……かわいいところでサンちゃんってのもありますよ。まあ最強って呼ばれるのが一番気分がいいですね。
今日初めてBって呼ばれましたけどそれもいいですね。何か新鮮な感じがして」
ニコヤカに目を細める。本心からなのか挑発なのか一見してわからないように。
「……名前を名乗らないのは怖いからか」
はぐらかされた事を悟り、もう一度今度は挑発を込めて言う。
「怖い……? 妙な事を言いますね。そんな事はありませんよ。ただあなた方にはまことに残念ながら資格が無いのです」
信二はBでいるときは口調をバカが付くほど丁寧にする事を意識している。理由は二つある。
一つは挑発、相手を怒らせ冷静さを少しでも失わせるため。
丁寧にワザと相手の癇にさわるように話すと人は普通に挑発するよりのってきやすい。
――脳波同調システムは雑念が多ければ多いほど動きが鈍くなる。それは自分の優位となる。
「資格……だと」
「ええ、僕が登録名を隠しているのには訳があります。最強という高みにはそう簡単にたどりつくことができないのだと思わせるため。またある程度謎があった方が神秘的な存在に思わせるため、といった理由からです」
またあえていつもと違う口調で話すことは最強のキャラクターになっていることを自分に強く意識させるため。
誰かを、何かを演じるということは自分でありながら自分でないということ。
なりきるというのも一つの手段だが、信二は頭の片隅にもう一人冷静な自分がいるイメージを保つ。そうするとどんな場面でも冷静に判断、対処できる。
――脳波同調システムは自分が冷静であればあるほどシャープな動きが可能になる。
「……フン、くだらん」
「ああ、ガキの理屈にも劣らぁな」
「ハハハッ、そうですか」
力王、大橋の侮蔑も全く気に止めない。なぜなら今の自分は誰よりも強く、相手の強さがまるで分かっていない格下の戯言にいちいち腹を立てることはない。
「それはあなた方の頭が固いからではないですか? 結構この考えは支持されています。唯一僕の登録名を知っている人も僕の考えを尊重して黙ってくれていますし。
……ああそうでした。資格の話でしたね、少し難しいですよ。僕に勝てれば教えてさしあげます」
「――――!」
さすがにというかようやくというか、誰しもの表情が変わる。自分たちは眼前の少年に胸を貸してやるつもりだったのに、どうも相手もそのつもりでいることに気がついたのだ。
「……じゃあ、自信過剰のガキに聞くがハンディとは何のことだ?」
今まで気にも止めていなかった対戦相手を今度は値踏みするために睨みつける紫電。
「えっ? 聞いてないのですか?」
人をくった笑みを崩さずに、逆に聞き返す。
「井の中の蛙を軽く揉んでやってくれとだけしかな」
肩を軽くすくめ、余裕しゃくしゃくといった感じで応える。
「井の中の蛙ですか……、ある意味そうですね。何せ大人の世界の汚さを計算に入れずこの話が純粋に面白そうだと思ったから受けたのですから」
「――――?」
紫電だけでなく全員黙って次の言葉を待つ。
「まあ、確かに基本設定が違うので調整しなくてはならないことはわかってました。僕が所属する『ブレイン・フィールド』では肉体のポテンショナルだけで人を越えた能力でプレイしてますので。その肉体に慣れた僕に高校生並の身体能力しか与えてくれない、これをハンディというのはおかしいですかね」
Bだけでなく、ブレイン・フィールドでプレイしているキャラクターの身体能力は高くなっている。ゲーム上の演出のうえでも派手なほうが見た目も、プレイしている人間にも盛り上がるからだ。
しかしそれでは格闘家たちが不利になる。故にバランスをとるという名目で身体能力のパラメーターを下げられた。これは久遠とシルバーとの間で最も折り合いが付かないことだった。「この能力では高すぎる」逆に「低すぎる」と互いに有利になるように調整は難航した。決戦前日になっても揉めに揉め、当日になってようやくシルバーが譲歩した。
といっても「見た目が高校生だから一般高校生の体力の平均値」という言い分だったのだが、いくらなんでもそれでは名だたる格闘家とは闘えないと榊原は必死のに抵抗した結果、「運動部に所蔵している高校生の平均値」になった。それでもシルバー側としてはまだかなり有利だと確信している上、ギリギリまで交渉を延ばし、Bにその肉体に慣れる為の練習の時間を与えないという当初の目的は達成された。
もっとも久遠の方でも相手の思惑は分かっていたのだが、ブレインの試算上例えぶっつけ本番でも信二の格闘センスとバーチャルバトルフィールドでの経験で互角になる以上に闘える数値は確保できた。
それでも「信二君、本当にスマない」と榊原は申し訳なさそうだったが。
「まあ逆に皆さんにブレインの設定ですと僕はおろか僕とパーティーを組んでる『四天王』と呼ばれる仲間にさえ、それこそ一発もかすることなく、一撃で一分以内に倒されますからね。仕方ないといえば仕方ないですけどね」
「ッケ、何言ってやがる」
力王が面白くなさそうに発するが、反対に紫電はおかしそうに続ける。
「せいぜい言わせてやればいい。今から負けた時の言い訳をしているんだ」
「……ん、ああ、ナルホド。弱い犬ほどってヤツか」
「アレッ、そういう風に聞こえましたか? おかしいですねぇ」
再度自分を格下相手のように見る眼差しに変わったことを敏感に察し、余裕の表情を崩さずそれを制そうとする。
「他にどう聞こえるっていうんだ」
「ウーンと、婉曲な言い方ではあなた方には難しいのでしょうか? 年上ということでこれくらいの皮肉を込めれば伝わると思ったのですが……、脳筋ってヤツですかね? ……仕方ありませんね。ハッキリ言いましょうか。
自分が余りにも不利な条件で有るにも関わらず、また1対4であるにも関わらず勝つことで僕が最強であることをアピールしようと考えています」
にこやかに言ったのはここまで。不意に目が真剣になる。
「ヴァーチャル・リアル・バトルフィールドにおける最強の称号、それだけは譲れません」
「――何だと! 言わせてやりゃぁ、いい気になりやがっ!!」
普通の人なら身を震えあげかねないほどの音量の怒号を力王。
「ああ、そうそう」
しかしBは無視する。聞こえなかったはずはない。再び笑顔に戻る。
「楽に最盛期の、その上使い減りしない肉体を手に入れたことに喜び、不遜にも僕を倒した後、4人で最強決定戦しようとしたのですから、負けてもゲームだから実力とは無関係なんて言わないでくださいね。肉体の条件はあなた達の方が断然いいんですから。それと何だかんだいって本気で闘わなかったていうのもダメですよ。そんな事言ったらこれだけガキに小バカにされて、相手を殺す心配もないのに黙って負けてやれる格闘家は寛大とは思ってもらえませんよ、タダの腰抜けと呼ばれます。
あとは……、そうそう格闘家は実際に闘える身体を作ってナンボと言われるのでしたら、僕もその意見には賛成しますよ。僕はその土俵に上がるコトに興味すらないですから。
でも……格闘センスってヤツですか、対等な条件ならばあなたがたを圧倒する人間が世の中にはいると言うことの証明もついでにしときます」
「いい加減にしろ! 俺はテメェみたいな口ばっか達者に粋がってるガキが一番嫌いなんだよ!」
力王に続き今度は大橋が大声をあげスタスタとBに歩み寄るが、今度は誰も止めない。
「ボクシングでもよくいらぁ! ちょっとばかり喧嘩が強いからって勘違いしてるヤツが先輩やコーチの言うことも聞かないっていうバカがな。でも大抵スパーでアッサリと無様な姿さらすんだ。素人相手にお山の大将気取ってようと本職にはかなわないんだよぉ!!」
その怒りを宿した鋭い眼光を向ける。気の弱い人なら迷わず目をそらすだろう、それが生存本能といわんがばかりに。逆に場馴れしている人ならムキになって睨み返すだろう、それが闘争本能といわんがばかりに。しかし、
「そうですか……でもそれって、体験談ですか?」
「――なっ!!」
目を細め、人をくった感のある微笑みを全く崩すことはない。
「昔の粋がって、口ばっか達者な自分を思い出すんですか? お山の大将気取ってコーチにくってかかり、無様にマットを舐めた恥ずかしいあの時の姿を?」
「――!!」
図星。誰もがそれを確信したことだろう。でなければ二度も世界を制した男が利き腕ではないにしろ寸止めすることなく顔面めがけてパンチを繰り出すことはないだろう。ゴングがどころかリングにも上がってないというのに。
『おっっと、大橋、ゴングの前に仕掛けたぁぁぁ……エッ?』
――タン
「ウーン、もう少し高く鋭く跳んだつもりだったんですが」
本気で殴りにいき空振りした腕を戻す反動は素振りよりも強い。がそんな反動よりも、またそこまで再現することができるゲームの存在よりも、あたらなかったことに強い衝撃を感じる。
おそらく大橋の目にはその腹立たしい笑顔と拳との距離が縮まらなかったかのように感じたであろう。
『……一体何が起こったと言うのでしょうか』
『避けた……ですと。信じられません』
堂本はともかく古田にはある程度予備知識は与えられていた。Bと呼ばれる人間がブレインという仮想現実空間において最強だという事を。
しかし彼とて心の片隅には所詮ゲームという考えがあったのだろう。
プロボクサーの――本気で仕掛けたかどうかは彼の目から見て判断しかねたが――不意打ちを避けるなどできるはずがないと。
「……て、テメェ、一体何を?」
「えっ、大したことはしてませんよ、ただ後ろに跳んだだけですよ。曲げてた足を伸ばす勢いを使って」
「曲げてた……だと」
そうとは思えなかった。突っ立っているようにしか見えなかった。
だからこそ自分のパンチスピードなら確実にあたると思い、多少大振りだが威力のあるストレートを放ったのだから。
もっともあてて倒してしまってからのことは考えていなかったのだが。
「わかりませんでしたか? ならそれが僕とあなたとの差ってヤツですね……絶望的な、ね」
含みを持った笑みを浮かべた表情で軽く肩をすくめる。
「ズボンのゆとりで隠れるというか目立たない程度に曲げてたんですよ、今までずっとね。でっ、体重を後ろのかけつつその足を力いっぱい伸ばした、それだけです。ブレインなら重力が軽いので楽なんですけどね」
『何と! 一体そんな事が可能なんですか、堂本さん!』
さも簡単そうにいうのでそれがどの程度のものか古田には理解できなかった。
『……確かにピッチリとしたズボンではないので膝を軽く曲げていても気づかないでしょう、まあ事実そうでした。そして……』
「それがどうした! そんな曲芸みたいなことができたくらいで勝ったつもりか!」
大橋は叫び解説を中断させた。Bの行動には意味がない、そう判断した。
「曲芸ですか……なるほど確かにそうかもしれませんね。でも考えの方向性が若干ズレてますよ」
「何!」
そこでBは後ろに控えている格闘家を見る。
「どうですか? あなた方もこの大橋さんと同じ考えですか?」
「…………」
全員(アナウンサー、解説者を含め)何か思案しているようだが返事はない。多分質問の意味を完全に理解していないのだろう。もっとも返事が返ってきたとして自分の言わんとすることの可能性は薄いと思っていた。
「あなたの言うとおり、こんな事くらいができたくらいじゃあ意味がありませんね。でもいつでも不意打ちに備えて準備していた、この心構えには意味があると思いませんか」
「――――」
無言、いやマイクを通じて息を飲む音が聞こえてきた。まあ何か言おうと言われまいと構わないのだが、
「最初に言った通りです。心構えの差ってヤツです。僕はここに立った瞬間からいつでも闘える状態でいた、ということです。そして……さっきも言った通りです。その事は僕とあなたとの絶望的な差です」
チィッ、誰かの舌打ちをした。意味が分かったのだろう。しかし眼前の大橋はなお喰ってかかる。
「それがどうした! ゴングが鳴ってからが全てだろうが!」
Bは一瞬、素に戻り大笑いしそうになった。
(信二じゃない、今はサン・オブ・バトルマスターだ)
そう強く念じることで平常心を保った。
「勝負というものは闘うと決まった瞬間から始まっているものでそうですよ。宮本武蔵の言葉ですが――僕もそう思います。だからゴングの鳴る前、あなたに攻撃でもし倒されていたら僕は文句を言わず敗北を認めましたよ」
そこまで言われてようやく痛いところをつかれたかのように顔を真っ赤にする。しかしすぐさま後ろを向きそこに控えている三人に、
「オイ! このガキ、最初は俺にやらせろ! このガキ、無様にマットを舐めさせて、いやいっその事、殺さなきゃ気が済まねぇ」
コケにされたお礼をかねて、そんな意図がありありといやその意図しか見えなかった。随分物騒なことを言うと思ったが、ココでは殺しても人は死なないことを思い出し「好きにしろ」と紫電はそう言いかけるが。
「アレレ、困りましたねぇ。対戦する順番の選択権は僕にあると聞いていたんですが。……違いますかアナウンサーさん」
まさか自分に振られるとは思わなかったので内心焦るがそこはプロ、落ちついて資料を見返す。ルールも生命の危険のない試合上、審判はいない。古田が兼ねている。もっともほとんど仕事はないはずであった、勝敗は本人のギブアップかどちらかの戦闘不能である。それでも問われたからには答えなければならない。
『はい、B選手の言うとおりです。選択権は彼にあります』
「ということは僕には最初から合った権利さえ取り上げられるのですかねぇ。……まぁこれがアウェーってやつですか」
大橋のほうも確かに相手の望む順番でやってくれと言われていた。それは自分達がもめないための配慮かと思っていたのだが、そのことを完全に失念していた。1秒でも早く眼前の世間知らずのガキをぶちのめしてやりたいと、大橋はその表情を隠そうとはしないが、
「ケッ! 好きにしやがれ!」
吐き捨てるように言う。キッと睨みつけたあと後ろに下がろうとする大橋に、
「逃げるのか! この腰抜けが!」
大橋の口調を真似てBはいう。驚いたかのように振り向く大橋をあざ笑うかのように、
「それくらいのことは言って欲しいものですね。張り合いってモノがないですよ」
言われて初めてその事を思い至るが、今更口にするのもはばかられた。
「ハハハッ……、そんなに睨まないでくださいよ。気の弱い人間ならホントに殺されるかと怯えますよ。心配しなくても貴方から倒して差し上げますよ。元々一番手はボクサーと決めてたんですよ。
何せぶっつけ本番になってしまったものだから軽くウォーミングアップしときたくて」
「――!! 何だと! テメェ舐めんのも大概にしとけやコラ!」
今までで一番ドスの効いた声。しかしそれをケロッと受け流す。
「舐めてなんかいませんよ。パンチスピードがこの中で一番速いあなたの攻撃にまず慣れれば他の方々を倒すのが楽になりますからね」
「上等だあ! 後悔させてやる!」
「大橋、少しは落ちつけ。たかがガキの言うことに腹を立てすぎだ」
特に矢面に立ってないこと、また大橋程ではないが隣で興奮している力王のおかげで逆に冷静でいられた中村だからひどく力んでいる大橋をたしなめられた。
「ルッセェー! ここまでコケされて黙ってられるか。このガキ見るも無惨な姿にして泣いてワビ入れるまでいたぶらなきゃ、気がすまねぇ!」
「よっしゃ! 良く言った、それでこそ男だ! 思う存分やれ! 俺のときもお前と同じようにボコボコにしてやらぁ」
力王は中村とは逆に煽る。
「しかし頭に血がのぼった状態じゃぁ強さの精度が落ちるぞ」
紫電はと言えばどちらかといえばまだ冷静な方だがどちらかと言えばいつでも闘えるほどの臨戦態勢は整った心境だった。
「ッンナ、心配なんかいるかよ! ハンディやるくらいがちょうどいい相手なんだぞ!」
中村は諦めたかのように肩をすくめる。彼にしたところで大橋の言うことも一理あると思っているし、大橋が負けたところで所詮他人事という感も拭えない。
『では第一回戦は大橋選手でよろしいですね』
「ええ、それでお願いします」
(まあ、このくらいで取り敢えずよしとするか)
Bとしては舌戦、いかに自分に有利な展開で持っていくかはほぼ成功した。
楽に勝てる相手ではないだろうが、あと3人残っている以上、楽に倒したように見せなければならない。でなければ展開は苦しくなる一方だ、このハンディのある肉体、慣れない空間、好意をもたれていない敵地、そして各格闘界の猛者。
(絶対に負けるわけにはいかない)
ブレイン内では自分は最強なのだ。自分が勝ってきた人間に今きっと見られている。無様に負けるわけにはいかない。
(絶対に負けるわけにはいかない)
兄貴の思惑通りにいくのは思いきり癪だが、榊原さん筆頭にいい人が沢山いる会社の威信もある。
Bは、信二は自ら自分を追い込む。そこから生まれる興奮と緊張は彼にとって程よくいい戦闘状態になれる。
それこそが彼の常勝のセオリーだった。