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『ブレイン・フィールド』
高性能のコンピューター「ブレイン」を使って制作された新しいタイプのゲーム。個々人専用に作られたヘルメットを装着することで「ブレイン」のつくり出した仮想現実空間、通称ブレイン・フィールドで自分が体を動かすように行動できるゲームを創り出した。
脳は微弱な電気を出している。モノを見たり、身体を動かしたりする時に電流の流れる脳の位置は決まっている。逆の発想を用いればデーター化された電波を正確な部位に送れば、そこにないモノを見せたり感じさせたりできる。
そこで考えられたのが「脳波同調システム」。実際に目で見えていなくても視神経が情報を受け取り、それを脳まで伝達できればそれは「見えている」と同じことになり、またその音が聞こえているのと同様の刺激を伝えることが出来れば「聞こえている」ことになる。逆に手を動かそうと思っただけで、いや無意識にする癖や反射的な行動までこの世界で行動できる。不思議なようだが人間は身体を動かすときいちいち考えて動いているわけではないのだが脳が判断し、指示を送っているのだ。その指示、脳波と呼ばれるものを感知するシステム。
特注で作るヘルメットには脳波を受け「ブレイン」に送るシステムと逆に「ブレイン」からのデーターを人に伝えるために電波を与える装置。ヘルメットを通して自分で思った通りのことができ、また「ブレイン」の創り出したあらゆるシチュエーションを寝たような状態で意識はゲームの世界に行き自分の思う通りと言うよりは自分が体ごとその世界にいった状態になる。故にボタン操作も何もいらない。
「……なるほどね」
巻頭特集、カラーで8ページとこの雑誌にしては力の入った記事を読み終え、本を開いたまま机の開いた場所に置く。
「気になる点が幾つかある」
黙々と食事している二人に話しかける。
「情報の早さ、正確さ。というかむしろ展開の早さのが気にかかる」
「どういうこと?」
聞きつつ、それでも箸は休めずに信二は聞き返す。正確に言うならば、たまたま口の中のモノを飲み込んだところだったので、言葉を発した。その様子に気分を害した様子もなく榊原は続ける。
「僕が総からこの話を聞いたのはおとといの朝で……」
「オレがブレイン内で打診を受けたのが3日前、会社に話がきたのが2日前。一応ブレインで聞いた時に承諾しといた」
「オイ! ちょっとまて、そのブレイン内ってのは」
総一郎の言葉にあることを思い出し信二は口を挟む。
「ウン? ……ああそれは……」
「――! まあ、その話は……後回しにしよう」
長年の付き合いから、話が脱線しかかっているのを肌で感じ、慌てて会話に割り込む。
「企画はこの雑誌社だから決定から本になるまで時間が早いのはこの際ヨシとしよう。問題なのはこちらにはこの間、開催に対しての申し込みしか無かったというのに、この本には既に開催日が決定してるってこと」
「兄貴が勝手に同意したんだろ、榊原さんや、ついでに俺を無視して」
じっと見られる非好意的な視線に全く動じることなく
「俺を少しは信用してもらいたいものだねぇー」
「ならせめて社長ぽく、いや常識人ぽくふるまえ!」
「まあ、落ちついて」
自分がずっと望んでいることを叫ぶ信二に内心頷きつつ、
「確かに総は誰にも相談せずに勝手に話を受けたんだけど、僕だっておととい聞いてからすぐに相手に確認の電話をいれたんだよ。そしたら打ち合わせの日程等は決まり次第連絡します、ってね。本がすぐに印刷できる訳ない、それでもこれだけの情報量、ウチさえ知らない情報も多い」
「……マジ? 知らなかったの俺だけじゃ……」
ユックリ首を横に振る。
「会社だけでもなく総さえも全然知らないんだ。隠されてたんだ、完全に」
「それって、でもこの本には……」
「ウン、開催日はすでに決定済み。ついでにいうなら出場メンバーも決定。すべて我が社に秘密理に。会場は向こうのホーム。この記事のシルバー寄りの書きかたからみて……」
チラッと総一郎を見る。
「まぁ、そうだろうな。シルバーが隠れ蓑かぶってすべて用意した。そう考えるのが正解だろうな」
「……何の……ために?」
自分が思う展開にならないばかりか、いつの間にか話が大きくなっているのに驚きつつ信二は聞く。その弟の様子に気づかずに――あるいは気づかないふりをしてるだけかもしれないが――答える、率直な意見を
「そりゃー決まってる。ウチをつぶすためさ」
軽い口調だがつぶすという言葉に重みを覚える。
「……つ、つぶすって、……そんな大げさな」
「大げさかもしれないけど、間違ってはないよ」
一つタメ息をついてから榊原は
「メンツってモノがあるからね、今までゲーム業界を支え、牛耳ってきたっていう。それが半年ほど前発売されたニュータイプのゲームに負けを認めるわけにはいかないのさ。どんな手を使ってでも、また業界を牛耳りたいのさ」
このタイプのゲーム、仮想現実空間を指一本動かすことなく体験、体感できる超未来的な、というよりむしろSF的なゲームは久遠の発売以前からいくつかの会社で、企画はされたものの技術面・コスト面などの点から実現は困難をきわめる、と言われていた。
もしもそんなゲームを開発できるのであれば「シルバー」だけであろうともくろまれていたし、実際会社の方針もいずれはと開発を進めてはいた。それがぽっと出の一ゲーム会社がこちらの技術力をはるかに上回る出来のモノを作ってしまったのだから、ワンマン会長の心中は決して穏やかでいられるはずもなかった。
「どんな手を使っても……ねぇ」
信二は口に残っていた最後の一口を麦茶で流し込み、机におかれている雑誌を指さす。
「それがコレかい」
この企画の意図は明白。つまりは代理戦争だと。
「まあ、何かしてくるとは思ってたっけどねぇ」
「敵ながら面白い企画を考えるもんだ」
「面白くなんかねぇ!」
まだ食事を続けている兄に怒鳴りつける。
「そうか、なかなか面白そうな企画だぜ。対戦カードも実に興味深い。イヤー、久々にワクワクするなぁー」
顎を撫でつつそれはまるで子供のように目を輝かせんばかりに喜んでいた。また今日は自分の顎を撫でる回数が多い。総一郎は面白いと自分が感じると片手で顎を撫でる癖がある。そんな兄に怒りを隠すという努力はせず、素の感情をぶつける。
「ブレインからの出場者が俺だってのはどいうことだ! しかも俺の承諾もなく! ついでに言えば、何で今日初めてこの本で知ったっていうのに、サン・オブ・バトルマスターのコメントが載ってんだ!!」
本社記者がブレイン・フィールドに何度も足を運び、あの最強の男にインタビュー成功と書かれた記事を指さす。
「あっ、オレが代わりに応えといた」
「――っざけんな!!」
シレッという総一郎に心底腹を立てる。
もしも「久遠VSシルバー」という記事だけなら信二は怒らなかっただろう。出場者がサン・オブ・バトルマスターの予定と書かれたのなら文句は言ったろうがある程度兄に対して諦めの気持ちがあるのでここまで激昂しなかっただろう。
「何で兄貴がワザワザ俺の格好してブレインに行くんだよ!」
『ブレイン・フィールド』では初めてプレイする場合、まず自分の分身となるキャラクターを作ることから始める。モンタージュのように顔の部品をくっつけて好みの容姿にするもよし、自分で作ったイラストを元に『ブレイン』に作成させるもよし、面倒くさければ『ブレイン』にまかすこともできる。また本人をゲームに登場させることも可能だった。その後体格、初期の服装を決め、定められた数値を各種パラメーターに振り分ける。
服装などの装備は変更可能だが、その他の姿、能力値は基本的に変更不可能になっているのだが、製作者の特権というべきか、総一郎にとって人の姿を借りるのは雑作もないことだった。
「そりゃー、いつも同じ時間にプレイしてるとやっぱ、学生、高校生に思われるだろ。サン・オブ・バトルマスターは何ていうか、……こう、神秘的じゃないと。神出鬼没……いい響きだぁ」
オンラインネットワークゲームなので何時でも参加できるが、時間によって参加人数の多い少ないはある。ちなみに信二は基本的に午後十時~十二時。日祭日、またその前の日の夜は時間が増えるがその時間帯はほぼ必ず参加している。この時間はもともと人は多いのだが、高校生の参加者が多いのも確認されている。
「平日の昼間に参加してると大学生とか平日休みの社会人、もしくは廃人ニートとか、幅が広がってなかなかヨシ!」
「何がヨシだ! 何が!」
笑顔で親指たてている総一郎を殺してやりたい衝動が生まれるのは何も今日が初めてと言うわけではないのではあるが。
「時々あっちで会話がかみ合わなかったり身に覚えない恨みかってたりしたのは全部兄貴のせいか! 兄貴の!」
「心配すんな、お前の最強伝説に傷はつけてないさ」
「そういうこと言ってんじゃねぇーって! いい歳こいて、弟にシリ拭いさせる様な事するなっていってんだ!」
――バン!!
机を叩く音が部屋に響く。既に秘書室に戻って聞こえないふりをしていた和泉だが流石にビックリした。
意見はもっともな事だった。弟になりすましゲームをプレイし、面白そうなことに食いつき、その後自分は傍観者となり弟が闘う様をモニターで見るという寸法だ。
「……ってちょっ待てよ。俺って別にゲームサイドの人間って公表してないんだから、俺が負けたところでブレイン・フィールドの負けにはならないんじゃね?」
「まあ会社自体はね」
榊原は肩をすくめ、総一郎は非常ににこやかに。
「イメージの問題だわな。結局のところブレイン側の最強のプレイヤーが負けると会社自体が負けた感じを受けるってだけで」
例え負けても会社側には何の損益もないはずだ。一プレイヤーが勝手に戦って勝手に負けた、それだけのこと。だがブレイン・フィールドで遊んでいるユーザーがどう思うかまではそのときにならないとわからない。勝つにこしたことはない、むしろできれば勝って欲しい。
「……まあ、ウチももブレイン発売してからいろいろあったけど……」
榊原はその特に印象深い1つの事件を思い出した。総一郎が興味本位で止めなかったせいでことが大きくなった事件。それに巻き込まれで信二もそれなりに苦労し、心に傷も負った。それを思うと兄に怒る弟の図は至極当然であろう。
「まあ、信二がいるから何とかなる。その安心感がオレを自由にしてくれるね」
基本的にいつも笑顔な男だが、それはいつ誰にでも好印象を与えるわけではない。
「だーかーらー! 俺に頼るなって言ってんだ!」
「いいじゃないあ。この天才が頼れるのはお前と崇しかいないんだから」
信頼してる旨を伝えたいのだろうが聞きようによっては自慢にも聞こえる。
「紙一重が何をほざくか!」
「それになかなか無いぜ。ジャンルは違えども、この四人はその道じゃトップだ。そいつらと闘えるのならっていうのヤツは多いんだ。ファンなら泣いて喜ぶね」
「格闘技ならともかく格闘家には全く興味ない」
いい加減に叫び疲れたのだが、だからといって終わるわけにはいかない。
ブレインからの出場者が決まっているようにシルバーからの出場者も決定していた。プロボクサー、空手家、プロレスラー、柔道家の四人である。総一郎の言うとおりメディアでしばしば取り上げられる人気と強さを兼ね備えた格闘家である。いわば闘うことが職業であるその道の専門家に対して闘うのはサン・オブ・バトルマスターのみ。
「どう考えてもフェアじゃねぇーだろ!」
と叫ぶ信二の主張はもっともである。
「向こうの最大のウリが生身に近い真剣勝負だから特殊技能、呪文はおろか武器の使用さえ不可……か。こりゃー、確かにいくら信二君でもキツイな」
自分もソファーに腰をおろしつつ、榊原は同意する。よくよく読んでみるとあまりにも不公平なルールに、それを臆面もなくする相手、また受けた人間に怒りを覚える。
「でもルールは相手の所属する格闘技のルールじゃない。武器・魔法の使用は不可だがそれ以外の制限は設けない事は認めさせた。急所攻撃、背後からの攻め、ダウン後の攻撃可……まあ何してもかまわない。でギブアップは有りだが、ロープエスケープ、場外は無し。ある意味、敵もハンデ持ちだ」
ボクサー相手に背後からの攻撃や足技・関節技、柔道家に打撃、空手家に投げ・関節技プロレスラーはあらかたの攻撃を持っているがロープエスケープが身体にしみ込んでいるので逆手にとれなくもない。
何でもあり。それは信二にとってサン・オブ・バトルマスターにとって常勝でいる上で当たり前の手段。ルールという常識が身体にしみ込んでいる格闘家相手にルール外の攻撃が有利になる可能性は確かに高いが
「俺が体術で現役格闘家と互角に渡り合うことが最低条件ってのがどれだけ俺に有利になるってんだ」
「信二……お前は自分のことを低く見積もりすぎだ」
「……?」
いきなり何を言いだすのかと訝しむ。
「ゲーム開始前から毎日戦って今なお無敗のお前が、お今やショーと化した格闘家の連中に遅れを取るわけがないだろう」
弟を褒めているのに何故か自分の功績のように胸をはる。
「だからってハンディマッチにもほどがあるだろうよ!」
「バーチャル世界の特性を知り尽くしてるんだ。多少のハンディがあっても勝てるよ、イケるイケる」
「気休め程度の情報で俺が喜ぶとでも思ってんのか!」
それよりも何故そこまで楽観できるが不思議でならない。ニコニコとした表情のまま総一郎は顎を撫でながら、
「お前が勝つのは簡単だよ。これから崇のするバトルマスターのパラメーターについてシルバーとの交渉や、アッチと接続するためにプログラムを作る企画二課の連中に比べたらな。オレがする不正を受け付けないプログラムを作る程度だ」
その言葉に自分がすべきことを思い榊原はゲンナリしたが、総一郎がすることに比べれば楽なことに気づく。もっとも本人は言葉通り簡単にやれるだけの能力を有しているのだから、公平なのか不公平なのかは微妙なところだ。
「人に、それも兄貴みたいなのについてきてくれる社員にいらん迷惑かけんなよ!」
何度声を荒らげようと無駄だとは知りつつそれでも叫ばずにはいられなかった。
「……フム。今度から気をつけよう。それはさておき、必要ないとは思うんだが各分野のデーターをいれて、シミュレーションできるようにプログラム組んどいたから、メシ終わったならやってけ」
「このクソ兄貴がぁぁ!」
気まぐれな天才、彼は限りなく敵に近い味方である。