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「では、始めましょうか。格闘家だというなら言葉ではなくどうぞ力で否定してみてください」
動揺を誘い、挑発。
『では最終戦、筑紫電童選手対B選手、始めてください』
カ――ン! 場内にゴングが鳴り響く。
『紫電選手には冷静に闘ってもらいたいですね、どうも今までの選手はBの挑発にペースを乱されてましたから』
ペースを乱させる事それも闘いの一種ではないか、と反感を持ったがBは何も言わず紫電の攻撃に備える。
しかし堂本の一言で落ちついた様には見えなかったが紫電はゴングが鳴ったというのに仕掛けてこない。
『まずは両者中央で睨み合い!』
紫電はやや半身の体勢で腰を落とし、左腕を直角に曲げ、顔面、鼻や顎などの急所をガードしつつ右手はいつでも突き出せるように腰の位置に構える。
『闘王流の大型の選手が見せる攻防一体の非常に優れた型ですね』
確かに力王程、背丈も筋肉も有るわけではない。しかし180センチ半ば、95キロという身体はむしろ力王よりも引き締まって見える。それに胴着から覗かせる柔軟の有りそうな筋肉はパワーとスピードをちょうどいい具合の均等で保てる、つまりそこそこのスピードとパワーを兼ね備えておりバランスがよさそうだ。
「攻防一体というよりは守りに徹しているように見えますね」
ドッシリと構えたその姿から正直にそう思う。攻めの意思を感じないのだ。
「君の闘い方は見せてもらった。後の先をとり非力な力を補うために相手の力を利用したカウンターで相手を倒す。加えていうなら急所狙い。口でいうのは簡単だがズブの素人にできる生半可な手じゃない。だから自分から攻めるのは利口じゃない」
『確かに、いわれてみれば自ら攻めてはいないですね』
どっちか解説者かわかったものではない。しかし先程までの闘いを分析するとそう思われても不思議ではない。右手を握る。大分痛みは引いたようだ。強く握っても大丈夫だろう。他の箇所もところどころ痛みこそすれ動くのには支障はないだろう。
「70点あげましょう。確かに僕はいわゆる『待ち』の戦法が得意なんです。かといって自分から攻めれないなんて思われるのは心外ですね。あなたのように勘違いして自分から攻めてこない人と闘った事も腐るほどあります」
言うがはやいかBは脇を締め、少し前傾にし拳を顎を隠すような感じで上下に軽く重ねる。スッと滑るように一瞬で間合いを詰め、ドォンというマットを強く踏みつけるような音がすると同時に下段から、左脇腹を狙うモーションこそ大きいものの鋭く勢いのある右のショベルフック。
紫電は咄嗟に左肘をさげ迎撃に向かうがこれは囮だった。当たるか否やで右の拳を引き、視線が自分の左脇にいっていることを確認しつつ、その視野に入らないように見事なステップワークで死角の広くなった右側面に移動し、そこからテンプルを狙う左フック。
『巧みなフェイントからの左フック! 紫電まともに食らうも何とかその場に堪える』
『……あれは!』
『どうしました?』
『いや、……あの……その……』
堂本はよほどショックを受けたのか言葉がうまく続かない。
『……もしも……私の考えが正しいとすると、私達はとんでもない勘違いをしていたのかもしれません。Bという少年はとてつもなく……強いのかもしれません』
初めて自分を肯定するかの発言に耳を傾けながら、何が起こったのか分からないといった表情の紫電から少し距離をとる。
『あれはおそらく大橋選手の得意技ダブルフックだと思います』
『ダブルフック!? しかしそれにしては少し形が違ったようにも見えましたが』
『……ええ、大橋選手しかできないとまで言われたダブルフックの特徴は彼自身の天性の才能と言いますか、勘といいますか、二つのパンチのタイミングのずらし方が絶妙なのです。それと彼の人より長いリーチでフックすることで死角を。加えて握力の強さ、インパクト時の手首の返しが絶妙だといわれています』
『はい、確かにそうだと。そういわれて見ればB選手も二度続けてフックでしたが』
『タイミングなどはどうにか真似はできますがリーチの長さまでは補えません。故に一発目を戻した直後にリーチの分をフットワークでカバーした。それもタイミングを外さないように素早く』
『そ、そんな事が可能なのですか?』
『わかりません。しかしそれを可能にするには、しかも見よう見まねで行うにはかなりの格闘センスを必要とするのは確かです。……少なくとも油断しているとはいえ名だたる格闘家達を打ち倒すほどの』
自分で解説すればするほど不可能にしか思えなかった。しかし眼下にいる少年は格闘家を3人をダメージをロクに負わず倒したという事実、そして紫電にクリーンヒットさせたという動かしようのない事実がそこにあった。
「お前、……まさか……」
堂本の解説に思い返せば自分もダブルフックをされた気がしたのか、紫電の顔には痛みを堪えつつも驚愕の色が浮かぶ。
「実際に良く見ながら食らって分析、技の要所を押さえて自分なりのアレンジ、経験から蓄積された産物ですよ。敵とはいえ良いところは模倣し、改良して人は強くなっていくものですよ」
大したことではない、そんな振る舞い方で喋りつつ紫電を観察。一発しか入っていないが即興にしては完璧な一撃だった。非力な身体といえどもダメージはあるはずだ、本来なら。
しかしさきほどの攻撃は今まで以上に力を込めたはずなのに手応えがまるでなかった。
(始まった、かな)
もしかしたら総一郎の予想通りシルバー側が何らかの細工をしてきたのかもしれない。ここまで一方的な勝ち方だと無理もない。
Bは左耳を右手で触る。あらかじめ決めておいた合図。その手のことは兄に任せておけば大丈夫だとは思う。あんな兄貴だがコンピューター関係のことは日本で、いや世界で一番優秀だ、癪な話だが。それなら自分は出来ることをするまで。
「それから今のうちに言っときますが、僕が一旦攻め始まるとなす術なく戦闘終了してしまうんですよ。現実の世界では有名な格闘家さんたちですから手の内隠したいのと貴方がたに見せ場をと思い『待ち』に徹してたのです。
……よく考えたらあなたが最後なんだからもうこれ以上手の内を隠すこともないですし、仮想現実空間最強のサン・オブ・バトルマスターの『攻め』ご覧頂きましょうか」
ハッタリ――相手にまだ何かあると思わせ必要以上に警戒させるために。
そして自分を追い込むために。
勝負とは相手との闘いであるが、自分との闘いでもある。勝利を望む自分と、敗北を望む自分がいる。勝つ欲求は言うまでもないが、相手が強いと恐怖から少しでも早く逃れるために負けたいという欲求も生まれるのだ。
敵は内にあり。――人にとって心の弱さこそが最大の弱点であり、心の強さが最大の武器になる。
つまりいかに自他の心をコントロールできるかが勝利の鍵である。
『B仕掛けた! 右のハイキック! 紫電左腕でガード、おおっと!』
弾かれると同時に引くより早く左足で同じくハイキックを放つ。これをするには空中で浮いている状態でバランスを保ちつつ、上半身を捻りながら全身のバネをフルに使い、蹴りを放つイメージを脳裏に描く。
紫電は今度は胸をそらすように避ける。
彼は気づいている、その二撃ともが顎先の急所を狙っていることに。ならば最小の動きで避けたのは失策だった。
紫電は蹴り目の前を通りすぎていった瞬間攻撃のために咄嗟に前に出る。そこにまるでバレエダンサーの如く、凄まじい勢いで回転し始めていた身体をそのまま止めることなくむしろ勢いを増す後ろ回し蹴りが紫電の顔面に炸裂する。
『三連撃! 実況も追いつかない速さの攻撃で、最後の後ろ回し蹴りで紫電ダウン』
最後の回し蹴りのとき身体のキレが急に良くなった感触があった。おそらく兄がなんとかしてくれたのだろう。
(さすがに仕事が早い)
あらかじめ予想されて対策を練っていたせいもあるだろう。時間がかかればかかるほどこっちが不利になるので非常にありがたい。
それでもこのままダウンしてくれるかどうかは微妙だった。勢いをつけて放った回し蹴りだが、インパクトの瞬間若干、自ら跳んだような感じを受けた。ダメージを減らすため自分から派手に跳ぶ。自分でもしたことがあるからその上手くいった時の効果はよく知っている、もっともされることは少ないのだが。
カウント制ではないので立ち上がるのにいくら時間が掛かっても構わない。追い打ちをかけるべきか、それとも追い打ちを誘われているのか微妙のような気がした。
「あっちの世界なら魔法を使うか、ブーメラン投げるかでサッサと殺しちゃうことですけど、こっちだとそうもいきませんね。まあ予定時間より随分早く終わりそうですし、ギブアップしないかぎりは待ってあげましょうか」
そのあからさまな挑発を受け、腕が身体を起こすために動きだす。
(やっぱりね)
二度までダウンしている人間に攻撃をかけたのだ。警戒されないほうが不思議であり、そうでないならば一歩先を見越し、逆に仕掛けて来たところを攻撃と考えではない。
ユラ~と立ち上がりこちらを見る。右頬の辺りが赤く腫れている口元は歪み、端から血が滲んでいる。
(クソッ想像以上に手ごわい、我流で動きも読みづらい)
紫電はぺっと口から血の混じった唾と一緒に歯を吐き出す。先程の一撃で奥歯が折られたのだ。血の味が口に広がる。
(さてどうするか、俺から攻めるべきか)
『おっとB、立ち上がりをすかさず攻める』
紫電の考えなどまるで無視し、まだどうすべきかで構えさえ取っていないのにも関わらず駆けだす。レフリーのいない何でもありのバトルにそこまで待つギリもない。
Bは真正面から向かい、眼差しは紫電の瞳を捉えて放さない。そして間合いギリギリで右の拳を力を込めるように一瞬強く引く。
(顔面!)
紫電はそう判断した。
拳を弾き、カウンターで正拳を腹にいれてやろうと正面に対して両足を開き、左腕を軽く前に伸ばし、右腕は少し肘を曲げてはいるものの同じく前に出し、上段をガードする体勢をすばやくとる。
しかしBはそんな動きなど最初から予想していたかの様に、素早く身をかがめ、手をマットにつける。紫電の視点から見れば一瞬消えたかのように見えただろう。
手を地につけることで支点を確保する予定だったが、マットの分厚いとはいえ布地なので強く掴み、身体を支える。そこから弧を描くように左足を紫電の右足、それも後ろからアキレス腱を狙うように蹴る。
「ナッ!」
予想外の攻撃に驚きもするものの、これくらいの痛みと勢いなら踏みとどめると、一歩右足を前に出すことで踏み止める。それは自ら間合いを詰めた形となる。
「――!」
相手を確認しようと視線を落とした時、すでにBの次の攻撃が自分に当たらんとしていたことに驚怖する。最初の一撃が当たった瞬間、Bは身体を反転させるかのように、右足で同じく弧を描きながら紫電の左足を狙う。今度は完全にバランスを崩させるために足払いの要領で刈るかのように。
「――ック!」
尻餅をつきそうになる自分を堪えるため残っている右足でケンケンしながら刈られた左足を引き戻す。
――結局、彼の敗因は何だったのだろうか?
Bは両腕でマットを強く押し、弾丸のように紫電めがけて跳ぶ。狙いは完全に体勢の崩れ、がらあきになった鳩尾。Bの右肘が紫電の鳩尾に当たる瞬間、自らの開いた右手の平に左拳をぶつけ、思い切りねじ込む。
――顔面攻撃と決めつけた所だろうか?
それとも最初の一撃で自ら間合いを詰めた所だろうか?
その後下段から攻撃されているというのに逃げるより先にBの姿を確認した所だろうか?
尻餅をつくことを嫌いBのことなど一瞬忘れて体勢を立て直すことに必死だった所だろうか?
それとも……。
「だぁぁぁぁー!」
無理やり吐き出される息と一緒に声を出す。声だけではなく最後の一撃を思わせる渾身の右の正拳を。しかしBは慌てずに、むしろ待ってましたとその拳を首を左に動かすことで紙一重に避ける。
右腕の筋肉全てをフルに発揮するようなイメージを浮かべ、今の自分にできるスピードとパワーをバランスよく兼ね備えた掌底を顎先に向かって突き上げる。
ドカッ!
弾き跳ばされた顔面をそのまま強く鷲掴みながら、紫電の両足の裏側に移動させていた右足をはね上げるように紫電の両足を蹴り上げる。そして空中に浮いた紫電の頭を鷲掴みにした右手で押すことで頭を下にし、彼の全体重と自分の体重を込めた一撃をマットに叩きつける。
ゴキッ!
握った手から嫌な感触が伝わってくる。脛骨が折れた音であり、人を殺した感触である。何度経験しても慣れることはない。
(いや、慣れちゃあいけない)
むしろ慣れてしまえば殺人鬼だ。手を放し、電子となって消え逝く紫電を見つめつつ、まだ感触が残っている右手に、それだけでなく今日3人に止めを刺してきた身体に罪悪感を忘れないようにしたことを刻みこむように力を込める。
――自分から攻めるのは利口じゃないといいつつ、あまりの劣勢に攻めたことだろうか?
敗因がどれだったにせよ。
『B選手、勝利です! 大番狂わせと申しましょうか! 1対4という数的不利をものともせず大方の期待を裏切った大勝利です!』




