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 視界の片隅で電子となって消えていく力王を見送りながら


「お待たせしました。最後まで待っててもらって申し訳ありません」


 打撃系格闘技では日本最強との呼び声高い、黒い空手着の男に声をかける。


「一応聞いときますが、どうします? 闘わないという選択肢がありますよ。いかに僕が強いかは十分アピールしたと思いますし、それは見ている人達にも分かっていると思います。ここで引いても恥にはならない、むしろ相手の力量を見抜ける実力者だと」


 紫電は腰を落とし、腕を構える。そして無言で空手の型をしはじめる。そのさながらデモンストレーションのような演舞は明らかに意思表示、闘うという。


(闘王流かぁ)


 その型を見ながら不思議に思う。確か聞くところによると闘王流の歴史は短い。実践を重視した空手で組み手の段階でも寸止めではなく、実際に打ち合うというスタンスを取っているという。それが始祖であり、未だ現役だと言う最高師範の方針だというがケンカ空手だの戦闘空手だのの異名もある。でもそれなら型があるのが不自然に感じた。型をする動きに無駄が有る無しは空手の素人から見て全く分からなかったが実践で型通りにする事はできるのだろうか? 実践とは何が起こるのかは分からない。それこそ臨機応変に対応することこそが実践の重視につながるのではないかと。


(でも、その練習してきた型が実践でまともに入るように闘うっていうなら面倒だな)


 そうとも思う。積み重ねた練習を100%発揮されるということは恐怖でもある。


「君がホントに強いというなら、格闘家としては逃げるわけにはいかないだろう」


 一通り型をすまして気合が入ったのだろうか、目つきは鋭い。


「闘うのですか、ではどうぞ上がって来てください。でも……」


 大袈裟に肩をすくめて


「不自由ですね、格闘家ってのも。格上相手でも逃げれないなんて」

「格上かどうかは別として、少なくても三人の猛者を倒したんだ。倒せば少なくとも俺の強さは証明できるだろう。それに」


 ロープを上下に開き、ユックリとリングに入ってくる。


「俺は相手がどんな相手だろうと油断しない。獅子はウサギを狩るのもってヤツだ」


 そこには油断も嘲りもない、しかし当然と言えば当然とも言える。分野が違うとはいえ一目置いていた格闘家たちがことごとく倒された、いや殺されたのだから。


「気が合いますね、僕もそのスタンスですよ。ついでに言えば僕にするといった行為はその身に受けてもらうというのも。そういえばあなたは一撃で倒すとかは言ってませんでしたね。ならいつも通り闘うことにしましょうか」

「前の三人は君を舐めすぎてたからな、せめて俺が格闘技の奥深さを教えてやる」

「そうですか、楽しみにしてます」


 別に楽しみでは無いが表情に出さず、それでもどこか社交辞令の様に応える。


「もっとも死ぬことのないゲームの世界では真に有るところまでは教えれないかな」


 どこかゲームを嘲るかのように言う。世間的に見てゲームの地位は低い。所詮ゲームという言葉が、ゲームにしてはなどの言葉がBは嫌いである。

 作る人間の苦労を知っているから余計に、何も知らずその言葉で片づけてしまう人間が嫌いであった。

 だが最近ではもう一つ嫌いな理由が増えた。


 『ブレイン・フィールド』一般公開直後、信二はとある事件に巻き込まれる。『ブレイン・フィールド』のゲームマスターとして作られたAIが創造主である菅総一郎に反旗を翻すと言い、その企てに荷担することになった。

 その計画が成功したかどうかは微妙なところだ。

 最終的にはAI『神威』の目的は達成できた。だがそれは総一郎の手の平の上だったのだから。

 『神威』の行動も信二の裏切りさえも予想済みで会社の損害は最小限に収まるように手配済みだった。

 『神威』とはとりあえず接触ができないので、とりあえずこの件で信二をからかおうと思っていた総一郎だったが、

「クソめんどくさくてクズな兄貴とそこから自立しようとしているその娘。人間としても叔父としても姪に手を貸すのは当然だろう?」

 とぼけるか、素直に謝るか、逆ギレするか、いくつかの予想はしていたがこの切り返しは予想外だった。

 その考えが気に入ったのか総一郎は信二のことを不問にし、周りにもそうするように指示した。もっとも榊原以下全員そもそもの原因は社長であり信二は被害者という意見で統一されていたので何を今さらであった。


「なあ、兄貴」

「どうした?」

「神威は……成功すると思うか?」

 

 信二はとりあえず兄に疑問を投げかける。


「成功してほしいねえ、新たな種の誕生とか、コンピューターが魂を持つとか言うのは浪漫があるからなぁ」


 どこまでも最先端の技術者らしからぬ物言いに眉をしかめる、が総一郎は結局のところこの件では傍観者に過ぎないと考えると仕方ないことなのかもしれない。


「お前はどう思うんだ?」


 もっとも『神威』に近づいた人間の意見はどうか?

 

「……いつになるかとかの予想はできないけど……」


 彼女の話を聞き、彼女の味方をした。

 それ以降は彼女の指示をこなしつつ、いろいろなことを考えた。


「たぶん彼女はあきらめる」


 それが信二の出した予想。


「理由は?」


 成功する、しないではなく。


「あの子のユートピアは俺にはディストピアにしか思えない」

 

 善が最後に必ずまかり通るその世界。そこが目指す理想郷は一見すばらしいモノに感じる。

 だが人間は天使のような善性と悪魔のような悪性が同居する生き物だ。

 善だけの生き物は決して人間ではなく、仮に人の形を生活を保てたとしてもそこに進化はないだろう。


 彼女の世界は遠からず停滞する。

 おそらく誰も悪いことをしない、争わない世界になるだろう。協力して日々の糧を得、争いのない穏やかの世界で生きていくだろう。

 世代が移り変わろうと進化せずただ人が生きていく世界。


 彼女はそれをよしとするだろうか?


 きっと彼女は理由がわからず何度もやり直すだろう。

 そして同じ世界を何度も見る。

 何度やり直そうと、乱数を変え、イベントを起こそうとも、彼女が目指す根底を変えなかれば同じことの繰り返し。


「……なるほどな」 


 解けない難問を幾度となく繰り返す。

 解はどこにあるのか?

 エラーとしてあきらめるだろうか?

 それとも誰かに解き方をたずねるだろうか?――もしもそうなら誰にだ? 父親にではなく、唯一の協力者の叔父ではないだろうか?


 その考えに至った信二は、ゲームのやり方が変わった。

 

 


「極力死なないように安全性を考慮したルールに守られてする格闘技と死ぬことはないものの疑似とは言え人を殺すほどのダメージを与えて戦うゲームとの差は一体何でしょうかね」


 ポツリと、それでも聞き逃すことのできない位の声量でハッキリと言った。 


「……実際に人が死ぬ。それは紛れもしない大きな差だろう」

「あなたは、人を殺したことがありますか?」


 突然の質問に一瞬、驚き、戸惑う。言葉に重みがあり、軽く応えてはいけない。――何故かそんな気がした。


「……い、今のところない。骨折とかさせた事はあるが」

「もしも試合で人を殺しても、勝負だからとか、試合だから、避けることのできない仕方の無い『事故』の二文字で済ますんでしょう」

「――!」


 最悪の事態、死を避けるためにルールはあり、それが守られているかどうか、また闘う両者が興奮状態におちいっても大丈夫なように客観的なレフリーがいる。故に今の格闘技は人が死ににくい。

 何だかんだいったところで人が簡単に死ぬのであれば世の中に受け入れられない。また闘うほうも死ぬ可能性があると分かっていても自分が死ぬこと殺すことを常に意識はしてないだろう。せいぜい勝つか負けるかのどちらかだろう。


「確かにゲームです、人は死にません。でもね生きるか死ぬかの闘いを常にし、何万、という回数、人を殺すのと同等のダメージを与えつづけてきたんですよ。疑似とはいえそれだけの数、人の生死に関わってきたんです。どんなバカで鈍い人間でも生について死について考えるキッカケとしては十分ですよ。

 僕は実際に人を殺して無い人間のなかでは一番生と死について考えてる人間だと思いますよ」

「……それがどうした。だから何か変わるとでも言うのか」

「……なるほど、実際死ぬ可能性があるというのにそれについて考えていない。そういえば前の三人も多分そうだったんでしょうね。自分だけは例外だと、そんなことはあり得ないというのに。

 だからあんなにアッサリと負けたのですね」


 マヌケな答えをする紫電に笑うを通り越して呆れた。


「死の恐怖を、生の喜びを、そして殺す罪を僕は知っている。ゲームとはいえ殺人という罪を犯している悪人です。裁きを受ける時がきたならば僕は甘んじて受けるでしょう。それが実際の世界で刑務所に入れと言われても拒みません。

 だから僕は強いんです。何も考えたことのない人間には絶対負けることはありません。何て言っても……」


 親指で自らの心臓を指し示す。


「覚悟が違います。今まで何万人と殺し、これからも殺し続ける罪人と殺しても事故の一言で片づける人間とではね」

「…………」

『…………』


 ただの少年の戯言、青臭い理想論とも言い難いモノがあった。なぜならそこにはあったのだ、説得力が。それが彼の言葉に嘘がないことを物語る。

 そうでなければ20年も生きていない少年に一瞬でも蹴落とされそうにはならないだろう。

 

 自分が『神威』のためにできるのはそれくらいだと信二は考えた。

 人の悪性を正すために戦おう。目には目を、歯には歯を。自分にはその実力がある。

 善を求める彼女が悩むのであれば、必要悪の存在になろう、と。

 善と悪。いかにうまく付き合っていくかが人間というものだと。

 そう伝えるために信二は戦うことを決意した。――ただ忘れてはいけない、それは必要であってもただの悪だということを。……彼女が排除しようとした悪だとを。

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