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プロローグ

ブレイン・フィールド第2部の始まりです。

内容的に前作未読でも大丈夫と思います。

「では、始めます」

 

 とある企業の会議室。円状のテーブルに居並ぶ十数人の年長の重役を前に、まだ三十代前半の若い男は臆することなく言った。

 手元にあるスイッチ入れる。すると機械音とともに液晶モニターがテーブルからそれぞれに浮かび上がる。

 その画面の中では金髪と黒髪の二人の少年が対峙している。


 場所は古代ローマに造られたコロセウムをモチーフにアレンジ。

 コストを度外視して建設された円形の闘技場。二人が踏みしめている地面は硬質のゴム――幾何学模様の線が彫られている――が、しきつめられている。地に叩きつけられた時のダメージ軽減の目的もあるだろうが、主として滑り止め重視であるようだ。

 戦場と観客席との境目にある白い壁は画像からは大理石のように見え、戦いの場というのに荘厳さもかもし出す。

 観客席にはまだ時間が――この画面の中では――早いわりにかなりの数、約半分ぐらい埋まっている。それが最前列と4ヵ所に設置された大型モニターがあるところに集中していた。

 見える範囲でそれなのだから全体では一体どれほどの金額になるだろうか? もっとも実際に造ればの話だが……。


 金髪の少年は胸だけの白い西洋鎧。腕には黒い手甲、茶色の革のパンツ。足元はコンバットブーツ。手には日本刀と和洋折衷、時代考証無視の恰好をしているのだがアンバランスというわけではなかった。完全に着こなしているわけではないが衣装だけが浮いているわけでもない。

 もっとも観客のほとんどは彼には注目していない。


「黒髪の大型のブーメランを持っている少年。そちらが今回のターゲットです」


 男は皆に伝える。

 青地に派手な装飾をつけたノースリーブタイプのカンフー服、黒い革製の手袋。腕はむき出しなのだが、右腕にだけ腕輪がつけている。腰にはベルトの代わりに鎖が巻いておりバックルにあたる位置に黄金色の球状の装飾が繋がってる。手に持っている武器はかなり特殊である。一言でいうならブーメランと円月刀を足したような武器。ブーメランとしてはかなり大きく全長一メートル、刃渡りも一番太いところで4~50センチといったところか。外側には鋭利な刃が打ち付けてあり、内側には三箇所ほど手で握れるような穴が開いていた。


「彼があの『ブレイン・フィールド』で最強の称号『サン・オブ・バトルマスター』を得ている者です。今後『B』と仮称します」


 腕から見える筋肉のつき方は反復による運動で鍛えたというよりは自然についたというべきか、しなやかで野性的である。その身体とは裏腹にまだ幼さを残している顔立ちをしているが、双眸に宿る光は非常に強い。内面からの自信を反映しているのか、それとも……。


「……仮称、何故?」


 重役の一人が口を挟む。この質問は予想していたし答えも用意しているのだが……。


「実際の名前はもちろんプライバシーの関係で公表されてませんし、『ブレイン・フィールド』での登録名も本人はひた隠しにしていますので」

「何の為に?」

「……本人曰く、全てをオープンに公開するより、謎があるほうが神秘性・カリスマ性があがるとのことです」

「フンっ、くだらん」


 それを聞き、鼻じろむ。


(まあジジイどもには理解できんだろうな) 


 予想はしていた。自分に責任はないのに小馬鹿にされた目で見られるのも含めて。


「しかし『B』の行動は効果的です。彼には挑戦者が絶えませんが、その大半は彼のファンといっても過言ではありません。だからこそ今回のターゲットに選びました」


 画面ではBが相手に何か話している。


「そうそう言い忘れましたが、これは正規のルートで入手した映像はないので音声はありません。ご了承ください」


 返事はない。注意を促すことが目的なので構わないのだが、反応が返ってこないのは少々居心地が悪い。そんなことを思っている間に戦闘は開始された。


 金髪の少年が刀を何か叫びながらその場で下から上に振り上げる。

 二人の間には4,5メートル離れているので牽制にもならない――普通なら。

 剣先の軌道上から空間が歪み、大気を裂くようにBに向かっていく。


「真空波」――それがこの技の名称。刀を振ることで不可視のかまいたちが発生する。速度は刀を振る速度に比例する。


 Bは慌てることなく一歩右に避ける。すると数瞬後、一陣の風が通りすぎた。一直線にしか進めない、「真空波」の特性であり欠点。

 知っているからこそ最小の動きでかわす。そしておもむろに手を突き出す。


「ライティング・ボム」――掌に触れるか触れないかの位置にバスケットボール大の輝く光の玉が生まれた。確認さえせず振りかぶり、素早く金髪めがけて勢いよく投げつける。

 すると十数の野球のボール大に分裂した。


 金髪は一瞬真空波の構えをとるが、数が多いので迎撃は不可能と思い後ろに跳ぶ。数瞬後、今までいた場所に光球が着弾する。かわすことに専念したためダメージは無い、が立ち上がった爆煙でBの姿を見失った。

 金髪は補足しようとキョロキョロと辺りを見渡す。


 ――Bの目的はそれだった。

「ライティング・ボム」は攻撃のためでなく、避けられることを見越してその立ち上がる爆煙でめくらましのためだった。むしろ避けてもらうために真正面から投げた感もある。

 そうして稼いだ時間を有効に使う。大きなストライドで、それでいて無駄なく素早い動きで左方向にまわりこむ。金髪は気づいたが迎撃か回避かを一瞬判断に迷う。その一瞬に一気に間合いを詰め、爆煙さえ切り裂くほどの勢いで下から上にブーメランを斬り上げる。

 剣先と同じ軌道で赤い血が吹き上がる。口を大きく開け苦悶の表情を見せる。咄嗟に刀を持ってない手で傷口を押さえる。


 Bはおかまいなしに両手で金髪の頭を挟むように掴み下にひっぱる。体勢を崩し頭が下がった所を膝で向かいうつ。

 勢いで上体をそらす金髪。そのスキだらけ腹に蹴りを入れる。体勢の崩れたところに会心の一撃、そして若干低い重力のため金髪は勢いよく跳ばされ闘技場の壁に激突する。

 Bは楽な姿勢で腕組みをしながらも目だけは真剣に倒れている金髪を見ている。まともに三連続で攻撃を受け、強烈に壁に叩きつけられ動けそうにないのにもかかわらずだ。

 なぜなら彼はこの世界のことを熟知しているからだ。ここでの敗北条件はギブアップを宣言するか、HPが0――すなわち死と同等のダメージを受けることだ。この世界HPが0となるとプレイヤーは光の粒子となり戦場から離脱する。この闘技場の場合は審判でもあるシステムが高らかに勝利を宣言してくれる。

 まだ宣言はないし、姿も見えている。つまりは生きているということ。生きていればどんな状態だろうと戦える。それを知っているからこそ目は放せない。追い打ちをかけたいところだが初めて戦う相手のうえ、手の内を全て暴いたわけではない。切り札を隠していないとも限らない。だからといって臆病なほど慎重になることはない。相手が何をしようとも対応できる術は持っている。自分の勝利を微塵も疑っていない。


 金髪がユックリと呻きながら起き上がる。頭を押さえながら状況を確認しているところを見ると、どうやら短い間意識が喪失していたようだ。そのことを確認してかBは間合いを詰めるべく、かといって先程のように急ぐ必要はないのか一歩一歩、踏みしめるように歩みよる。

 状況を思い出し、咄嗟に後ろに――おそらく後方にジャンプする様に逃げることが癖になっているのだろう――跳ぶが、白い壁に阻まれる。

 そんな状況下でもBがあまりにも無造作に近づいて来るので、いっそう彼を追い込む。混乱の一歩手前といった表情で怯えている。

 その様子を見てか、Bは立ち止まり一言二言声をかける。すると金髪の顔色が豹変。しかしそれは冷静になった、落ち着きを取り戻したというわけではない。怒りそしてヤケクソが支配したようだ。挑発され、まんまとひっかかったのだ。


 金髪は右手を突き出し絶叫する。

 すると蒼白い光が現れ、人を丸飲みできそうな大きさの狼の首を――特に凶悪な牙を有した顎を具現する。

「牙狼砕」――その名の通り、狼の牙は最初に喰らいついたものを砕かん勢いで噛みつく。その威力は絶大。運良く頭なり胴なりに喰らいつけばアッサリと形勢逆転どころか勝利できる。そんな切り札を何故今まで使わなかったかというと目標が至近距離にいないと使用できないという条件があるためで、Bが挑発するために立ち止まった位置、それがちょうどギリギリの間合いだったのだ。

 その威力を知っているのだろう。Bの顔が真顔に戻る、が取った行動は金髪にとってもこの映像を見ているものにも意外だった。


 ――真っ赤な鮮血が飛ぶ。


 その必殺の一撃にBはまったく慌てなかった。Bは左手を自ら狼の口に突っ込んだ。狼は差し出された腕を目標と認識してその牙を奮う。Bは大きく息を吸い、その襲いくる激痛に耐える。しかしジッとしていると狼が腕のみならず食らいつく可能性がある。そこでおそらく壁にぶつけられたとき落としたと思われる金髪の刀を拾い、何の迷いもなく左腕を肩から斬り落とす。刹那、役目を終えた狼は消滅する。地には自分で斬った肩からと牙狼砕によって喰いちぎられた肘からの二つの肉塊と熱い血が落ちる。

 苦悶の表情のB。声の限りに絶叫し、もんどりうちたいところだが奥歯を砕かんばかりに歯を食いしばる。

 逃げられることを予想して間合いをとり、体勢を立て直そうとしていた金髪はあやうく腰を抜かしかけた。Bのとった行動も信じがたい上、一連の作業の中で一度も自分から放さなかった獣の様な瞳。痛みを我慢する精神力。勝利のために狂気に近い行動ができる覚悟にだ。

 Bは刀を金髪に投げつける。特に狙ったわけではないが慌てて避ける。

 勝利の趨勢は完全に決まった。相手に飲まれては勝てるものも勝てない。それでなくとも実力の差は歴然だというのに。

 怯えた目の金髪。

 黒髪の少年は銃を模した右手の人指し指を向け、また一言。そこで彼はやっと気づいた。

 辺りをキョロキョロと見渡す、がそれは失敗だった。気づいたのならその場で警戒するのではなく逃げるべきだった。それはどこからくるか分からないし、前にはBがいる。

 スキをついて近づき、右足でのハイキック。スピード、パワー共に申し分無い一撃。何とか倒れこそしなかったものの大きくバランスを崩す。目に見える最強と見えない脅威、金髪は完全に策を失い立ち尽くす。


 刹那、勝負は終了した。後方から迫ってきたブーメランがまともに背中に突き刺さり、その事を確認するまもなく金髪は光の粒子となり、その場にブーメランだけが重力に従い落ちる。

 勝利を宣言するアナウンスが場内に流れたのか、Bは無事な右手を高々と掲げ、観客に答える。


 最初金髪に斬りかかった時、その勢いにまかせてBはブーメランの形をした剣をその形状特性を利用するために投じていた。軌道を読み落下地点にタイミングを合わせて相手を誘導、それも素手で闘いながら。といった神業をしたかのように見えるが実際は特殊能力でブーメランを操作していた。そう一言で言うと急激に難易度は下がった様な感じも受けるが、それとて並大抵の技量ではない。頭の片隅でブーメランの軌道を描きながら、油断すると自分を殺せる力をもつ敵と闘う。その困難な作業を簡単に行っているように見せる。

 ――それ故に彼は最強なのだ。



「ご覧の通りです。相手もあの世界ではそれなりの実力の持ち主なのですが、それでもほとんど相手にならないほどの実力を有しています。闘技場での戦績はもちろんそれ以外の場所での通常戦闘でも無敗を誇ってます。オールラウンダーでどんな戦闘にも対応できますが、インファイト、……近接戦闘を特に好むようです」


(ある意味完全なオールラウンダーだな)


 司会の男は企画立案の段階からそう感じていた。接近戦はいうに及ばず、中長距離に離れた敵に攻撃できる能力。一対一であろうが一対多数であろうがモノともしない戦闘力。

 正攻法がオールラウンダーの代名詞のようだが彼は奇策という点にも十分高い能力を持つ。ブーメランで牽制しながらの攻撃。もしくは投じたブーメランで止めを刺すための武器なしでの戦闘といったトリッキーな戦闘もお手のものだ。しかもどれをとっても超一流であった。


「実力はともかく常軌を逸しているように見えるが」


 誰かの一言、それが自らの腕を斬りとる行為のことを指していることを察し、


「あれは彼の常套手段です。肉を切らせ骨を断つ、まさに言葉通りです」


 起死回生、一発逆転を狙っての攻撃は誰しも強力な一撃を使いたいものである。

 『ブレイン・フィールド』での技は二種類に分類される。特殊技能と必殺技。どちらも使用した時の性質・効果は同じものだが、必殺技の欄に登録するだけで威力は50%アップする。故に登録した技によっては一撃で大ダメージを与えられる。ただし登録できる数は特殊技能が3つに対し必殺技は1つというルールがある。

 威力が高いのであれば必殺技だけ使いたくなるがリスクもある。使用後に硬直が発生する。その技によって差はあるが、時間にして数秒、身動きがとれなくなる。状況によっては命取りになりかねない。

 ゆえに必殺技をかわし、硬直中の無防備な相手にこちらが必殺技をおみまいする。これはかなり有効な手段である――上級者向けではあるが。避けることに気を取られすぎ攻撃のタイミングを逸すことはマシなほうで、避けきれないこともザラである。

 最上級者の場合、考え方は一段上にある。


「首が飛んだ、心臓を貫かれたというならそこで終了ですが、腕一本ぐらいでは、本人に闘う意思があるのなら、これは我が社も同じですが続行されます。逆に言えば致命傷さえ避ければ反撃の絶好のチャンスになりえます」


 男は淡々というが、それほど簡単な事ではない。疑似とはいえ痛みは発生する。腕を斬り落とされる痛みはどれほどのものか、それを我慢しての攻撃など確かに正気の沙汰ではない。


「再起不能と言葉はこの世界に存在しません。戦闘さえ終われば、……まあ場合によっては戦闘中でさえ傷は直せますし、彼の場合この試合後腕は再生し、もちろん後遺症もありません。次の戦いにはベストの状態に戻ります。これも我が社も同じ特質です」


 数秒ないし数十秒、それだけ我慢すれば傷は癒え、痛みもなくなる。それで勝利をもぎとれるのであれば安いもの、それが最上級者の考え方である。


「この少年に、Bだったかな、……勝てる見込みはあるのか」


 重役の一人が本題を口にする、と場の空気は一瞬ピシッと張り詰められた感じがした。


「各界の格闘家を4人ピックアップしました。強いといっても所詮知識だけの偏った格闘理論で、これといって訓練もしていない少年。また我が社ではあちらと違い武器や、従来のゲームのように派手な本来人間が使えない魔法や気功、超能力などの技を使用できません。両手、両足をもいだといっても過言ではありません。負けは……ありえません」


 最後の一言に力を込める。

 会議室が沈黙に包まれる。それぞれの頭にリスクに対しての見返りという会社レベルでの計算から、成功した場合もしくは失敗した場合の自分がどちら側についていたほうが得か、ライバルを落とす方法などの個人レベルの駆け引き、陰謀が目まぐるしくかけめぐる。


「……いいだろう」


 一番上座に座っている人間が初めて口を開く。


「榎本君、君に全てを、全権を任そう。思う通りにやりたまえ」


 その重厚なまでの重み、響きのある声に会議室が一転ざわめく。思惑、陰謀を誰一人ださないままの決定に当てがはずれた。重役の一人が異を唱えようとするが、


「社長、それは……いえ、なんでもありません」


 眉間の皺が一層深くなったのを見て押し黙った。典型的なワンマンである最高経営者の決定にここで逆らえるものはいない。


「ありがとうございます。必ずや結果をだしてご覧にみせます」


 若いみそらで企画の全権を任されたというのに興奮や気負いもなく淡々と言う、あたかも当然のように。


「うむ、ぽっとでにいつまでもデカイ顔させると我が社の沽券にかかわる。早急にな」

「既に準備は整っております」


 その言葉を聞き社長はニヤリと笑う。


「君には期待している」


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