委員会勧誘(3)
校舎から出ると、校庭一杯にテントが乱立し、テントがないところを見つけるのが難しいほどで、さながら縁日を思わせる光景だ。
あちらこちらで勧誘の声が飛び交い、新入生の腕や服が引っ張られている光景が、ここからでも多く見られる。
「おぉ凄い光景だな!なんか祭りみたいだ!」
エドはその光景を見て歓声を上げた。エステルを除いた俺たちも、少なからず圧倒されていた。
エイナはエドの後ろに隠れてびくびくしているし、アーシアは口を半開きにしてぽかんとしているし、俺も多分間抜けな顔を晒しているのだろう。
これほどの賑わいに人の密度は、国で行われている祭り程だと本気で感じていた。常に賑わっている王都でも比べ物にならない程、この学園の委員会勧誘は活発だった。
俺達の勧誘するためか、先輩達はこちらを伺っている。
驚き、圧倒されている俺達の光景は、毎年見られる光景のようで微笑ましそうに微笑を浮かべている。
「…そろそろ移動しよう。こんなところで呆けているのは邪魔になるしな。」
「そうだね。ボクも早く回りたいしね!」
エド達が頷くのを確認して、テントが乱立する通りへと足を進めた。
しかし少し歩くと、すぐに足を止めることとなった。勧誘に捕まったのだ。
勧誘の先輩達は、俺たちが動くのを待っていたかのように俺たちの周りに群がってきた。
まるで待ち構えていたかのように俺達は包囲された。
いや待ち構えていたのだろう。
俺たち一行は嫌にも目立ってしまう。
まだ少年少女といった歳ではあるが、一緒にいる三人の少女は美少女と言っていいだろう。
エステルは11歳というまだ子供と言える歳でありながら纏う、大人びた雰囲気に、綺麗に伸びた背筋がエステルの美しさを強調し、棘があるとわかっていても触れたくなる。
アーシアはエルフの特徴ともいえる神秘的な美しさで在りながら、纏う天真爛漫な雰囲気がその神秘性を打ち消し、火傷をするとわかっていても一度は声を掛けてみたくなる。
エイナはくりっとした大きな瞳に低い身長のまるで人形のような可愛さに、おどおどとした様子が相まって庇護欲をくすぐられる。
そんな美少女が三人も集まっているのだ、別に委員会としての戦力とならなくてもマスコットとして欲しいのだろう。
しかしエステルに関しては理由はそれだけでは無いようだ。エステルに声を掛けている先輩方の話す内容を聞いていると、エステルを戦力として欲しがっているようで、エステルの高い能力をよく知っているようだ。
まぁ聞いた去年のエステルの行動を鑑みれば、そうなることは必然だったのだろう。
エステルは俺と同じ委員会に入るために、特定の委員会には所属せず、様々な委員会を転々としていたようだ。
そしてエステルの真面目な性格から手を抜くという行為が苦手で、やるとなればどんなことでも全力で取り組む。そうなれば、王宮で鍛えられたその多方面に精通する、類稀なる高い能力を目にし、その身に体験することとなる。
となれば、そんな高い能力をもった部員を逃すのは惜しいが、エステルの決意をそう簡単に揺るがせるものではなく諦めるしかない、
だが今、そのエステルが新入生を伴い、勧誘のための通りを周っているのだこれを逃す手はない。
しかしエステルは「イリヤ様のご意思に従いますので」、と勧誘の人たちに宣言してしまった。
と、なると次に狙われるのは……
――俺だよなぁ
その予感は的中し、エステルの『イリヤ様』が俺だとわかると、まるでアイドルに群がるファンのように俺の周りは囲まれ、俺は拘束されてしまった。
「ねぇ君!魔闘剣術委員会に入らない!?」「いや!光魔法員会の方がいいよ!?」「そんな委員会より風魔法委員会なんてどうだい!?」「そんなとは何だ!?」「いやいや!君たちのような野蛮な委員会より魔法陣委員会で魔法の神髄を視ようではないか!?」「そんな陰気な委員会より魔闘拳術委員会で汗を流そう!」
俺の周りで、他の委員会を貶めながら俺の勧誘を行う人達は相当必死だ。
袖が引っ張られたかと思うと、肩を掴まれ後ろにこけそうになったかと思えば、襟を掴まれて前に躓きそうになる。
俺に敵意を持った人には苛烈になるエステルも、こういう時には役に立たず、俺が為すが儘にされるのを微笑を浮かべ静観しているのだ。
俺も初めはそういう物だと無理やり納得して為すが儘にされていたいたのだが、この争奪戦は終わりそうもなく、そろそろ耐えるのも限界になってきた。
――そろそろ逃げてもいいよな?
俺の服や体を掴んでいた手が離れた一瞬を見計らい、脚を一際強く身体強化を発動させて。軽く屈む。
俺を掴もうとしていた勧誘の人達は腕が空を切ったことに驚愕の表情を浮かべ、体勢を崩している。
俺はそのことを確認して特に壁が薄い方向へと地面を蹴った。
俺を掴もうとする腕は軽く振り払い、人と人との間を縫う様に体を躍らせる。
俺がいなくなったことに思考が追い付いていない勧誘の人達を尻目に、俺は人垣に紛れ込んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
特に騒がしかった、新入生が出てくる棟の出入り口周辺から離れ、一度落ち着いて周りを見渡す。
ここにも勧誘の人達はいるが、さっきまでのような勧誘に捕まれることはない。
逃げるときにエステル達を置いてきたので、今の俺だけならそこまで目立つ存在ではない。
「エステル。不機嫌になってそうだよなぁ」
俺は何時もは微笑を崩さないエステルが、拗ねているところを想像して、呟く。
「エステルがどうしたって?」
すると俺の独り言に、独特のイントネーションで言葉が返ってきた。
オレンジ色の髪をサイドにポニーテールのように纏めている少女は意地の悪い笑顔を浮かべて俺の後ろに立っていた。
「久しぶりだな。マリア。」
「それでエステルがどうしたって?」
エステルの友達である二期生のマリアはにやにやと同じことを聞いてきた。
大方、エステルと俺の関係を邪推して、からかいたいのだろう。
「いや、別にマリアが想像しているようなことは特にないぞ」
「なぁんや。おもろないなぁ……そんなんじゃ女の子、寄ってこぉへんよ?」
「……いや特にそんなこと望んでないんだけど」
マリアは俺の言葉にあからさまに落胆の表情を浮かべ、その意趣返しか何か知らないが、あざとく俺の胸を指で円を描きながら、上目遣いにこちらを見てくる。
確かに、マリアは可愛いので少しくらっと来たことは認めるが、ここまであざといと笑みが浮かんでくる。
俺が思った通りの反応が返ってこないとわかると、マリアはハァと溜息をつくと俺から離れた。
「で、マリアはこんなところで何をしてるんだ?」
「うちも勧誘に決まってるやないか!」
「マリアって委員会に入ってたのか……」
「当然や。うちは水属性が適性属性やから、水属性魔法委員会に入っとるんよ」
「へぇー」
マリアはこの学園を卒業したら商人になるらしく、この学園には貴族へのコネや自衛のための技術を身に着けるために入学してきたらしい。
俺はそう聞いたので、委員会に入っているとは思っていなかったのだが、以外にも委員会に所属していたようだ。
マリアは俺の適性が召喚だと知っているので特に勧誘するつもりは無いようで、俺が歩き出すと横に並んでついてきた。
勧誘の仕事をさぼってもいいのか、ということは聞いても無駄なのだろうな。
勧誘のために集まってくる人たちを軽く、流しながら通りを歩いていく。
「おっなんか人だかりができてるやん。どうしたんやろな?」
マリアの言う通り、通りを少し進んだ先には人だかりができており、そこは周りと比べて騒がしかった。
さっきのように美少女が勧誘に捕まっているのかと考えた。
――嫌な予感がするなぁ
理性的に考えれば勧誘の人達が勧誘のために誰か新入生の周りを囲っているのだろう。しかし、王子として生きてきた面倒ごとの予感が警笛を鳴らしている。
「ちょっと違う場所を見に行こう」
「なんでや。いきなりどうしたんや!」
俺は予感に従い、いきなりのことに驚いているマリアの腕を引いてその場から離れようとした。
「――イリヤ君!やっと見つけたぞ!」
その人だかりの中心から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
――あぁなんで嫌な予感はこうも当たるのだろう
俺の面倒ごとの予感は的中し、誰かを囲んでいた人だかりの大半が、その声の向けられた対象である俺の方を一斉に見た。
奇異、興味、怪訝と様々な感情の篭った視線が俺を刺す。
「すまない。少し通らせてもらうよ」
人だかりの中心から声が響くと、モーゼの奇跡のように人だかりが割れ、中心から紅と言えるほど赤い髪をポニーテールにした野生のような鋭い雰囲気を持つ女性が、二人の少年を引き連れて俺に向かってきた。
周りにいた人たちは俺たちの話に興味があるのだろう。次は俺を含めて囲ってきた。
――クッ逃げ道がふさがれた
俺は内心を表に出さず笑顔で対応する。
「——そんなに嫌そうな顔をしなくても……」
隠せてなかったようだ。
会長は俺の反応に少し傷ついたように眉根を寄せた。
そんな顔をされると罪悪感が沸いてくる。
「それでどうして俺を待っていたんですか?特に用はないと思いますけど……」
「っ!貴様!会長がお前のために待っていたというのにっ!なんだその態度は!?」
「……こちらは誰ですか?」
俺は疑問に思っていたことを率直に会長に尋ねると、会長の後ろについていた少年の一人が憤怒の表情で俺に詰め寄ってきた。
やっぱり会長は面倒事を持ってくるようだ。
訂正。
罪悪感なんてこれぽっちも沸かないわ。
俺に詰め寄ってきた少年は会長と一緒にいることから生徒会に所属していると推測される。
だからと言って、知らないことは知らないので、この少年が怒っているのは置いておいて、会長に尋ねる。
「あぁ紹介をしていなかったな。こっちは3期生の生徒会書記のアンデルス・ミルヴェーデンだ。で、こっちは――」
「いや、俺は自分で言う。」
アンデルス・ミルヴェーデンと呼ばれた少年は、茶色い髪の毛を目の位置にまで伸ばして、少し鋭い目つきをしている。体は細く、お世辞にも強そうには見えないだろう。
歳はわからないが、苗字があるのなら貴族と思われる。歳は貴族であれば最低基準ぎりぎりで入るのがほとんどなので10歳だろう。
茶髪の少年は俺に無視されたことを顔を真っ赤にして憤っていた少年で、会長に紹介されて不承不承といった様子で俺のことを睨みながらも軽く会釈をした。
もう一人を会長が紹介しようとしたところで、本人が自分で紹介すると、前に出てきた。
赤茶色の髪を短髪に切り上げ、鋭い赤茶色の眼に頬に傷がある厳つい顔をしている。身長は170㎝近いだろう。俺が見ようとすれば見上げる必要がある。
「俺は4期生の生徒会副会長のジゼル・グレイだ。歳は11だ」
「知っているかもしれませんが、イリヤです。よろしくお願いします、ジゼル先輩」
「あぁ」
ジゼル先輩が差し出してきた手を握って、礼儀として俺も自己紹介をする。
ジゼル先輩は筋肉質な体とその厳つい顔が相まって、相当な威圧感を放っている。前に立つと委縮してしまう人がほとんどだろう。
俺のどこかわからないが、琴線に触れる部分があったのか。面白い奴だな、とにぃっと笑うが、その顔は野獣や猛獣と言われても納得できるほどの迫力があった。
魔法使いも行軍や探索で潰れてしまっては意味ないので、最低限筋肉や体力をつけているのがほとんどだ。というか、そうでなければ使えない。
しかし、必要以上につけようとする人はそう多くない。
なぜなら魔法使いを目指す人は学者気質の人が多い。そうでなければ魔法を極められないというのが理由だ。
そのため体を鍛えているのは元から魔法を絡めた近接戦闘を扱う物だけだ。
そこからジゼル先輩も魔闘術を使うのだろうと推測できた。
「それで俺に何の用なんですか?」
「あぁそれはだな……」
そういいながら会長が浮かべた笑みは不吉な笑みだった。
「イリヤ君。生徒会に入らないかい?」
――あぁやっぱり……
再度、どうして不吉な予感は外れないのだろう。そう嘆かずにはいられなかった
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