旅立ち?
遅くなりすいません!
周りを壁に囲まれた訓練場のようなところの中央で、一人の男とまだ10歳にもなっていないような少年が対峙していた。
二人は武器を腰に下げ睨み合っている。
その腰に下げてある武器は反りの入った独特な形をしており、男の持っている武器は紅を中心とした鞘で包まれており、その鞘には金で炎のような模様が刻まれている。
少年が持っている武器は蒼を基本として夜の海を映しこんだかのような色合いで構成された鞘、その鞘の縁には金色の金具がつけられている。鍔には龍と雲が模られている。
少年はその武器…刀と呼ばれる武器を反りを上向きに左腰に下げ左手は鞘を持ち、右手は黒い柄巻で包まれた柄を握って、体を半身に腰を落として構えている。男はまだ鞘に左手をかけているだけで自然体だ。
だが、二人の間には緊迫した空気が流れており、ピリピリと空気が震えているように感じる。
先に動き出したのは男の方だ。
普通なら武器を持った大きな男が地面を蹴って突っ込んで来れば、恐怖で足が竦んで動けなくなるだろう。
だが、少年はまるで何も感じてはいないかのように表情を変えずに迎え撃った。
「……シッ!」
男は刀を鞘から抜きざまに少年を切り付けるが、少年は体を捻るだけで刀を避ける。
男は避けられたことに動揺もなく、刀を翻すと袈裟切りを放つ。
それを少年は切り上げで打ち合わせると、甲高い音が鳴り響く。少年が、男の力に負けることなく、両者、刀がはじかれるが、そのまま、二人は何度も角度や速度を変えながら刀をぶつけ合う。
その二人はまるで舞を舞うかのように刀を合わせ、体を翻し、立ち位置をクルクルと変え続ける。
どちらも刃が体に届くことはなく、訓練場に鉄を打ち付ける、甲高い音が鳴り響くだけだ。
鳴り響いていた音が止まったかと思うと、二人は鍔迫り合いになっていた。
だが、さすがに体格に差があり、男が上から少年を押し付けるように押し合っている。
少年は押し切られないうちに、それに逆らわないように右下にそらすと、刀を右手に、逆手に持ち替えると、その勢いのまま柄で男の顔に殴りかかる。
だが、男は顔を逸らすだけで避けると、刀を返して斜めに切り上げる。
それを少年は殴りつけた右手を引き逆手のまま剣を受け流す。
男は、流れるように刀を返し、少年に真上から振り下ろす。
それを少年は刀を両手で持ち直し、その攻撃を刀を倒して受け止める。そのまま、少しの間、押し合いになるが、男が少年を蹴り飛ばしたことで中断される。
しかい、少年はその攻撃に逆らわずに後ろに跳んだようで、少し苦悶の表情を浮かべるだけで、目に見えるダメージはないようだ。
そのことで二人の間には大きく距離が開いたが、男は油断なく刀を構え、少年も体勢を崩さず着地し、刀を構える。
が、少年は何故か刀を鞘に戻した。
しかし、それを見ても、男は構えをとかず、より一層腰を落とした。
少年は鯉口を切ると、ゴォンと音が鳴らし地面が揺れるほどの力で地面を蹴り、二歩、三歩と、蹴るごとに加速し、音に迫るほどの速度に達する。
「シッ!」
鋭い息を吐き出し、その勢いのまま刀を抜き放ち、男に切り付ける。
所謂、居合と呼ばれる技だ。
男はそれを力任せに下から切り上げる。少年はその流れに逆らわずに飛び上がった。
しかし、いくら体制を崩されたからと言って飛び上がるのは悪手だ。
当然だ。人間は、空中を自由に動くことができないのだから。
男は剣を右下に構えると、少年が落ちてくるのを待つように力を込めた。
「……ハッ!」
だが、少年は、最高到達点に達すると、体を回転させ頭を地面に向ける形になると、何もない空中に着地するように屈むと、空中を蹴った。
人間では有り得ない動作を男はまるで、そのことがわかっていたかのように、驚くこともなく、少年に向かって剣を振り上げた。少年も右上から袈裟切りを放つようにして迎え撃った。
――ズンッ
少年の落下によるエネルギーを伴った刀が、ぶつかり合ったことにより、男の足は地面にめり込んだ。
しかし、当然、空中にいる少年と地面にいる男とでは、力の入り方が違い男が勝つのは必然だ。
少年もそれがわかっているからか、刀がぶつかると同時に軽く空中を蹴ると、その刀を中心に回転し、男の背中に回り込む。
男は体を回転させながら少年がいるであろう空間を切り付けるが、そこには何もない空間が広がるのみだ。
さすがに男もそれには面食らったのか少し目を見開くが、後ろから風切り音が聞こえると、即座に体を反転させる。
すると、いつの間にそこに現れたのか、少年が刀を横に倒して振るっていた。
男はそれを真っ直ぐに刀を立てて、受け止めるが、少年の攻撃はそこで止まらず、その勢いのまま体を旋回させ、後ろ回し蹴りを顔に向かって放つ。
男は体を屈めてかわすと、そこには少年のもう一方の足が迫っていた。
男はそれを両手を交差して受け止めるが、少年の見た目には似合わない力でそのまま吹き飛ばされる。
二人に距離ができたところで、少し睨み合った後、二人は構えを解き、刀を鞘に納めた。
それと同時に、二人の間に流れていたピリピリした空気が霧散した。
男は短く息を吐きだした後、少年に近付き、話し始めた。
「いやーお前も強くなったもんだな。最後、俺を吹っ飛ばすとはな」
「いや、あれ特にダメージはなかったでしょ。ていうか、まさか転移した後の一撃をふさがれるとは思いませんでしたよ」
「結構ぎりぎりだったがな。背後を取られたから、見てみれば…まさかお前がいないなんて思いもしなったぞ」
「それ、師匠が本気を出せば全然いけたでしょ」
「それは、お前もだろイリヤ。それに八歳でそのレベルってのがおかしいんだよ……」
男…師匠は誇らしいような、呆れのような表情を浮かべた。
そう、今まで戦っていたのは俺と師匠だ。
俺はもう八歳になっており、今日から魔法学園に通うことになっている。そのため、今日はいつものハードな修練」をやめ、実力を確かめ合うような、短い立ち会いとなった。
俺は8歳になるまで、毎日のように刀の修練と魔法の修練を繰り返した。
――刀の修練はきつかったなぁ
刀の習練は思い出したくもない程、過酷なものだった。
少しでも勝てるように、と前世のアニメなどの空想のものをも元にしながら、自分で刀の技を編み出しながら修練を続け、今では魔法も絡めたならば師匠と良い勝負が出来る程になった。
俺は、今までの過酷な訓練を思い出しながらも、師匠には心の底から感謝していた。
どれだけ過酷で死にそうな思いまでしたとしても俺がここまで強くなれたのは紛れもなく師匠のおかげだ。
――いや、やっぱりもうちょい甘くしてくれても良かったと思う。
ま、まあ強くなれたことには違いないので、感謝はしなければならないだろう。
「師匠。今までお世話になりました。……俺をここまで強くしてくれてありがとうございます」
「改めて言われると照れるな……。それと、強くなったのはお前の努力の成果だ」
師匠は後頭部をガシガシと掻き、粗暴な態度に似合わない照れ方を見せた。
俺はそんな師匠を見るのが初めてで頬を緩めていたら、睨まれたので顔を逸らした。
「はぁ……。……一応言っておくが学校でも鍛錬を怠るんじゃねぇぞ」
「当然です!」
「じゃあ楽しんで来い。」
「はい!」
師匠はそれだけを言うと拳を差し出した。
俺は師匠が何を望んでいるのかを察すると、拳をこつんとぶつけ合った。
そのまま師匠は背を向けると、軽く手を振りながら訓練場を出て行った。
『マスタ~。もうすぐ時間だよ~!』
「そうだな。行くか」
師匠が訓練場から出ると、上から見ていたローズが下りてきて、俺の肩に留まると、急かすように頭をつついてきたので、頭を撫でて落ち着かせると転移を発動させた。
視界が切り替わって、次に目の前に見えたのはソファに座っている数人の人影だ。
「そっちは終わったのか?イリヤ。」
「うん。師匠とはもう別れを済ましてきたから。」
父さんは満足そうに頷くと周りを見渡した。
俺も一度周りを見てみると、ソファに座っているのは母さんとシャル母さんとローラ母さんがソファに座っていて、その後ろにシュティ姉さんとクリス兄さん。
そしてもう一人、短く切りそろえられた金髪、そしてローラ母さんに似た碧眼には理知的な光を携えている。細い顔立ちと相まって雰囲気は学者のようだ。
そう。この人は俺のもう一人の兄である、ローラ母さんを母に持つ第二王子のシュテファン・アベル・ロン・フェルミーナだ。
シュテフ兄さんは、シュティ姉さんやクリス兄さんの一歳年下で、クリス兄さんの補佐をするために政治の勉強をしている、見た目通りの頭のいい人だ。
俺と父さんの話が一段落つくと、クリス兄さんが話しかけてきた。
「イリヤ。学園では貴族でも平民でもいいから、自分の信頼できるような相手を見つけるといいよ。」
「私からはね。貴族にもいろんな種類がいるわ。だからね、学園で信用できるかどうか見極めてくるといいわ。」
クリス兄さん、シュティ姉さんは自分が学園での経験を教訓に、教えてくれた。
今のは教えてくれたまだ一部で、他にもいろんなことを教えてくれた。
……心配してくれるのは嬉しいんだけど、何かの標的にされたり、不当な評価がされそうになったら相手を潰すだとか、物騒なことを言うのはやめてほしい。
十分近く心配され続けた間、シュテフ兄さんは一言も喋らずに見ていた。
「シュテフ。君も何かいいなよ。」
「そうだな。一応言っておくとしたら…イリヤは賢い。だから、もしそれ以上にいろんな知識を収集したいのなら魔法学園の図書館に行くといい。あそこには多くの蔵書が置かれているから。」
クリス兄さんに促され、シュテフ兄さんは、感情を感じさせない抑揚のない声で声で話した。声と内容があってないのはこの人の性格ゆえだ
……まぁこれが普通で、俺が嫌われているってわけじゃないからな。
「あなた……ほんと照れ隠しの仕方変えられないものなの?」
「なっ何を!僕は照れてなんていないっ!」
シュティ姉さんに図星をつかれ、シュテフ兄さんはさっきまでの態度が仮面のようにはがれ、感情を表に出して狼狽えだした。
そうシュテフ兄さんはあがり症で、それを隠すためにずっと無表情で機械のような喋り方をするようになっていて、俺たちはみんなそれを知っているから温かい目で見ていた。
それに気づいたシュテフ兄さんは声を荒げて憤るが、それを見ても誰もが温かい目で見続けるだけだ。
これもいつものことで、俺も初めての時は驚いたけど今ではもう慣れている。
シュテフ兄さんがからかわれているのを横目に、兄さんたちが座っているソファから机を挟んだ側のソファに座っている人たちに向き直る。
そこに座っているのは俺の魔法属性の教師である二人だ。
俺に時空間魔法を教え、そしておじいちゃんのように接してくれた典型的な魔法使いの格好のクリストフおじいちゃんと、召喚魔法を教えてくれた元気なエルフのお姉さんのリーゼロッテ先生だ。
「イリヤ。お主は儂でも驚くほど時空間魔法を使いこなしておる。新しい魔法も作れるほどじゃしのう……。だからもう免許皆伝じゃ。」
「ありがとうございます!」
クリストフおじいちゃんは俺の知り合いの他の人なら、魔法を作ると呆れられるようなことを誇らしそうに褒めてくれた。
この人も爺馬鹿?だからか、成功とかすると俺が嫌になるほど褒めてくれる。
魔法を作ることは偉業だ。
もとからある魔法を少し変える程度は良く行われていることだ。
しかし、既存の魔法とは大きく異なる魔法は、新しい魔法として登録される。
俺は現代の知識を使って、この世界では考えられないような魔法を開発して、みんなに何度も呆れられたものだ。
「イリヤちゃん。あなたが召喚魔法の適性があったのに、ほとんど使えなかったのが、あなたにあんな能力が持っているのが理由だったとは思わなかったけど……。あれほどの能力を持っているのだったら納得だったわ。
当然、私からも免許皆伝よ!」
「ほんっとすいません。召喚魔法の教えてもらえることが少なくて。」
「大丈夫よ!私も楽しめたからねぇ。」
リーゼロッテ先生には召喚魔法を教えてもらうはずだったのに、俺が召喚神術が使えたことで、使用できる魔法はそんなに多くなかった。
そのため教師として召喚魔法を教えてもらうことが多くなく、ほとんどが冒険者としての知識を教えてもらうことばかりだった。
そのことに関して、少し悪いなって罪悪感を感じていたのだけど、この様子なら杞憂だったようだ。
二人は教師として、魔法の訓練を怠らないようにというと、教師としての二人は鳴りを潜め、おじいちゃんとお姉さんとして心配してくれた。
ローズもみんなから撫でられたりしてご満悦のようだ。
俺は、今日から行くのは魔法学園で、永遠の別れでもないのに大げさだなって思いも少しはあったけど、みんな、俺のことを心の底から心配してくれていて、その思いに鼻の奥が熱くなった。
――あぁこの家族のもとに生まれて良かった。
そう思えるほどに、この場所が大好きだ。
「それじゃあ行ってきます!」
「「行ってらっしゃい!」」
みんなとの別れを済ませ、変装のための魔道具…指輪型のものを受け取り、指に嵌めた後、みんなのほうを向き直り、悲しさを振り切るように元気よく告げるとみんな寂しがりながらも、表面上はそれを見せないように俺を送り出してくれた。
「じゃあローズ行くか」
『わかった~』
ローズに一度声をかけると魔力を練ると、その場から消えた。




