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明日世界が。

作者: 朔良

 明日、世界が滅びたらいいのに。

 全部全部、無くなってしまえばいい。


 電車の中、流れていく景色をほとんど睨みつけるように顔をしかめて、私はそう願った。


 たかが失恋。

 されど失恋。


 メガンテでもバルスでもなんでも、唱えられるもんだったら唱えたい。

 明日なんか永遠に来なきゃいい。

 ブブブ・ブブブ

 バッグに突っ込んだ携帯が震えてる。

 誰かのツイートかそれとも…。

 いつもなら、誰かとつながってたくて、強迫観念に憑りつかれてるようにすぐ反応せずにはいられないのに、今はそれも億劫で……ううん、あいつ以外の誰かとつながりたくなくって、シカトを決め込む。


「……うぅ」


 ぎゅっと瞼を閉じて、私は目頭の奥からこみあげてくるものを抑えこんだ。

 電車の中で泣いてたまるか。

 それに、泣いたりしたらきっと、今はまだ痛すぎて現実感のないさよならが、容赦なく襲い掛かってくる。

 泣くもんか。……認めるもんか。

 でも、泣こうがわめこうが暴れようが現実は現実で。

 今更なにしたって、起ってしまったことが変わりっこないのは、歯を食いしばってるこの瞬間だってよくわかってる。


 なんでかな。

 なにが悪かったのかな。

 どこで間違ったのかな。

 大好きだったのにな。


 頭の中でくるくる回る疑問符の羅列。


 まさか、振られるのが初めてなはずもなく。

 恋人だって友達だって、何度も失ってきた。

 なのに今回は。

 なんで、こんなに痛いんだろう。

 今まで、どうやって諦めて、どうやって忘れてきたか、全然思い出せない。

 自分の心と向き合おうとすることすら痛い。

 どうして。どうして。どうして。

 そればかりで。


 やっぱり、明日世界が滅んだらいい。

 あいつがいないなら、なんにもいらない。 

 全部なくなればいい。 


 どす黒く煮えたぎる思いを乗せて、電車がいつもの駅に着く。

 私は、条件反射のように、ポケットの定期を握ってホームに降りた。

 秋の深い夜の匂いと喧噪。

 賑やかな繁華街を…陽気で幸せそうな“誰か”達の姿にギュッと唇を噛む。


 ……明日世界が。


 胸の中の黒い染み。

 

 私は、くるりとネオンに背を向けて、狭い1DKの方に歩き出した。

 自分のとらわれてる不幸がちっぽけな物だって、みんなそれぞれ悩みや痛みを抱えて、それでもがんばってるんだって、頭ではわかっていても、世界を呪うことを止められないまま。


「…ああ、そっか」


 ああ、そっか。

 だから、か。


 ぎゅっと奥歯をかみしめる。


 だから、駄目だったのかな。

 だから、間違ったのかな。

 大好きだったのにな。

 …大好きなのにな。

 

 なら。

 今、私が消えちゃえばいい。

 たかが失恋で世界の終わりを願う醜さごと全部。

 現実を受け入れられない弱さごと全部。

 消えちゃえばいい。 

 自滅する呪文ってあったかな?

 世界を道ずれとか、誰かの身代わりとか、仲間を救うためとか、そんなんじゃなくって。

 バカな自分だけを消してしまうシンプルで合理的な呪文。

 こんな時に相応しい呪文が全然思い浮かばない。


「はは……」掠れた笑い「……何考えてるんだろ、かっこわる」


 振られて上手に落ち込むこともできないとか。

 なにやってるんだか。

 ダメージが許容量をオーバーしてるな、多分。

 

 盛大なため息をひとつついて、鍵を開け暗い部屋に入る。

 靴を脱いで、バッグを玄関に放り投げ、最低最悪の気分でベッドに倒れ込む。

 着替えるのすら億劫で、私はもそもそと虫みたいに這って毛布の中にもぐりこんだ。


 見栄っ張りで、醜くて、弱虫で、馬鹿な私は、世界を破滅させる呪文も自分を消滅させる呪文も知らない。

 でも、泣き始めるための呪文ならわかる。知ってる。


「もう、いいよ」


 我慢しなくていい。

 小さな私のお城の、小さな砦の中なら。

 毛布にくるまって、私は子どものように声を上げて泣いた。

 終わらない世界に。夜が明ければ何食わぬ顔をして始まるだろう明日に、抗議するように。


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