【PASSION】
ヨーコとジェラルドのある日の休日。
side:ジェラルド
子供の頃から、大人の顔色を伺い愛想笑いも出来るようになり、いつの間にか諦めるのが上手く、何処か冷めた子供になっていた。
心許せるのは、父と幼馴染みの少年。
今まで形振り構わず何かを欲した事なんて無かった。
貴女に会うまでは――。
愛する人と結ばれて、一度に二人の子供にも恵まれて毎日が幸福な日々。
それでも、心の奥には…。
朝、目が覚めると鏡の前で懸命に黒髪を梳かしている妻の姿。
鏡越しに目が合い、朝の挨拶を交わす。
「ヨーコさん、最近俺とばかり居て、あいつは何も言ってこない?」
「…あいつって、アースレイの事?」
勿論“あいつ”とは、この国の王、アースレイ。
ヨーコさんにとっては第一夫。俺にとっては幼馴染み。
「また、いつもの喧嘩?」
「だ、だって…。アースレイが――」
ヨーコさんはしゅんとする。
喧嘩の度に俺の所に来る。それはそれで嬉しい気持ちはあるけど、元気の無い彼女を見るのは少し気が引ける。
俺はヨーコさんの手から櫛を取り、黒髪を梳かしてあげる。
「伸びましたね」
「う、うん…」
「ヨーコさん?」
「ジェラルドさんも切ったらダメって言うの?」
「え?」
「だって、切ったらダメだって言われて…」
「誰が?」
「シュカ」
あの『霊獣』未だにヨーコさんの髪に触れているのか。
―――俺の心の奥に真っ黒な小さな染みが出来る。
「アースレイは“俺が切る”って言うし。さすがにどんな髪型にされるか不安で――!!」
途中まで言いかけて“しまった”という顔をする。
「ジェラルドさん!アースレイには言わないで!!絶対よ!!」
と、念を押される。
そんな必死な姿な姿に――。
俺の心の奥の染みは大きくなっていく。
「今回の喧嘩の原因はもしかして――それ?」
「っ!!」
ヨーコさんは押し黙る。
図星だ。この二人の喧嘩なんて毎回この程度だ。
そして、相変わらずこの人は嘘が下手で隠し事が出来ない。
まぁ、そういう所も可愛いと言えば、可愛い。
俺は黒髪をひと房手に取り、唇を寄せる。
「切る切らないは、ヨーコさんのお気に召すままに」
「ジェ、ジェラルドさん!! 」
ヨーコさんは俺の行為に真っ赤になっている。
「長い髪のヨーコさんも可愛いし、短い髪のヨーコさんも見てみたいな」
「う~」
赤い顔をして何故か唸っている。ますます可愛い。
「少し、出掛けませんか?」
「え?でも、お仕事は?」
「今日一日ぐらい休んでも大丈夫ですよ。それに貴女を独占出来るいい機会ですので、これからも頻繁にアースレイと喧嘩して下さい」
「………」
行き先は、あの草原。
ヨーコさんが行きたいと言うので、そこはかつて一緒に二人で来た事が。
あの時は、俺がヨーコさんに――。
雲ひとつ無い晴れた日。
吸い込まれそうなほどの蒼穹。
風が横に眠る愛しい人の黒髪を揺らしている。
木陰で休んでいる内に眠ってしまった、ヨーコさん。
身体を俺に預け規則正しい寝息が聞こえてくる。
いつもの事だが、あまりにも無防備だと思う。安心しきっている。
もし目覚めた時、ここではない異なる場所に連れてしまったら、ヨーコさんはどう思うだろう?
そして、誰も知らない秘密の部屋に閉じ込めてしまったら?
俺の心の奥の醜い染みは色濃くなっていく。
あの時は貴女が欲しくて、どうしても欲しくて。
手に入れた後も、無理矢理にでも奪いたい衝動に駆られる。
そんな劣情を持っている事を知ったなら、貴女はどう思うのだろう?
俺は貴女を悲しませ、苦しませるだけの存在。
いっその事、俺なんて居ない方が。
やはり、要らない人間なんだ。
「ご、ごめんなさい!私、いつの間に眠ってたのかな?起こしてくれても良かったのに……」
俺の身体から離れ、眠そうに黒い瞳を瞬きさせる。
「ヨーコさんの寝顔が可愛かったから見ていたかったんです」
「――っ!!!!」
俺の言葉で一瞬にして目が覚めたんだろう。黒い瞳は大きく見開いている。
「ヨーコさん」
「なななな、なに?」
「俺が居なければ、今頃アースレイと二人で幸せになってるんでしょうね」
「?」
「貴女方二人を見てると、時々そんな風に思う事があるんです」
「――ジェラルドさん」
「やはり、俺は要らない者なんだ」
ふと、漏れる言葉。いつも心の何処かにあった言葉。
誰かに求められたい、必要とされたい、愛されたい。
渇望と諦めの中で生きてきた。
俺の瞳を見入る黒い瞳に煌く一筋の光り。
「ジェラルドさんが居なくなったら」
「………」
「シュカに言う」
「?――シュカ?」
「シュカにお願いする。もう一度ジェラルドさんに、私の夫に会わせて欲しい、と」
「ヨーコさん」
「私がこの世界から消えてしまった時、貴方が願ってくれたように」
「!」
「でも、今は私だけじゃないわ。ヴァンもフィーもシドさんも、そして、アースレイも。ジェラルドさんの事を想ってる」
そこまで言うとヨーコさんは立ち上がり、腰に手をあて、ビシっとした態度で続ける。
「第一、ジェラルドさん!!私に内緒で何処か行こうと考えてるの?行き先はちゃんと言ってからでないとダメなんだからね!!」
苦笑する。
貴女は聡い。わざと知らない振りしてズレた事を言う。
俺の言った言葉を何事も無く流してしまっている。
俺も立ち上がり、抱き締めてしまう。なんて可愛らしい人なんだろう、と。
「ヨーコさん、どうしてここに来たんです?」
「え?だって…」
何故か言い難そう。でも、少し照れている?
「だって、ここはジェラルドさんが…ぷ、プロポーズしてくれた場所で。この世界で出会って貴方が私を選んでくれた思い出の場所だから!」
そうだ、貴女はいとも容易く、俺の心の奥の消えない染みを昇華していく。
きっと、この先も心の染みは完全に消える事は無い。
でも、貴女が居れば少しずつ薄く綺麗なものへとなるだろう。
「ヨーコさんも、俺を選んでくれてありがとう」
翌朝。
いつものように国王の執務室のドアをノックする。
が、返事が無い。
ドアを開け、中を確認する。誰も居ない。
あいつ、何処へ?
机上はいつも以上に整理されており、小さなメモを見つける。
“G”
「G」――俺宛て?
“G”
今日は俺が休む
あとは、宜しく
“E”
ふ~ん、そういう事か。
仲直りでもしたか。
あいつとヨーコさんが行きそうな所をいくつか思い浮かべる。
あとを追って邪魔でもしてやろうか。
でも、まぁ、今回は止めておくか。
俺はペンを取り、メモの余白部分に一言書き込む。
“E”
仲直りもいいが
喧嘩もしろよ
“G”
【PASSION】END
これにて、本編&番外編共に完結です。
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何より、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。




