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第二章 常冬の魔女の街

「ねえ、今日のごはんは、やっぱり、アレなの?」

 女の人だ。女の人の声がする。女の子の高い声だった。

「そうよ」

 これも女の声。さっきとは別の声。どちらかと言うと落ち着いた低い声だ。

「どうやって食べる感じ?」

「煮て食べても焼いて食べても美味しいわよ」

「生はやめてよね。とても食べれないからっ」

「やっぱり丸ごとカリッと揚げるのが良いと思うんだけどな」落ち着いた声。

「やだ残忍すぎるっ。油に入れた時の苦しそうな叫び声を聴きたくないよっ」高い声。

「それだからテレサはいつまでも小さいのよ。神経質だと大きくなれないわよ」

「なによぅ、クララは私の妹でしょ! 上から目線で言わないで!」

 女同士で言い争っている様子だった。

 俺はいつの間にか着替えさせられていて、その質素な黒い服姿のままベッドから立ち上がり、更に詳しく様子を見るために声のする方へと音を立てないように歩いた。物陰から聞き耳を立てる。

「はいはい、良い子だからもう少し静かにしてね」

「うゆぅ……それにしても……やっぱり殺すのはやだよぅ」

「本当にテレサは子供ね。いい? 人はね、生きているものを殺して生きるしかないのよ。それが人の背負った罪なの」

「そんなの知ってるよっ! 確かに殺して食べないと、私たちは生きていけない。でも、あれは殺しちゃいけない気がするっ」

 ――殺す?

 何を物騒な話をしているんだ。

「いい? テレサ、殺すのなんて普通よ。だって、あたしたちは魔女なんだから」

 魔女だって? あの恐ろしいと名高い魔女だと?

 ということは……まさか、俺は今、調理されようとしているのか!

 ガタン。

 しまった。動揺して物音を立ててしまった。

「ん? 目覚めちゃったかな」

 気付かれたようだ。どうしよう、逃げなくちゃ逃げなくちゃ。魔女に殺されて煮て食われる。

 タッタッタッタ、と軽い音が漏れ入ってくる。魔女が走って近付いてくる足音。こわい。

 耳を塞ぎたい。何をされるんだ。食われることはわかっている。殺されることが決まっているなら、せめて苦しまずに死ねるようにしてくれ。

「あの、何で耳ふさいでるの?」

 微かに聞こえた声。

 目の前に現れた顔は、魔女というよりも天使のような顔だった。綺麗な顔立ちの中にも幼さの残る、まるで少女のような……。

「あ……えっと……」

「うん?」

 首を傾げているのは、俺が着せられているのと同じような質素な黒い服を着て、透き通るような薄い水色に輝く短い髪をした小さな女の子で、なんていうか……ぬいぐるみにして部屋に飾りたい感じの子で、正直に言うと、俺は一瞬で恋という名の底なしの穴へとダイブしたらしい。

「あ、あの……名前は……」

 俺が訊くと、高い声で、

「テレサだよっ」

 なんという可愛さ。たまらない。

「テレサ、どうしたの、急に走りだしたりして……って、あら?」

 もう一人の魔女も俺の目の前に現れた。金髪だった。こちらの魔女は美しかった。そして何と言ってもその胸。質素な黒い服の胸元からはみ出さんばかりの豊かな胸。

「こっちはね、クララ。私の妹なの」

 テレサが紹介してくれた。これは、俺も自分自身を紹介しなくてはならないな。どうやら煮殺すつもりではないようだし、俺はホッと安堵の溜息をついた後、

「俺の名は、ピエール。魔王だ」

 と自己紹介した。

「ま……魔王……?」

 驚愕する大柄の魔女。

「魔王って、あの魔王かなっ?」

 テレサが慌てたように言ったので俺は言ってやる。

「ああ。あの、魔王だ。俺が腰に帯びていた剣があっただろう。あれが、魔王の剣なんだ」

 すると二人は一気にずざざと後退り、地に手を着いて俺に頭を下げた。

「ははーっ」

 それはまるで、某長寿時代劇ドラマで、悪事を暴かれた上にコテンパンにされた人々のようだった。

「えぇ……二人とも……何でそんな……」

「魔王さまと言えば、魔女を統べる存在。あたしが平民だとしたら、魔王さまはその名の通り、王様です」

 クララという魔女はそう言った後もずっと頭を下げ続けていて、テレサも同様だった。

「二人とも顔を上げてくれ。俺はそこまで平伏したりされると、かえって困っちまう。まず、聞きたいことがいくつかあって…………ここは、どこだい?」

「ここですか……ここは……魔女の街です」

 名称じゃなくって、世界全体で見たらどの位置かって聞いてるんだけどな……。

「だから、それはどこなんだよ……」

「魔女の街ったら魔女の街だよっ」

 テレサはそう言って、ニコニコ笑った。

 結局どこだかわかんねぇ。でもテレサが可愛いから許そう。



「くるっぽー」

 俺たち三人の居る調理場で、白い鳥の鳴き声が響いた。

「さて、それじゃあ丸ごと揚げるのはやめにして、切り刻んで唐揚げにしようね」

 妹であるクララが言った。妹の方が身体が大きく、姉妹逆にした方がしっくり来るような二人であったが、俺にとってはどちらが姉だとか関係ないぜ。

 なお、どうやら調理しようとしていたのは俺ではなく、鳥のことだったようだ。今にも捌かれようとしている真っ白いハトは、つぶらな赤い瞳で俺を見つめていた。思わず目を逸らす俺。そしてテレサとクララの会話が始まった。

「ね、クララ、このハト、美味しそうだけど、可愛いから殺してほしくないな」

「何を言ってるのテレサ。今この魔女の街ではハトが増えすぎてるって知ってるはずでしょう。どうせ殺されるのよ。それならあたしたちの血肉になった方が生産的だと思わない?」

「凄惨だよ」

「言葉遊びしないの。真面目な話よ。これは深刻な問題なの。ハトが増えすぎて魔女の街のシンボルであるカラスが減り続けているのよ。何とかしないと魔女の街じゃなくてただの平和な街になっちゃうわ」

「それはそれでいいじゃないさっ。私は平和が好きだよ」

「だからね、テレサ。ここで殺さなくても、いずれ街の人々のハト狩りが一斉に始まってこの子は……」

「じゃあさ、じゃあさ、ウチで飼えばいいじゃん。この子は他のハトとは何か違う気がするの、目も赤いし。だから……」

 目が赤いのは、そんなに珍しいことではないと思った。

「テレサ!」

「な、何よ……」

「わがまま言わないの!」

「やだ! ちゃんと世話するからっ。この子は殺さないで!」

 まるで漫画のようだ。拾ってきた子猫を飼いたがる子と、捨ててきなさいと言う親が二人の背後に見えた気がした。

「そこまで言うなら……」

「……いいの?」

「まだ良いとは言っていないわ。魔王様に決めてもらいましょう」

 クララが言って、黙って二人の会話を眺めていた俺の方を見た。どうやら俺に決めろということらしい。

「俺は……このハトは殺すべきじゃないと思う」

「ふぅ……魔王さまのために料理しようと思っていたんだけど、そう言うのなら仕方ないわね」

 テレサが、殺したくない、飼いたいと言うのだから、ここはやはりテレサの信頼度を上げてフラグを立てておかなければならないだろう。

「さすが魔王ねっ、話がわかるっ!」

「テレサ! 調子に乗らないの」

「う……ごめんなさい」

 おこられていた。

「くるっぽー」

 真っ白いハトはといえば、自分が殺されるかどうかといった会話の中で、平和そうに鳴いたりしていた。



 クララは空腹の俺にパンやキノコを中心とした美味しい料理を出してくれて、俺はそれを貪った。舌が肥えていなければ、ある程度は何でも美味しいし、チテイシティで食卓にのぼったコウモリのから揚げやネズミのソテーなどというものよりかは遥かにまともな山の幸。彩りというものには乏しかったが、空腹というスパイスも手伝って、見た目以上の美味であった。

 三日間。どうやら、二人がドクダミくさい森で倒れていた俺を見つけて、どうやってか家に運び込んでから三日間ずっと眠り続けていたらしい。つまり、遡れば、マンホールの穴から落ちる前日の晩飯を最後に、何も食べていなかったことになる。約五日間ほどだろうか。よく死ななかったな、と自分で自分を褒めたい。

 出された料理を食べ散らかした俺は、食後に出されたドクダミ茶を飲みながら、ふかふかしているものの布がつぎはぎされた少し貧乏くさい感じのソファに腰掛け、石畳のような天井を見つめていた。天井は石をコンクリート状のもので固めて作られたもので、内部の形から考えると、直方体の箱の中に居るようだった。

「ねえ、魔王さま、散歩しない?」

 テレサが言った。食後の運動を、ということらしい。俺もテレサの誘いは常にウェルカムで居ようと心に決めたので、二つ返事で頷くと、テレサに手を引かれて家の外に出た。

 外に出て、まず目に付いたのは、俺と共にここまで落ちてきたピンク色の自転車だった。その後顔を上げて見た世界は不思議な風景。麦畑が広がっていて、風に揺れていた。どうやらテレサの家は街外れの高台にあるらしく、麦畑を割って家から続く石畳の一本道の先には、これまた背の低い石造りの建造物群があって、まるで、中学生の作った粘土細工の街のようだ。ああ、いや、これは決して暴言ではない。

 中学の頃の授業で、同じクラスで同じ班だった吉祥寺悟や三鷹未来らと一緒に、粘土を使って一人一つずつ家を作れという課題が出たのだが、街並みが、その時作った出来の悪い粘土細工にあまりにも似ていたためだ。傾きかけた塔や、アンバランスな家並み。幻想的な風景だった。しかし、それより何より驚いたのは……。

「空だ……」

 魔女の街に空があったことだ。冬のような冷たい大気の中、地上と変わらぬ青空が広がっていて、光線の熱はさほど感じない太陽も浮かんでいた。

「どうしたの、ピエール様。空がそんなに珍しいの?」

 どういうことだ。どうして空がある。ここは地底ではないのか。

 まず夏の日に通学路のマンホールに落ちて地底に落ちたはずだ。そこから更に穴から落っこちて、冬の森に出て倒れているところをテレサたちに発見されて……。

「テレサ、俺が倒れていた森というのは、どこだ?」

「え? 家の裏にある森だけど……」

「そこに連れて行ってもらえないか?」

「でも、もうすぐ暗くなっちゃうから危ないよ」

「それもそうか」

 日は傾きかけているようだった。

「じゃあ、街に出るのは……」

「私、あんまり町は好きじゃないな。この麦畑を眺めながらちょろっと歩くくらいでいいじゃん。あんまし遠くに行くと、うるさいクララに心配されちゃうし」

「なるほど、ところでテレサ」

「ん? 何?」

「布一枚で寒くないのか?」

「大丈夫。この布、良い布だから。魔王さまだって黒い服一枚なのに寒くないでしょ?」

「……そう、かな」

 わりと寒い。いやしかし、ここに降りてきてすぐの時と比べれば、全然平気だとも言える。そうか、この黒い服のおかげだったのか。不思議だが、これが魔女の力の一つなのだろうか。

「……さ、帰ろうか」

 テレサは俺の手を引っ張る。

 二人、不恰好な直方体の家に戻ることにした。



「くるっぽー、くるっぽー。どこから来たのかなー?」

 家に入ると、猫なで声が耳に届いた。

「……クララ?」

 首を傾げるテレサの視線の先には、座りながら白いハトを天井に向かって掲げながら戯れているクララの姿があった。

「あ…………コホン……えっと、おかえりなさい二人とも」

 頬を赤らめてていたクララ。

「ただいま。クララ。クーちゃんもただいま」

 テレサはハトをクララの手から受け取ると、その白い翼に頬擦りをしていた。

「クーちゃん?」

 俺が訊くと、

「うん。くるっぽーのクーちゃんだよ。可愛い名前でしょ」

 と言ってハトを差し出し、満面の笑みを浮かべたテレサ。まったく……お前の方が可愛いぜ。


  ☆


 さて俺は今、二人の魔女に案内され、聖堂とやらの前に立っているのだが、その聖堂もまるで小中学生の粘土細工のように不恰好で、なんだか唖然としてしまっていた。

「どうかした? 早く行くわよ。ハーラーンに用事があるんでしょ?」

「あ、ああ」

 クララに急かされ、洋ナシ型にグニャリと曲がった扉から中へと入る。

 この街に着いてから、一日を過ごし、夜になり、朝になった。魔王らしく黒い鎧を着て、腰に剣を帯びた俺はテレサとクララに連れられて、石畳の上を街にある一番大きな建物に向けて歩いていた。ハトのクーちゃんには留守番を任せ、歩きやすい道を行く。麦畑が途切れ、街に差し掛かった辺りで、昨晩のことを思い出す。

 昨晩、眠る前に金髪魔女クララと話をした。クララの話によると、二人の家はやはり一番の街外れにあるとのことらしい。街には大勢の魔女たちが住んでいるらしいのだが、その魔女たちの中でもテレサとクララは特別な存在だという。

 俺はバンジョウの言葉を思い出し、「この世界に、予言者とか、います?」と訊いたところ。クララは答えた。

「います」

 即答だった。訊けば、一番大きな聖堂に、ハーラーンという名の予言者が居るらしく、俺はとりあえずそこに行ってみることにした。

 そして今、聖堂の内部に入ったわけだが、聖堂と呼ばれる建物の内部は薄暗く、静かで、足音がよく響いた。穴倉の中に居るようだった。そこは、ハンザと出会った鍾乳洞の風景に似ていた。少し違ったのは、水音がしないことくらいだ。

「誰?」

 女の人の声が響いたので、俺たちは立ち止まる。声は、テレサの声でもクララの声でもなかった。言っちゃ悪いが若くない声だった。どうやらそれがハーラーンという予言者の声らしい。しかし、声だけで姿が見えない。

「クララとテレサです」とテレサが可愛らしい高い声で言う。

「おお、二人とも、ここに来るなんて珍しいね、何かあったのかい?」

 ハーラーンの問いに、テレサが答える。

「はい。魔王さまをお連れしました」

「魔王だって!?」

 ハーラーンはまるで雷に撃たれたように叫び、目の前に広がった暗闇の中から姿を現した。闇に融けるような黒衣を纏っていたが、闇の中に浮かび上がるようなオーラも纏っていた。しかも、女だというのに身長は、俺のクラスで一番でかい男子よりも大きく、百九十センチくらいあった。バンジョウといい、このハーラーンといい、この地下世界の予言者というのは、どうしてこうも、いかつい容姿をしているのだろうか。

 ともかく、その預言者ハーラーンは言った。

「『西暦二千七百六十四年、石畳の世界はフナムシの大群によって滅ぶ』という予言が下っていた。そして、それを救うとするならば、魔王の力が必要不可欠だという……」

 フナムシで世界が滅ぶだって。なんだそれは。

 予言者ハーラーンは続けて言う。

「ここから西に約二十キロの場所に、海の神を祀った洞窟があり、そこにフナヌシという、巨大なフナムシが住み着いているのです。今のうちにそれを倒さなければ大きなフナムシが増殖し、やがてはわたくしたち魔女の街を踏み荒らすでしょう」

 待て待て、なんだかまたおかしな方向に話が進んでいるぞ。予言とかいうわけわからんものに振り回されようとしていることだけは確かだ。俺がこの魔女の街を助けることで何かメリットがあるのだろうか。知っている人が居たら教えて欲しいぜ。

「なるほどね、それでは、行きましょうか、魔王さま」

 クララが言った。

「え?」

「行くわよ、魔王ちゃん!」

 テレサが言った。

「あ、はい……」

 安請け合いした。



 魔女の街から西へ約二十キロの場所には、海岸があった。大波小波が押し寄せて、潮の香りがした。ハーラーンの言った通り、そこにはいかにも海の神を祀っているといった洞窟があった。三叉の槍が入口そばの岩場に刺さっていて、何らかの封印が施されているかのようだ。というよりも、洞窟の入口の上にネオンきらめく看板があって『海の神の洞窟』と記してあったから一目瞭然だ。

 この場所までは、一度テレサたちの家に自転車を取りに戻り、舗装された石畳の上を甲冑を身に着けたまま件のピンク自転車に乗って来たのだが、何とテレサとクララは雲に乗って俺に付いて来たのだった。人が二人分乗ることのできる黒い雲。さすが魔女。不思議な魔法を使う。

「うっ……魔王ちゃん。邪悪な気配がするわ」

 入口に近付いた時、可愛いテレサがそんなことを言って、俺にしがみついてきた。どんな邪悪もテレサの前では霧散してしまうはずだ、とか、そんなことを一瞬考えてしまって、しっかりしろと自分で自分を責めたくなったまさにその時――

「きゃあああああああ!」

「いやあああああああ!」

 二人の悲鳴。そりゃあ悲鳴も出るだろう。俺だって叫びたい。

 目の前の岩肌に現れたのは、巨大な蟲。足が多くてカサカサと音を立てて動くゴキブリに似た生物。それを巨大化したモノが目の前の壁を走って向かって来たのである。

「魔王ちゃん! 倒して! 斬って! 殺して! すぐに! おぞましい!」

 テレサが叫ぶ。

 クララは目を閉じてしゃがみ込み、頭を抱えてガタガタと震えていた。いた。さらに金色に輝く髪をくしゃくしゃに乱していた。

「よぉし!」

 俺はテレサの期待に応えるべく、鞘から黒く光る剣を抜いた。

 すると、巨大フナムシは、危険を察知したのか、洞窟の奥へとカサカサと逃げていった。

「魔王ちゃん……いってらっしゃい」

 とテレサが言って、俺の背中を押した。

 いや待て。まさか、俺に一人で洞窟内へ行けと言うのか。正直言ってそんなの嫌だぞ。だってあのフナムシすっごいでかかったもん。気色悪いもん。こわいもん。

「どうしたの?」とテレサ。

 どうもこうもない。あんなフナムシの巣に進みたくないに決まっている。

「あのフナムシさえいなくなれば、春が来るんだよ」

 テレサはそう言って、もう一度俺の背中を押した。春が来るってどういうことだ。何かの比喩だろうか。はっ、もしやテレサが言いたいのは、「あのフナムシを倒してくれたら、ピエールのお嫁さんになっても良いよ」ということか。それは確かに、春だ!

 あまりにも、春!

「いってくる!」

 俺はテレサに勇気をもらって、剣を片手に洞窟の闇の中へと進んだ。



 洞窟の中。なんだか懐かしい風景だなと思いつつ、そんな現実逃避の無意味さを心の中で諭してみる。ここはもうチテイシティではないのだ。せめて自転車を持ってきていたならライトで周囲の様子が確認できたかもしれないが、自転車は洞窟の外に駐輪してきてしまった。しかし、さっきから、カサカサカサカサという音がひっきりなしに響いているので、むしろおぞましい光景を見ずに済んでいるのではないかという疑いも捨て切れない。

「フ、フナムシ! 外に出て俺と戦え! 俺は魔王ピエールだぞ!」

 俺は遂に叫んだ。すると、不思議な事にライトに照らされたかのようにパッと周囲が明るくなり、先ほどの巨大フナムシが登場した。

「ほう、魔王だと。あの予言の魔王が遂にやって来たというのか」

 なにぃ、目の前の巨大フナムシが喋っただと?

「そ、そうだ」

 びっくりしながらも言葉を返すと、

「ワタシはフナヌシ。この世界のフナムシたちの王だ」

「そ、そうですか」

「そう。予言によると、ワタシはキミに滅ぼされるようだね。だがね、ワタシは諦めるようなことはしない。最後まで戦おう。運命などというものには抗ってやるさ」

 モザイクをかけたいくらいのおぞましいフォルムをしたフナムシのくせに、格好良い台詞を吐いた。更にフナヌシは続けて、

「正々堂々と勝負しようじゃないか。この広間でワタシとキミの一騎打ちだ。生き残った方が勝ちとしよう。ワタシにだって家族がある。キミの思い通りにばかりはさせないぞ」

 そう言って、俺に飛び掛ってきた。

「ひぃあ!」

 悲鳴を上げながら避ける。そりゃあ悲鳴も出るさ。だって気色悪いんだもの。俺は自慢じゃないが、ゴキブリに触れない男だぞ。ゴキブリが出た時、無言で石のように固まってしまう男だ。そんな俺にゴキブリ並におぞましいフナムシ、しかもこんなにも巨大なフナムシを前にして、恐怖しないはずがない!

「どうしたどうした。避けているだけでは、ワタシを殺すことはできないぞ」

 何本もの足が、うぞうぞと蠢いている。やばい。これは年齢制限をかけるべき光景だ。

 さっさと楽になりたい俺は、魔王の剣をぶんぶんと振り回す。

「く、来るなぁああああ!」

 恐くて、近付かれたくなくて泣きながら剣を振り回していた。このデタラメに振り回す剣に刺さってくれないかな、運命ならそうなってくれるはずだ、とか甘えたことを思いながら振り回していると、悲劇が起きた。

 すぽん

「あっ……」

 俺の手から、魔王の剣がすっぽ抜けてしまったのだ。

 剣は、壁にぶつかって、カララン、と小さな音を立てて地に落ちた……。

「キミは本当に魔王なのか? こんなにも弱い魔王が存在していて良いのか?」

 何だか侮辱されたようだが、そんなことはどうでも良かった。ただ、少しずつ近付いて来る何本もの足を持った巨大節足動物の接近による恐怖で、その場にへたり込んだ。

「やめて、やめてくれ! 殺さないでくれぇ!」

 限りなく情けない叫び声を上げて、腕を顔の前で十字に組んで頭をガード。死を覚悟した。



 左腕に人の肌の感触がした。どうやら腕を掴まれたらしい。目を開くと、フナヌシが魔王の剣に串刺しにされて死んでいて、目の前には……褐色の肌の痩せた男。

「ハンザ……どうしてここに……」

 チテイシティで一度別れたハンザが居た。

「どうしたもこうしたもないですよ。僕は長老からピエールさんに付いて地上に行くように言われているんです。なのに先に行っちゃうんですもん。それで、追いかけてきて魔女の街の予言者に尋ねたらここに居るって言うから……」

 とその時、

「卑怯者! 一騎打ちだって言ったのに、二人がかりでお父さんを!」

 どうやらフナヌシの子供たちが出てきたようだ。

「ズルイぞ! それが魔王のすることか!」

「人間なんていつもそうだ! 大勢で一人をイジメることしかできないんだ!」

「お父さんが何をしたのよ!」

 大群となって押し寄せ、口々に物言いをつけた。

「こうなれば、人の住む街へ押し寄せてやる!」

「手始めにこの魔王たちを血祭りに上げるぞ!」

「天に代わって我々フナムシが裁きを!」

 大量のフナムシたちはそう言ったかと思うと、俺とハンザを追い詰めるかのごとく周囲の進路を塞いだ。本日二度目のピンチに震え上がる俺は、情けなくもハンザにしがみ付いた。するとハンザは、

「大丈夫です、ピエールさん。こんな時のために、素晴らしいアイテムを僕は常に持っているんですよ!」

 そう言いながら、肩に掛けられた茶色い鞄から赤い物体を取り出し、地面に置いた。すると、洞窟内に煙が立ちこめ、フナムシたちは沈黙した。

「さ、外に出ますよ!」

 ハンザは俺の手を引いて、洞窟の外へと向かう。

「げほげほ……」

 俺は視界いっぱいに広がっていた煙をいくらか吸い込んで咳き込む。そして、洞窟も出口に近付き、煙が晴れた時にハンザに訊いた。

「な、何なんだ、あの煙は……」

「僕の秘密の七つ道具の一つ、殺虫剤ですよ。密室にはびこるダニやノミやゴキブリを根こそぎ退治する煙を発する装置です。持ってきておいて本当によかった。これでこの洞窟内に居る蟲という蟲は全滅です」

 語るハンザの手には、魔王の剣に刺さった巨大フナムシの姿があった。見かけによらず何と頼りになる男だろうか。

 走って、走って、出口が見えた。

「きゃあああああああ!」

「いやあああああああ!」

 外に出たとき、巨大フナムシの死体を見た二人の叫び声と眩しいくらいの光が迎えてくれた。



 テレサとクララの希望により、フナヌシの死体は海に捨て、俺たちは四人でハーラーンの館へと戻った。クララとテレサの乗って来た雲は定員二名ということに加え、テレサでしか雲が操れないというので、テレサとハンザで黒雲に二人乗りする形になった。俺はクララを後ろに自転車二人乗り。正直ハンザと交換してほしい。クララのことは嫌いじゃないし、輝く金髪やその胸も魅力的だと思う。だが、俺はテレサに恋しているのだ。その透き通るような水色の短めの髪に、抱き締めたくなるような小さな身体や小さな胸。まさに理想の女の子だった。ちなみに、誤解してもらっては困るが、俺はロリコンではない。

 さて、ハーラーンのところへ戻った俺たちは、そこでまた新たな予言を聞かされることになった。

「魔王についての予言はもう一つある、『魔王、石畳の国で一人の魔女と結婚を誓う』というもの。この展開から考えると、ここで語られる魔女というのは……」

「あたしとテレサのうちのどちらか……ですか……」

 クララが呟き、ハーラーンはそれに深く頷いた。

「ピエール。わたくしたちは、ようやく春を迎えることができます。あなたのおかげです。これでもう、寒さに弱いフナムシたちの大群を恐れて街を常冬にしておく必要もなくなりました。お礼に、このクララかテレサを差し上げます。結婚を強制したりはしませんが――」

「テレサさんをください!」

 俺はハーラーンの言葉が終わる前にそう言ったのだがが、テレサは、

「えー本当に魔王なの? 魔王なら結婚してもいいけど、違うなら……」

 何だか乗り気じゃないらしい。少し情けない姿を見せすぎただろうか。もしも洞窟内でのフナヌシとの会話が外に筒抜けだったとしたら、俺が本当に魔王なのか疑っても仕方のないことだ。だが俺は確かに魔王なのだ。誰が何と言おうとピエールという名の魔王であって、魔王はテレサが大好きなのだ!

「本当だって。本当に魔王なんだ。ほら、俺のピンク色の自転車にも『ピエール』って名前が入ってるだろ? あれが俺が魔王ピエールである証拠だ」

「ああ、あのピンク色の車両のこと? たしかにピエールって書いてあったけども」

「なあ、テレサ。お願いします。俺と結婚してください」

「えー」

「こらっ、テレサ、魔王さまに失礼だろうに!」

 煮え切らないテレサを、ハーラーンが叱った。

「とりあえず、結婚とかじゃなくってさ、しばらく一緒に住んでみるっていうのはどうかな。予言がどうとか言うけど、そんなもの関係なく私の意思も尊重して欲しいよ。わがままだって思うかもしれないけど……」

 テレサは申し訳なさそうにそう言った。

「いや、それで良い。テレサと一緒に住むことができるなら!」

「ごめん……でもまだ考えられないのよ。結婚なんて……」

 テレサが言うと、

「そうよね、テレサまだ小さいもんね」

 とクララ。

「なによぅ! クララの方が妹でしょ! 自重しなさいよぅ!」

 微笑ましい言い争いに発展した。


  ☆


 こうして、俺とテレサの共同生活が開始されることになった。ちょうどデミンやラカンスが追い付くのを待たなければならなかったし……。

「――って、あれ? そういえばハンザ」

「何ですか、ピエールさん」

「デミンとラカンスはどうして追い付いて来ないんだ? ハンザがここに居るのなら、二人が居てもおかしくはないのに」

「それが……デミンさんが……」

「どうしんたんだ」

「行ってみればわかります」



 というわけで、ハンザに案内され、テレサの家の裏にある森へ行き、石畳の魔女の街と鍾乳石の地底の街を繋いでいるはずの穴がある場所を見上げてみる。すると……

 デミンが、詰まっていた。

 頭上に見えるのは、デミンの腹から下の半身だけで、顔を見ることはできなかった。これでは誰も通り抜けることはできないだろう。

「で……デミン……まさかそんな……」

 思わず呟く俺。

「おう、ピエールか。待っていろ、もうすぐそっちに行くからな!」

「いいから早く痩せるでござる!」

 塞がった穴の向こうから、デミンとラカンスの声が聴こえてきた。

「期待しないで待ってるよ……」

 そう呟くしかなかった。

 俺とハンザは、呆れながらテレサたちの待つ家へと戻った。


  ☆


 俺の名は、ピエール。魔王だ。昔はもっと別の世界に居たような気がするが、そんなことはどうだって良いことだ。今の俺はピエールであり、そして最高に幸せだという事実だけがあれば良い。なぜ幸せか。それは、愛する人と、一つ屋根の下に住んでいるからだ。

 透き通った水色の髪。小さな身体で白い肌。大きな目。可愛らしいその仕草。理想の女性テレサ。

 ザッ、とカーテンを開く音がして、やわらかめの光が、視界に入ってきた。

「ほら、ピエール。もう朝よ。起きなさい」

 テレサの怒ったような声がした。なんて可愛い声なんだ。たまらない。

「もう私はクララと一緒に森に行って山菜いっぱい採ってきたんだよ? さっさと起きないと朝ごはんないよ?」

 いつもと同じような朝の言葉を発しながら布団を剥ぎ取ったテレサと、目が合った。

「……おはよう、テレサ」

「おはよう、ピエール。目覚めてたんならさっさと起きてよね」

 テレサが布団を剥ぎ取る仕草が好きなのだから、それはできない相談だ。短くて細い手で力いっぱい布団を引っ張る姿が、たまらない。

「ほらほら、朝ごはんよ。さっさと来るの」

「はーい」

 眠い目を擦りながら、テレサに食卓に引っ張られることから、俺の一日がはじまるのだ。

 さて、どれくらいの日々が過ぎて行っただろうか。三ヶ月くらいは経ったと思う。

 俺は未だにテレサに夫として認めてもらえず、テレサの寝室に入ろうとすると謎の風が邪魔をする。風のバリアーによって、どうしても寝室に忍び込めない日々が続いていた。

 どれくらいテレサの手料理を食べれば、彼女の料理は上達してくれるのだろうか。原型を留めてすらいない、この世のものとも思えないような料理を与えられ続ける日々は、愛という名のスパイスだけでは乗り越えられそうもなかった。もしかすれば、彼女がわざとひどい料理を作っていて、その料理をどれだけ「おいしい」と言って食べ続けられるかが、彼女が俺に課している試験なのかもしれない。となれば、あと少しだけ我慢する気も起きるというものだ。何と言ってもテレサは可愛い。料理の腕以外は俺の理想の女性なのだから。

 そんなことをぐるりと考えた俺はといえば、ハンザとクララが暮らす家に来ていた。

「なあ、ハンザ。まだなのか?」

 俺は唐突に、ハンザに訊ねた。

「何がです?」

「デミンとラカンスだよ。いつになったらあの穴から抜け出してくるんだ。彼らが追いついてくれないと次の場所にも向かえないじゃないか」

 俺は停滞しているのが不安だった。好きな子と一緒に住んでいるとはいえ、考えてみればここは異世界。魔女の街で一生を過ごそうとまでは考えていないのだ。いずれは元の世界、現代日本に戻って平和に暮らしたいと思っている。

 その時にはもちろん、愛するテレサも連れて……。

「次の場所、ですか。じゃあ訊きますけど、何か次の場所への手がかりはあるんですか?」

「…………」

 なかった。

「じゃあそんなに急ぐこともありませんよ。デミンさんが痩せるなんて当分無理でしょう」

「そっか……なあ、ハンザ」

「何ですか」

「今日の夕食、お前の家で食って行って良い?」

「良いですけど、テレサさんは……」

「大丈夫、大丈夫。一日くらい外でメシ食ったって平気だよ」

「そう、ですか……」

 そして、久しぶりに人間らしい食事にありついた俺は、久々に味わった満腹の満足感によって眠ってしまい、目覚めた時には朝だった。



 日が昇ってから家に帰ると、鍵が掛かっていた。窓という窓も閉じたままで中に入ることができない。どうしたことかと思い、鳥小屋を覗いてみたが、白いハトのクーはまだ眠ってしまっていて、何が起きているのか知る由もなかった。もっとも、ハトが起きていたところで、何がわかるというわけでもないのだろうが。

「おーい、テレサー、帰ったぞー。開けてくれー」

「…………」

 しかし返事が無い。家に居ないのだろうか。

「テレサー」

 もう一度、彼女の名前を呼んでみる。すると、

 ギィ、と古めかしい音を立てて石造りの家に取り付けられた木製扉が開き、修羅のような表情をしたテレサが顔を出した。まるで、そう、まるで恐ろしい魔女のようだ。表情無く、しかし大きく見開かれた色素の薄い瞳。

「何処に……行ってたの? ごはんは……?」

 起伏のない声。

「あ、えっと……そのォ……」

 まずい。怒ってる。これは修羅場の予感がするぞ。ピンチだぞこれ。

「ちょっと街まで……」

「嘘だ。そんな嘘が私に通用するとでも? クララのところでしょう。今になって心変わりしたんでしょう。私にはピエールしかいないのに、ピエールは簡単にクララに乗り換えちゃうんだ。そうなんだ。私は一生懸命やってるのに、ちっとも認めてくれないんだ。ピエールは何の仕事もしないのに、私ばかりが働いて、ごはんも食べさせてあげてるのに、そういう態度に出るんだ。私がどれだけ我慢してるか知らないの? ピエールは私に対して何の不満も無いみたいだけど、私は不満だらけなんだよ。それを、クララの誘いに乗ってノコノコとクララの家まで行って、本来夫婦の語らいの場である夕食の時間にも帰って来ないで。こんな朝に帰ってきて、クララと、クララなんかと……」

「違う、違うぞ。浮気なんかじゃない。クララじゃなくてハンザに誘われたから行ったんだ。だから……確かにクララの家に居たが――」

「ほらね、嘘吐いてた。ちょっとカマかけてやればこの通りだもん。やっぱり私なんていらない子なのよね。知ってるわ。ずっとそうだった。だから親にも捨てられた。今、妹にも裏切られた」

「だからクララとは何でも――」

「どうして? なんで? どうしてそんなにクララを庇うの? やっぱりクララの方が好きになったんだ。そして私を捨てる気なんだ。私が一生懸命作ったゴハン。食べないんだ」

「た、食べる。食べるから、機嫌直して、な?」

 俺はテレサの横を通り家の中に入ろうとする。テレサはすれ違いざまに、クンクンと俺の胸元のにおいをかいだ。

「ウフフ……クララのニオイがする。浮気だ。浮気。最低。クララめ。妹だと思って今まで黙ってたけど、私のピエールを奪おうとするなんて……ユルセナイ」

 テレサは呟き、黒い雲に乗って青空に舞い上がった。向かった先は、クララの家に違いない。嫌な予感しかしなかった。



 俺は石畳を自転車で走った。ガタガタとよく揺れる。いざという時のために魔王の証である剣も腰に帯びて、クララとハンザの住む家へと向かう。何故か怒りの矛先が俺ではなくクララに向いてしまっているのが不思議だったが、とにかく、あのテレサは俺が今まで見てきたテレサとはまるで別人のようだった。まるで何かに取り憑かれてしまったようだ。

 何も、何も嫌なことが起きていないことを祈る。

 到着、と同時にテレサの声がした。

「こら、クララ! 出てきなさい!」

 俺は自転車を停めると、叫びながらドアを平手で叩くテレサの背中めがけて駆け出した。

 ギィと扉が開いて、クララが顔を出す。テレサの表情を見て、ぎょっとしていた。

 俺はようやく追いついて、彼女の肩を掴んで言う。

「テレサ。ごめんってば。帰ろう。ちゃんとお前の作ってくれたご飯食べるから」

「ごめん……? どうして謝ったの? つまり、やましいことがあったから謝ったんだよね」

「ち、ちがうよ」

「ないの? 本当に? 何も隠してること、ないの?」

 俺は、テレサの表情を見て、ゾッとした。この世のものとは思えないような、恐ろしい形相だったからだ。見開かれた目、瞳はどす黒い渦のよう。普段の可愛らしさからは考えられない表情。それを見てしまった俺は、何も声を出せなくなった。

「どうしたの、テレサ……いつもと様子が違うわ……」

 クララが心配そうに言ったが、テレサは、

「クララ、あなたって最低最悪ね」

「え?」

 わけがわからないといった様子のクララ。

「私のピエールを誘惑したでしょう……」

「は?」

「思えば昔からいつもそうよね、私の欲しいもの何でも持っていて、誰にでも好かれてさ。その上、美人で胸も大きい。それだけじゃ足りずに私のピエールまで奪おうっていうの? 欲張りね」

「何……言ってるの……?」

「消えればいい。クララなんて、いなくなっちゃえばいいんだ!」

「どうしたのよ! 目を覚まして、テレサ!」

「なに、偉そうに呼び捨てにしてくれちゃって。私はクララの姉なのよ。お姉様くらい付けたらどうなのよ!」

「だめだわ……何とかしないと。憎しみが膨張する前に、止めないと!」

「止めるったって、どうすれば……」

 俺が情けない感じで言った時だった。

「こうなったら、やるしかないか……」

 クララは呟き、両手を空に向かって掲げた。するとすぐに暗雲がどこからか発生。

「――雷よ!」

 クララの叫びと共に激しい轟音を伴った落雷があった。

 おお、さすが魔女、不思議な力を使う。視界が烈しい光に包まれ、麦畑に半径三メートルほどの大穴ができた。

 地面がグラグラと揺れ、歪曲し、落雷によってできた大穴に排水溝に流れ込む水のごとく二人の魔女が吸い込まれていくのが見えた。

 そして……俺の身体も……。




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