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もうひとつのエピローグ

「ほほう、やはりできるというのか」

「やろうと思えば、できるでしょう」

「余はその小型の太陽を持って帰ることも……?」

「貸す、という形ではどうでしょう」

「なるほど……」

「しばらく貸して、あなたの目的が達成されたら地上に戻す。それがお互いに最も納得のいく形ではないでしょうか」

「僕らの星は今、増えすぎた人口を何とか食べさせるために、食糧が必要です。そこで、もう一つ小型の太陽を地上に作り出すことで、この星を温暖化させるのです。そうすれば、農を科学しすぎる必要もなく、食糧危機は危機となる前に回避される。だから、二つ目の太陽を作り出すことは、むしろ急務。それによってこの星のバランスが崩れるなんてことはない。なぜなら、この星には水があるからだ。膨大な量の海水がある限り、全ては途切れながらも緩やかに続いていくだろう。そう、母なる海がある限り」

「自発的に発熱発光する万能太陽か……余の文明でもなしえなかった技術ですな。本来、太陽の光を浴びることでしか開かれない封印を溶かして、全ての文明と共に凍結された余の世界を蘇らせることも、できるでしょうな」

「小型太陽を貸し出すかわりに……」

「わかっている。復活した余の文明の技術を差し出せと言うのでしょう」

「その通り。復活させるために尽力するのだ。対価は大きなものになるだろう」

「では、開発しましょうか…………太陽を」

「ああ、太陽を」


  ☆


「デミン、そろそろ行くでござる」

「ちょっと待ってくれラカンス。おれの武器が何処に行ったか知らないか?」

「武器? デミンの武器といえば、あの大槌……。しかし何故に武器が必要になるでござる?」

「いやさ、今日は運動会ってのだろ。勝負、つまり戦争だ。武器が必要だろうが」

「何か間違っている気がするでござるが、武器を紛失したのは大変でござるな」

「おっかしいんだよな、この玄関に置かせてもらっていたはずなんだが」

 と、その時だった。

「デミンさん。戦いに行かれるのですね」

 デミンとラカンスのいる玄関に現れた西荻窪マモルの母、西荻窪高子はそう言った。

「お、おう」

 とデミン。

「デミンさんのために、磨いておきました。こちら、使ってください」

 巨大な槍をふところから取り出し、差し出す高子。

「……母上殿、言いにくいのでござるが、それは拙者の武器でござる」

「あらうっかり……」

 うっかりしていたようだ。

「結局おれの槌はどこに行ったんだ?」

 デミンは訊ねる。

「……もしかして、それ石でできていたりします?」

「ああ、立派な石でできてんだ。おれの最高の武器だぜ」

 高子がチラっと見た先には、廊下に場違いにあるラカンスの姿によく似た石像があった。

「ん? 母上殿、あの拙者のような石像は何でござるか? どこかで見た石のような気がするでござるが」

「わたしが彫りました。ノミで一所懸命に彫らせていただきました」

「つかぬことを訊くでござるが、材料は……」

「玄関に、よさそうな石があったものだから……つい」

 高子は目を逸らした。

「つまり、こういうことでござるな、玄関にあったデミンの武器を、母上殿が彫刻にしてしまったと」

「ごめんなさぁい、デミンさん!」

 高子は土下座した。

「わたしのうっかりでぇ! ラカンスさん! この失敗は、この体で支払いますぅ! どうぞ! ラカンスさんどうぞ!」

 と、その時だった。

「むむぅっ!」

 玄関の扉のほう、つまり、デミンとラカンスの背後からそんな声がした。

 振り返ればそこには、警官のすがた。

「銃刀法違反、婦女暴行未遂! 脅迫容疑! 現行犯逮捕!」

 カシャン、カシャン。

 二人の男は手錠をかけられた。

 二人は抵抗しなかった。

「まって、待ってぇ! 違うの巡査さん! ラカンスさんを連れて行かないでぇ!」

「大丈夫でござる、母上殿、地上の人々は話せわかってくれるのだと聞いたことがあるでござる」

「ああ、おれもだ。大丈夫、少ししたらすぐに戻ってくるからよ」

「ラカンスさん! 行かないで、ラカンスさーん!」

「あばよ!」

「いってくるでござる」

「ラカンスさああああああああん!」

 こうして二人は、警察のごやっかいになった。



「ラカンスくん、デミンくん、釈放だ」

 留置されていた二人は、すぐに釈放された。

 大金持ちである三鷹家の権力によるものだった。

 なぜ三鷹家がラカンスやデミンを釈放したかといえば、ついに二人が欲しい情報が手に入ったからだった。

 それは、ある男についての情報。

 地底の街の牢から脱獄し、地上に逃れたと目されていた男の情報。

 ラカンスとデミンの依頼で三鷹家が探していて、それが見つかったので、こうして釈放となったのである。逆に言えば、そうでなければ二人は釈放されることはなかったであろう。

「やはり、話せばわかってもらえるのでござるな、地上の人々は」

「ああ」

 二人が会話を交わしながらシャバに出た時、

「お待ちしておりました、ラカンスさま、デミンさま」

 いかにもガードマンな黒い服の男が近付いて言った。

「む、誰でござるか」

 警戒するラカンス。

「私は、三鷹家の者です。お探しの男に関する情報が入ったので、こうしてお迎えに上がりました」

 黒い服の男はそう言って、うやうやしく礼をした。

「探している男……でござるか……」

「っていうと……あいつか!」

 デミンの脳裏に、一人の男の姿が映る。

 緑色の着物を着た、細身の男。

 かつて地底の街で戦乱があった時、チテイシティ軍とニューチカ軍に分かれた時の、ニューチカ軍の大将、リュシュであった。

「あの野郎は今、どこにいやがるんだ!」

 デミンはそう言って掴みかかった。すると黒い服の男は、

「私どもは、お二人の自転車も運んできました。私どもの車が先導するので、これで付いて来てください」

「おう」

 二人は、空飛ぶ自転車の方を見た。

 ラカンスとデミンは体が大きすぎて、普通の車に乗ると窮屈極まりないのである。だから、大きな木製の自転車でついてきてくれと言ったのだった。



 車は道を行き、巨大自転車は空を行く。

 しばらくして、周囲の景色は都会の街から田園風景へと変化した。

 と、その時だった。

 地鳴りのような大きな音がして、その音に振り返る。

 すると、巨大な六角錐の塔が地下から現れた。

「ラカンス、ありゃあ何だ」

「拙者にはわからんが、以前にもあの塔が現れたことがあったでござる」

「変な竜が現れた時か! てことは、またピエールがヤバイんじゃないのか?」

「大丈夫でござろう。むしろ拙者たちが今やるべきことは、地上に逃げたリュシュを捕らえること。ピエール殿も大事でござるが、リュシュを何とかせねば、よくないことが起こるに違いないでござる」

「それは、そうかもしれねぇけどよ……」

「大丈夫でござる。デミンが思っているほど、ピエール殿は弱くはござらん」

「まぁ、そうかもな」

「だから行くでござる、デミン。振り返っている暇はないでござるぞ」

 言って、ラカンスは自転車を漕いだ。強く、深く踏み込んだ。



 地下にある洞窟。

 その中で、計画は進行していた。

 二つ目の太陽を製造するという計画だった。

 リュシュは、その洞窟への侵入者を防ぐために門番として見張りをしていた

 長年、地底で暮らしていたこともあり、リュシュにとって洞窟という空間は落ち着くものだった。

 ――地底に太陽を手に入れる。

 その目的を果たすために、リュシュは待つ。

 小型太陽の完成を。

 その洞窟に、ラカンスとデミンが黒い服の男たちと共にやって来た。

 リュシュは、静かに目を開いた。

「来たか……」

 呟き、立ち上がる。

 その目の先には……。

 大男が二人。

「リュシュ。長老の暗殺を企てたおぬしだ、また何かを企んでいるようだな」

「今度は何だ、どうせろくなことじゃあねぇんだろうがな!」

 二人はそう言って、戦闘姿勢になった。

 するとリュシュは、

「やれやれ、いかにも頭の悪い連中だ。すぐに暴力で解決しようとする」

「何だと、てめぇ! それが長老を暗殺しようとした奴の言うことか!」

「ていうか誰だ、あなたは」

 リュシュはデミンを見据えて言った。

 デミンが地底に居た頃とはまるで別人のように痩せていたため、デミンがデミンであることに気付けなかったようだった。

「おれはデミンだ!」

「痩せたな、デミン」

 驚いてた。

「てめぇは相変わらずだな、いけ好かない姿をしてやがる」

「痩せたというよりもやつれたと言った方がいいか。よほど余のことが気になって夜も眠れなったのであろう」

「そんなわけあるか!」

「どうだかな」

「てめぇ……」

「二人とも、微妙に子供っぽい言い争いはやめるでござる。リュシュ、拙者が聞きたいのはおぬしの目的でござる」

「目的……目的ねぇ。それは、地底に太陽を持っていくことだよ。そうすれば、我が一族は地上に出る必要もなく快適に生きていくことができる。それこそ平和ではないか」

「地底に太陽だと?」

 今まで黙って突っ立っていた黒い服の男たちの中の一人が言った。

「そう、太陽だ。無限に近いエネルギーを我々地底の民も手に入れるのだよ」

 リュシュがそう言うと、黒い服の男が言う。

「太陽というのは、核融合反応によって高熱高エネルギーを実現している恒星だ。それを製造するということは……」

「そう、核さ」

「やはり核だと!?」

「ふぅ、地上の者どもは核を毛嫌いするが、それによってどれだけの恩恵を受けているか考えもしない。謎だね、まったく」

「恩恵だってわかっている! それでも命が大事で、戦いが嫌だから核を捨てようとしているんだ」

「それだって何処に捨てるというんだ。地底に捨てるんだろう? その地底には誰が居る? そう、余たち地底の民が居る。地底に捨てられるのだろう。いくらコンクリートで固めようとも、何万年も残るのだろう。余の居る地底に」

「そうとは限らない。これから先研究が進めば、分離させ、有害なものを消滅させ、有用なものだけを取り出して数百年で安全域に……」

「数百年など、気の長い話だ。それに、今は核兵器がどうのこうのという話ではないのだよ。地底を照らす光を、手に入れようとしているのさ」

「要するにそれは……太陽を造るということは……核融合を引き起こすということで、それは限りなく危険で……それは許されることではない!」

「ふっ、この場所が知られたのは計算外だが、気付いたところでもう遅い。計画は間もなく終わる。もう、余の劣化太陽はほとんど完成しているようだったからな。あとは分けた二極がぶつかり合えば、核が生まれ、エネルギーが外に向かって放たれる。そして周囲を対流圏で球状に囲むことで外へ拡散する力を内部に溜め込み、そこで核融合反応を繰り返させ無限とも言うべきエネルギーを地底が手に入れるのだという話だ。それで地底は豊かになり、誰もが幸せだ。地上の誰に迷惑をかけるわけでもないだろう。攻撃を仕掛けようというものではないんだからな」

「そんなムチャクチャだ……。そんなもの、できるわけがない!」

「だが、それを可能にする研究者と余は出会ったのだ」

 リュシュは言った。

 すると、デミンが、

「何かよくわかんねぇが、やばいのか?」

 と言った。

「あの男の言うことが真実だとしたら……むき出しの小型核融合炉ともいうべき大変危険なものだ。この星が、なくなってしまう可能性だってあるくらいに!」

 黒い服の男はそう言って、リュシュを指差した。

「地上の技術と、古代文明の技術と、万能物質……三つの融合により、米粒ほどのごく小型の太陽が完成する。それに何のデメリットがあるというんだ? 実に慎ましいではないか」

「危険すぎる!」

 黒服の男は引かない。

 それほど危険だという確信があるのだろう。

「ラカンスさま、デミンさま、こんなことを言うのは本来は嫌なのですが……この男は、殺してしまうべきです」

「おいおい、核をなくすためには人を殺すという話ですかな」

「それだけのことを、貴様は言っている!」

 そして、黒い服の男は、銃を構えた。

 だが、リュシュは素早い動きで黒い服の男に接近すると、その銃を叩き落とした。

 そして、刃が、のどもとに突きつけられる。

「くっ……」

「余を殺そうというなら、余が先にそなたを殺す」

 しかし、そうはさせないとデミンが割って入る。

 その後ろからは、ラカンスの槍がリュシュを貫かんとする勢いで迫っていた。

 それでリュシュは飛び退き、その一瞬では誰が傷つくこともなかった。

「てめぇらは下がってな、リュシュは、おれたちが責任を持って倒す!」

 デミンはそう言った。

「それよりも、おぬしらは奥の部屋にある危険物を何とかするでござる!」

 ラカンスは黒い服の男たちに向かってそういった。

「はい! ここは頼みます!」

 黒い服の男たちは洞窟の奥へと歩を進めることに成功した。

「さぁ、決着をつけようか、リュシュ!」

 デミンは言って、ファイティングなポーズをとる。

「拙者も戦うでござる」

 ラカンスもきれいな銀色に輝く槍の刃先をリュシュに向けた。

「貴様らぁ! 二人がかりで恥ずかしいとは思わんのか!」

「はっ、悔しかったらてめぇも仲間をつくれば良いんだよ! それもできないくせに、そんなことを言ったって、それはただの負け惜しみだぜ!」

「ふっ、どうやら死にたいようですね、デミンくんは。よろしい、余が殺してあげます! すみやかにね! その後はラカンス、その後は黒い服の連中! さらにその後は、手薄な地底に戻って今度こそ長老を殺してくれる!」

「それは皮算用というものでござるな!」

 そしてリュシュは、すばやい動きでデミンに斬りかかった。刃渡り五十センチほどの刃物二刀流で襲う。

 しかしデミンは、それを容易く回避した。

「ぬっ、鈍重だった動きに鋭さが生まれた……。やせたおかげでベストウェイトに近づいたか、デミン」

「もともとてめぇの動きなんて大したことねぇだろうが!」

「くっ……」

 デミンへの攻撃が当たらないので、明らかに焦っていた。

 デミンが痩せたことで得た利点は、スピードだけではなかった。的も小さくなって、攻撃が当たりにくくなったのである。

 代償としてパワーが下がったのだが、得たものはそれを補って余りあるものだった。

 少なくとも、リュシュとの対決という一点においては。

「どうしたリュシュ。明らかにいつもの余裕が無ぇじゃねえか」

「くっ……」

 ――たとえデミンを倒せたとして、デミンを倒した瞬間に、ラカンスの一閃でやられる。

 リュシュはそう感じていた。

 そう、デミンとラカンスは、ネクタルという名の秘薬によって、飛躍的にレベルアップしていたのだ。

 戦闘は続く。

 リュシュが一方的に攻め、デミンが避け続け、ラカンスが一瞬の隙を狙うという形で。

 ただ刃物が風を切る音だけが、洞窟内に響き渡っていた。



 その頃、三鷹家の黒い服の男たちが洞窟内の研究所に銃を構えながら足を踏み入れていた。

 が、

「…………いない?」

 そこには、誰もいなかった。

 先刻まで人工太陽を造ろうとしていた青年が居たのだが、騒ぎに気付いて逃げたようだった。

 未完成の人工太陽を残して……。

 黒い服の男たちは、室内を調べ……金庫に厳重に保管された人工太陽らしきものを発見した。本当に小さな、米粒ほどのもの。まだ輝きも放っていなければ熱をもってもいない。だが、リュシュの話を聞いた限りではそれは確かに人工太陽なのだろう。

「どうしましょう……これ……」

「待ってくれ。お嬢様に訊いてみる」

 黒い服の男の中のリーダーは、そう言って、三鷹未来の携帯電話に電話をかけた。

「…………」

 しかし出ない。

 この時、三鷹未来は六角錘の塔の出現とともに眠らされていたため、電話に出ることができなかった。

「私の独断でどうこうすることは本来できないのだが、こうなれば仕方ない。金庫の中に封じ込めた上で分厚いコンクリートで固めて遠くの海の海底深くに沈めよう。こんな危険極まりないものを造りおって……」

「はいっ、では、そのように手配いたします!」

「ああ、頼む」

 そして黒い服の男たちはそれぞれ動き出した。

 人工太陽をすみやかに海底へと沈めるために……。



 リュシュは攻撃をやめた。

「っ……はぁ……はぁ……」

 リュシュは疲れていた。

 それが自分らしくはないと思ったが、もう『その姿』では勝てないのだということを悟ると、口の端をつりあげて不気味に笑った。

「さぁ、降伏するでござる。そして、迷惑をかけたすべての人々に謝罪するでござる!」

「はっ、ふはは、はははははは!」

 リュシュはまた、笑った。

「てめぇ! 何がおかしい!」

 それでデミンは怒った。

「まさか、余の文明が復活する前に、この姿になる時が来るとはなぁ!」

 そして、リュシュはその姿を変化させた。

 そう――ドラゴンに。

「ブオオオオオオオオ!」

 洞窟に響き渡る、竜の叫び声。

「なっ……リュシュ、おぬし……」

 巨大化したリュシュは、前足で簡単にデミンを吹っ飛ばした。

「ぐぁあああ!」

「デミン!」

 ドラゴン状態になった時の竜族の攻撃力は、ヒト型の時の数十倍。

 とても普通の人間がかなう相手ではなかった。

「…………」

「…………」

 ただし、ラカンスとデミンは『普通の』人間ではない。

 栄養の乏しい石を食べて独自の進化を遂げて生きていた地底人なのだ。

 吹っ飛ばされ、壁にたたきつけられたデミンはピンピンしていた。

 石を食べても強力な力を引き出せる規格外の省エネ体質。そこに、魔女の街で魔女たちの魔力と魔心のこもった料理を振舞われた。そして、西荻窪マモルの家では、マモルの母・高子の栄養豊富で愛のこもった料理を体に取り込んだ。

 すべての魔力と栄養が体に行き渡った今、ラカンスとデミンの戦闘力は常人のそれとは比べ物にならないほど高い。

 それは……変身後の竜族にも匹敵するほどに。

「リュシュ……残念でござる。そういった姿になってしまった以上、拙者はおぬしを斬らねばならないでござる」

「最後の手段で巨大化したヤツってのは、どうにもならないもんだよな」

 そして、ラカンスは床を蹴った。邪悪な竜に向かって駆け出す。

 洞窟は、ラカンスやデミンにとってはホームグラウンド。

 リュシュにとっては空がホームグラウンド。

 高い空があってこそ、その翼は意味を持つもの。だが、そこに空が無い狭い洞窟では、その翼は邪魔以外のなにものでもなかった。

 それでも勝てるとふんでの変身だったのだが、ラカンスとデミンの力が予想以上だった。

 その体ではもう、逃げるのも難しい。

 とにかくリュシュは正面から向かっていくしかなかった。

 ヒュンッ。

 澄んだ音がした。

 鋭い切れ味のラカンスの槍が、リュシュの片翼を切り裂いたのだ。

「バアアアアアアアアアァッ!」

 痛みから、リュシュが叫んだ。

 しかし、叫んでばかりもいられない。

 今度はリュシュは大きく息を吸い込んだ。

 炎を吐こうというのだ。

 標的は、デミン。

 しかしデミンは落ち着いている。

 そして、炎を吐いた瞬間、デミンはバチンと手を叩き、後、迫ってくる炎に向かって両手のひらを向けて腕を伸ばした。

 両開きの扉を思い切り押し開けるように。

 すると、そのデミンの手から光弾が発射された。

 炎を切り裂くどころか飲み込み、巨大化しながらリュシュの胸のあたりに直撃する。

「グォオオオオオオオオオオ!」

 叫ぶ。

 なおも攻撃は止まない。

 ラカンスの槍が襲う。何閃もの斬撃が、リュシュの半身を切り刻む。

 デミンはリュシュの顔面にまでジャンプして飛び上がり、その右拳でぶん殴った。

 するとデミンの五倍以上の体の大きさであるリュシュの巨体は洞窟内を舞い、そしてずずんと倒れた。

「いくでござるぞ、デミン!」

「おうよ! ラカンス!」

 ラカンスが大きく飛び上がる。槍を振りかぶって。

 デミンが再び全身の力を手のひらに凝縮し、光弾を発射した!

「「これで最後だぁあああああああ!」」

 叫びながら二人、タイミングを合わせて。

 光弾は、外れたかと思った。しかしその光弾が狙ったのは、竜本体ではなく、ラカンスの持つ槍。光弾はラカンスの槍にぶつかって吸収される。

 光り輝く。

 その槍はラカンスの強肩によって投げられた。

 猛スピードで向かった先は、リュシュの胸。

 そして閃光と共に突き刺さった。

「グァアアアアあぁあああっあ!」

 流れ出る体液。

 そして最後に、リュシュが観たのは、上。

 空があるはずの頭上。

 でもそこには天井だけしかなかった。

 竜の目が色を失っていく。

 ただ悲しそうな色すら失われていく。

 そして――

 痛みに悶えた竜の巨体はズズンと倒れ、

「……………………」

 沈黙した。

「…………」

「これで、よかったんだよな、ラカンス……」

「それは、拙者やデミンが決めることではないでござる……」

「そうか……」

 二人は歩き出した。

 洞窟の出口に向かって。



「ただいま帰ったでござるー!」

「おう、今帰ったぞー!」

 帰ってきた二人を迎えるのは、

「おかえりー! ラカンスさん、よかった、ラカンスさぁあん!」

 マモルの母、西荻窪高子だった。

 二人が大きな木製自転車を漕いで帰ってきたのは、地底ではなく地上の家。

 西荻窪マモルの家だった。

「ちょうどゴハンできたところなのよ。みんなで食べましょう」

 そして身をかがめながら廊下を歩いていく。

 和室に入ると、席についてる二人が居た。

「デミンしゃん!」

 目を輝かせるテレサ。

「二人とも、どこ行ってたんだ。運動会が延期になったりして大変だったんだぞ」

 マモル。

「今日は、『次こそは勝つ』という願いを込めてトンカツにしたのよ」

「負けるの前提だったの、母さん……」

「だってぇ、マモルがサトリちゃんや三鷹さんのお嬢さんに勝てるわけないものぉ」

「運動会はチームプレイだ! テレサと一緒の俺なら勝てる!」

「ムリよ」

「ムリじゃない!」

「ムーリ」

「ええい、あんた本当に俺の母親か! 普通応援するもんだろ! 息子を!」

「そんなことよりラカンスさん。料理冷めちゃうわよ。ささ、早く席について」

「母さん……なんかラカンスのトンカツだけ妙にでかくないかな」

「あら、体が大きいんですもの」

「かたじけないでござる」

「きゃぁ! 武士! 何たる武士! しゅてき!」

「だめだ……この親……」

「おれの分はないのか?」

 とデミン。

「デミンしゃん! デミンしゃんには、私が料理作ったよ! 食べて!」

 テレサがそう言って差し出したのは、なんかグロテスクな物体だった。

「うっ……」

 西荻窪家の母のマトモな家庭料理に慣れてしまったデミンは、それを見て顔をしかめた。

「おい、ピエール……。何とかならないか……」

 デミンはマモルの耳元で囁き、

「任せておけ」

 マモルは親指を立てて答えた。

 そして――

「うおおおおおおおお!」

 マモルが叫びながら、皿の上にあったモザイクをかけたくなるような何か黒い物体をかきこんだ。そして噛まずに飲み込む。

 ひどい味だとマモルは思った。

「あーーーーーーっ!」

 悲鳴にも似た声で叫ぶテレサ。そして、

「おもてにでろーーー!」

 和室に強い突風が吹いた。

 がしゃーん、ぱりーん!

 ガラスが割れて、マモルは外に吹き飛ばされた。

 テレサの怒りが爆発したのだ。

「母上殿、あぶなーい!」

 ラカンスが身をていしてガラス片から西荻窪母を守った。

「大丈夫でござるか、母上殿!」

「ラカンスさん、そんな、いけませんわ、……ぽっ」

「だ……大丈夫でござる……か……?」

 バリバリ、ガチャガチャ。

 デミンがガラスもろともゴハンを食べる音が響く。マトモな方のゴハンを。もっとも、その食べ方はマトモとは程遠いが。

「マモル! いじきたないのもほどほどにしないと離婚よ!」

「え……テレサ。俺とテレサって結婚してたの?」

「ハーラーンが勝手に婚姻届出してたみたいなの」

「どこに出したんだどこに」

 確かに、どこの役所に出したのかは、気になるところではある。

「そんなことはどうでもいいの! 今はそんなことよりも、何でデミンさんのゴハンを食べたのかを数時間にわたって拷問を交えながら追及する場面!」

「物騒だろ……」

 つぶやくマモル。

「やれやれ、二人とも仲が良いでござるな」

 とラカンス。

「ええ、本当に」

 と母・高子。

「「どこが!」」

 マモルとテレサは声を揃えて言った。

「だいたいマモル、マモルのエサはちゃんと用意してあるんだから、いじきたないマネしちゃダメ! わかった?」

「エサってのは何だ! 俺はペットかよ!」

「旦那よ!」

「二人ともやめるでござる」

「そうだぞ、飯が冷めちまうぞ」

 デミンが言った。

「ガラスがふりかけられた料理は危険すぎて食えないだろ、常識的に考えて」

「拙者は地底人。そんな常識は通用しないでござる」

「おれもおれも」

「何なんだこの家はぁあああああ!」

 マモルは叫んだ。

「デミンしゃん、かわりにマモルの分のゴハンご馳走するね」

「うぐっ……え、えっと……ピエール……」

「任せておけ」

 マモルは再びデミンに差し出された皿を奪い、見事食べきった。

「おぉ……ピエール殿はまことの勇者でござるな」

「いい心がけだわ、マモル。『嫁の料理は全部俺のもの』という姿勢は、すばらしい!」

「すまんな、ピエール……この恩は一生忘れんぞ」

「うぐっ……」

 ばたっ。

 ピエールは倒れた。

「マモルっ!? 大丈夫? マモルの舌には美味しすぎたというのっ!?」

 薄れゆく意識の中で、わざとやってんじゃないだろうな、という言葉が浮かんだ。

「マモルーっ」

 テレサの声を最後に、マモルは気を失った。

「いっやー……ちょっと魔力が強すぎたかなー」

「強すぎたのは火力だと思うわ」

「「確かに」」

「うふふ」

「ふははは」

「てへへ」

 ラカンスは、笑う三人を見て、「とても幸せだ」と思った。

 そして地底も地上も、空の上も、全てを守りたいと思った。その幸せを。

 そのためにできること。それは、魔王を守ること。

 庭でグッタリしている魔王ピエールを。

「くるっぽー」

 どこからか、テレサとピエールが飼っているハトの声。

 ラカンスは空を見た。

 もう見慣れた、本物の真っ青な空を。






【もうひとつのエピローグ おわり】




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