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蜻蛉の三題噺

禁域の森

作者: 尻切レ蜻蛉


少女は森の中に一人きりで住んでいた。

深い深い緑の中で、少女は静かに生きていた。

少女が持つのは筆。

昔、祖母と暮らしていた頃にはお習字に使った筆だった。

少女は筆を手にしたから、ここで一人で暮らしている。

どんなインクも墨も必要ない。

少女が滑らせる筆には様々な色がのった。

宙のキャンパスに描かれた”何か”は、すぐにふらふら動き出す。

一度だけ、思わず音を立てて手の中に閉じ込めた「蛍」。

そっと手を開くと、色になって両の手を染めてから無色になって空気に溶けた。

だから少女は、これが「生物」と違うことを知っている。



日課のように、縁側に面した座敷で筆を操る。

意味をなさない障子は開け放してあるから、森の中が良く見えた。

不意に、縁側の傍の茂みが揺れる。


「三日月?それとも白?」

「違うわ。あたしは茶子よ」


帰ってきたヒトの言葉に、驚いて瞬いた。

茂みから現れたのは、テディベアを抱いた女の子。


「はじめましてね。眠り姫ちゃん」

「…ネムリヒメ?」

「あら、違うの?じぃやとばぁやが言ってたわ。森の奥には触れちゃいけない眠り姫様がいるんですって」


女の子はきょとんとした少女の周りで踊る「モノ」をじっと見つめる。


「確かに、「フツウ」じゃないみたい」

「帰ったほうがいいよ」


危ないよ―少女の言葉に、女の子は小さく首を傾げた。


「どして?あなたしかいないじゃない。あなたちっとも怖くなさそうだし」

「あのね」

「なんで入っちゃだめなの?ちゃんちゃらおかしいわ」


あたし、ちっともこわくないもんー肩を竦める女の子に、少女は小さく首を振る。


「だめだよ」

「いいの。あたしが良いって言ってるんだもん」

「……本当に?」

「うん」

「此処にいてくれるの?」

「だからさっきから、そう言って……え?」


女の子の手から、テディベアが落ちた。


「ありがとう」

―久しぶりの馳走だ―


少女の後ろ、家の奥から伸びてきた大きな手が、茶子を暗闇へと引きずり込む。



―嗚呼、人は美味い。お前の描く「モノ」にもいい加減飽きていたところだ―

「しばらく、友達は食べないでくれる?」

―そうだねぇ。この間喰らってしまった友人のクマの代わりに、その人形はお前にやろうか―


少女がテディベアを拾い上げると、闇の中で声が嗤った。

【三題噺】テディベア、眠り姫、習字

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