<ミラージュ>第1部
それから五日間は何事もなかった。速く手紙が来ないかと、愚かなことばかり考えていた。
事は六日目に起きた。アイツとの会話で、全てが変わった。
「どうしたかな…」
「何が?」
「そりゃあ、あのコのことに決まってるだろ。お前が一番気にしてるハズだろ?」
「まあ、でもすぐ会えるよ。次の土日か、その次の…」
僕は肩をすくめて言った。そして一瞬間があいた。ーー気がした。
「本気で言ってるのか?」
「もし本気なら気軽でいいな! え! オイ! そんなヤツだったとは思わなかったぜ!!」
「何のことだよ?」
アイツは癖である、右手で髪の毛をクシャクシャにいじる仕草をして
「そうか、そういうことだったのか。おかしいと思ったんだ。間違いなく…。お前が平然としていられるハズがない。何で気づかなかったんだ…!」と、言った。
「し、しっかり話してくれよ」
速かった。アイツが食いついてきたのは。
「いいか!?あのコは今、病院だ! 重い病気で正直危ないんだ!」
体中が凍りついた。そして目の前のコイツが憎たらしく思えた。
「あのコは生まれつき重い病気を患ってんだ。今まで病院に居なかったことが…いや、今まで生きていたことが奇蹟なんだ。…オレはもう、治っていたのかと思ってた」
「何で…僕には…?」
「決まってる。お前を悲しませたりしたくなかったんだよ。オレは、お前ならもうとっくに知ってんのかと…」
「いつ聞いた?」
僕は尋ねた。
「いつ……確か、お前が休んだ日だ。そう、あのコが入院した日だ」
ショックだった。あの日、彼女は僕に「休んで見送ってほしい」と言った。その頃、学校では本当のことが知らされていたということだ。それを僕は、いつ手紙が来るかなんてことを考えていたのか…!!
まもなくしてアイツが口を開いた。
「オレ以外のヤツだったら、わざわざお前に真相を告げやしない。あのコはそう考えたんだな」そう。つまり彼女は友人の少ない僕には、自分の入院のことを誰も伝えないだろうとふんだのだった。告げるとしたら義務として先生、そしてアイツの二人だけ…。そうとわかるともういてもたってもいられなくなった。
気がついたら外を猛スピードで走っていた。ただただ走った。河原の道を突き進み、銀杏並木を通り越したときにはもう自分がどこにいるのかさえわからなかった。
*




