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<それから>
母は弱りきった体をゆっくりと動かし、こたつのある座布団へ座った。
秋も終わりに近く、風の音がすりガラスを軋ませていた。母は見えにくい目で読書を始めたが、五分ほど経ったところで聞き覚えのある声を聞いた。
「ただいま!!」
母は重い体を動かして玄関へ向かった。
玄関を見るとドアが大きく開け放たれている。秋風が、排水口へ流される水のように吹き付けてくる。
そこで母は風のいたずら、つまり今のは幻聴だったと認識した。そう、病気で物忘れのある母はうっかりどあを閉め忘れてしまったのだ。
母は温かい部屋へ戻ろうとした。そのとき、母の目にある物が飛び込んできた。
「あの子の…靴?」
それは玄関の片隅に几帳面に並んでいた、息子のお気に入りの靴だった。息子…つまり僕が外出のときは必ず履いている靴であり、汚れも多い。
「そうかい…あんたはここにいてくれるんだね…いつでも、ここにいてくれるんだね…」
母は大粒の涙を流した。その靴は、僕が帰ってきたかのように見せつけていた。
白く紐の乱れているその靴は、外を背にした向きで並べてあった。




