甘いもの
「…つまりこの黒猫は大昔にエルデローズ様と契約した悪魔で、子孫を守るように頼まれた、と?」
「その通りにゃ」
「そして昨日エルメローズが封印を解き、契約者になって、もう既にビクトル王子とマドリーヌ男爵令嬢を呪ってきた、と」
「感謝しろにゃん」
誇らしげなリュシールを前に父は額に手を当て、何やらブツブツ言いながら考え込んでしまった。
母は引き攣った顔をしながら黒猫を凝視している。
微かに手が震えているので、まだ動揺しているのだろう。
「…契約とは、代償が伴うものなのか?」
父がふっと顔を上げた。
「まさか、娘の命を奪ったりなど…」
「俺とエルデは対等な友達だったからそんな契約は結んでないし、エルメにもそれは引き継がれてない。でも一応、対価は必要にゃ」
「そ、それはなんなの!?もし代われるなら私が…!!」
母ががばりと身を乗り出す。
「それはだな…ズバリ、甘いものだにゃん!!!」
「…へっ…?」
淑女の鏡と称賛される母の口から、聞いたこともないような間抜けな声が漏れた。
「今日食べていたあれはなんだ!?ふわふわでトロトロ、カリカリで、とても美味そうだった!俺にも食わせろ!!」
「そ、そんなものでいいの?」
私も思わず身を乗り出す。
「そんなものとはなんにゃ。甘くて美味いものはこの世界で最も尊いものなんだぞ!」
私は内心、寿命が縮んだりするのかとヒヤヒヤしていた。
拍子抜けも拍子抜けである。
「…わかった。君がそう言うなら」
父がゆっくりと頷いた。
「対価はわかったわ。それで、昨日二人になんの呪いをかけたの?」
問題はそこだ。
私の命が脅かされることがないことはわかった。
だが王子の命の危機ともなると、流石に放置はできない。
黒猫は母が取り敢えずと差し出したお茶菓子のクッキーにかぶりつくと、口元に欠片をつけたまま自慢げに言った。
「だんだん髪の毛が抜けていく呪いと、ニキビが出来やすくなって治りも遅くなる呪いにゃ!」
なにそれ。
ものすごく嫌だ。
「この呪いはじわじわ効いてくるにゃん。楽しみにしておけよ!」
「…命を奪う呪いとかは…?」
「?アイツらを殺したいのか?それはさすがに、今の契約じゃ無理だにゃあ」
「あ、出来はするんだ…」
クッキーが無くなったので、母が角砂糖を差し出した。
リュシールはふんふんと匂いを嗅ぎ、ひとかじりする。
そして、クワッ!と目を見開いた。
「砂糖の塊にゃん!?これはさすがにいらないにゃ!!」
「あっ!ごめんなさい」
二個目の角砂糖はそっと皿に戻された。
「心配せずとも、一日最低一回おやつを貰えば大丈夫にゃん」
母はそれを聞いて、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「悪魔が魂を代価に求めるなんて、戦争が多くて魔法が生きていた時代の話にゃん。そもそも悪魔は人間がそう呼んでいるだけで、元は聖霊なのにゃ。戦争に疲れた聖霊が人間から魔法を取り上げて神の世界に帰る時、なんとな〜くで残った奴らを人間がそう呼ぶようになっただけにゃ」
「じゃあ、貴方は聖霊ってことなの?」
「その通りだにゃ。でも悪魔の方がかっこいいから、悪魔でいいにゃん」
なんだその理由。
私は脱力して背もたれにもたれかかった。
父と母も、気の抜けた顔をしている。
そしてしれっと、この世から魔法が消えた謎が説き明かされてしまった。
幾人もの考古学者が、生涯を捧げて追い求めてきた謎なのに。
「それで…呪いの効果はいつ頃に現れるんだ?」
いち早く気を取り直した父が、ニヤリと笑う。
「そうだにゃあ。あと二、三日もすれば、わかると思うにゃん」
想像でもしたのか、リュシールがで忍び笑いを漏らす。
母は頬に手を当て、首を傾げた。
「ハゲとニキビはちょっと…いえかなり、嫌よねぇ」
私も、嫌だ。




