リュシール
夜遅く到着したサーシャに泣かれ、母に拳骨と説教をくらい、私は夕食抜きの罰を受けた。
くるくると音を立てるお腹を抱えながら、ベッドの中で丸くなる。
寝ようとしても、お腹が減っているせいか全く眠れない。
ゴロゴロと寝返りを繰り返していると、不意に爪の先がキラリと光った。
「え?」
慌てて起き上がると、目の前でポン、と煙が上がる。
「よう。エルメローズ」
煙と共に現れたのは、真っ黒な艶やかな毛並みの猫だった。
血のように赤い瞳に、同じ色のリボン。
黄金の鈴がついている。
私はその猫に、見覚えがあった。
公爵邸の一室に飾られた、猫を抱いて穏やかに微笑む、老婦人の絵画。
エルデローズが亡くなる数年前に描かれた絵画だ。
「貴方が、リュシール…?」
「いかにも!我は偉大なる黒猫、───リ─ユ────シル─────!さあ娘!我を崇め…へぶっ!」
「あ、アンタぁぁぁ!!!」
首根っこを掴まれたリュシールが、間抜けな声をあげる。
だが、気になんてしてやるもんか。
「待てって言ったのに!なんでさっさと行っちゃうのよ!?まだ何もしていないでしょうね!?」
「ちょ、やめ、きもちわる…うぇぇ…」
しばらくガクガクと揺さぶったあと、私はぐったりとしたリュシールから手を離した。
べシャリとベッドに伏せ、リュシールは目を回している。
「ちゃんと一から説明して!!!」
「わかった、わかったから…ちょっと休ませろ…」
しばらくして、リュシールはやっとの事で体を起こした。
「まったく。流石はエルデローズの生まれ変わり。そっくりだにゃあ」
「え!?ちょっと待って、どういうこと!?」
くしくしと顔を擦ったリュシールが、なにやらとんでもない爆弾を投下した気がする。
「ん?あぁ、お前がエルデローズの生まれ変わりってことか?安心しろ、魂の話だにゃん」
「魂って…」
「お前の魂は、エルデローズと全く同じものだにゃん。まあその辺は神の領域だから俺は詳しくないんだが。記憶なんかは引き継いでいないみたいだけど、体質や細かな癖なんかは、良く似ているにゃん」
「それって、よくある話なの?」
「魂は巡り巡って別の生き物に生まれ変わるにゃ。全くの赤の他人や動物なんかになることが多いけど…今回のは結構珍しいケースだにゃあ」
「そうなんだ…」
私はぽすりとベッドに座り込んだ。
「俺はエルデが死んだ後、自らその手帳に自分のことを封印したにゃ。エルデが最後に、子孫が大変な時に手を貸してやってくれと願ったから。そしてお前は俺の声を聞き、見事に俺の封印を解いた!だから俺はお前の願いを叶えてやるにゃん!」
すくっと立ち上がった黒猫は、やる気に満ち溢れた様子でまた走り出そうとした。
私は慌ててその首根っこをもう一度掴む。
「ちょ、ちょっと待ってよ!とりあえず落ち着いて!今日は遅いから、もう休みましょう?ほら、ここに寝て…」
クッションを引き寄せて、リュシールをそっと上に乗せる。
「そうか?まあ、今日かけた呪いの効果はしばらくしないと発動しないからな。それを確認してからでもいいか」
柔らかなクッションを前足でふみふみしながら、リュシールは言った。
「…ちょっと待って?呪い?今日?かけた?」
「ああ!久々だったから苦戦したけど、ちゃーんと呪ってきたぞ!」
きらん!と音がしそうな笑みを浮かべ、リュシールが得意げに胸を張った。
なんだか頭痛がして、私はベッドに倒れ込む。
「…頭がパンクしそうだわ…リュシール、明日、ちゃんと話そう…」
「まあいいだろう。しっかり休め。エルメ」
しゅるりと振られる尾を目で追ううち、私はゆっくりと眠りに落ちた。
「良い夢を」
霞む視界の中で、黒猫が丸くなった。
何とも衝撃的な、一日の終わりだった。




