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手記

次の日、私は図書室の扉を開けた。


初老の司書が軽く頭を下げる。


「今日はずっとここにいるから、サーシャはもう休みにしていいわよ」


「かしこまりました。では、飲み物だけ用意しておきますね。あと、ちゃんと昼食は取ってくださいねお嬢様。夕食までには帰りますから!」


冷たいお茶のポットを置いて、るんるん、とサーシャが出ていく。


私は適当な本棚から数冊の本を抜き取り、静かに窓際の席に座った。


小さく窓を開けると、爽やかな風がカーテンを揺らす。


表紙を開き、私はあっという間に物語の世界に飛び込んでいった。


何時間経ったのだろうか。


私は持っていた本を閉じ、テーブルに置いた。


少し凝った体をほぐす。


三時間ほど読書に没頭していたようだ。


「お嬢様、読み終えた本はこちらへどうぞ。後ほど戻しておきますので」


「ありがとう。お願いするわ」


司書に本を預け、また本棚を見て回る。


目に付いた本を抱えながら歩き回っていると、ふと古い本棚の片隅に一冊の手帳が挟まっていることに気付いた。


黒い革表紙に、金色の装飾。


気になって手に取り中を開くと、エルデローズ・ティアリーゼと署名があった。


私とよく似た名前の、数代前のご先祖さまの名前だった。


中には幼い字で、他愛もない日常の記録が綴られている。


『お父様が誕生日に、手帳をくださった!かっこよく私の名前を書いてくれた!もうすぐお姉さんだもの。日記を書こうかしら』


興味をそそられ、近くの椅子に座ってパラパラと中を確認していると、ふとあるページが目に付いた。


『今日は森にピクニックに行った。とても充実した一日だった。でも帰り道、不思議な声を聞く。なんだか助けを呼んでいるみたい。でも、一緒に行った友達には聞こえていないみたい。怖くなったから、急いで帰ることにした』


『また声が聞こえた。場所はこの前ピクニックに行った森と、おうちの間くらい。周りは放牧地で、特に何も無いのに。侍女のマヤに聞いても、聞こえていないみたい。怖い。なんなんだろう』


『今日も同じところから、声が聞こえた。今度はハッキリ、助けてくれって!どうしよう。どうすればいいのかな』


数日間に渡って、謎の声の事が書かれている。


『内緒で家を抜け出してきた。声の正体を確かめてやる!』


その日から日付は数日間飛んでいた。


『この数日間、とても大変だった。家を抜け出したことをとても怒られた。でも、助けてよかったと思う。私は後悔なんてしていない』


『名前は、リュシールにした。真っ黒で、真っ赤な目。不思議な力を持っている。大人たちに、リュシールの姿は見えてないみたい』


『どうして信じてくれないの?私は、嘘なんてついてないのに』


『リュシールの本当の体は、まだ閉じ込められているらしい。私が見ているのは、魔法で作り出した幻なんだって』


『お父様もお母様も、友達も、誰も信じてくれない!』


『今日、とっても嫌なことがあった。お城に呼ばれて、初めて会った男の子に髪の毛を引っ張られたの』


『嫌だ!婚約なんて!あんな意地悪な子と結婚なんてしたくない!』


『みんな大っ嫌い!!!』


『助けて!リュシール!』


字は徐々に乱れ、この一文を最後に途切れた。


そして、数ページの白紙が続く。


『久しぶりにこの手帳を開く。いったい何年経っただろうか。婚約者は相変わらず、浮気ばかり繰り返している。私を無視したり、暴言も当たり前。あんな男と結婚しなければならないなんて。いっその事全てを捨てて、逃げ出してしまいたい』


その整った字にはもう、かつての幼さは微塵もなかった。


『久しぶりに、リュシールのことを思い出した。いつの間にか声も聞こえなくなり、姿を見ることは無くなった。私が王都に行ってしまったからだろうか。今ならわかる。リュシールは恐らく、悪魔と呼ばれる類のものだ。でも、それでもいい。リュシール。もう一度、貴方に会いたい』


『私は昔、半分しか貴方を助けられなかった。今度こそ、貴方を助けたい』


そこからは、悪魔に関する記述が続いていた。


悪魔に関する歴史から始まり、怪しげな儀式や呪文、魔法陣の書き方などがびっしりと書き込まれている。


「悪魔…?そんなものが本当に実在するの…?」


エルデローズはこの国の国王と結婚し、史上最も偉大なる王妃だったと歴史に名を残した。


その功績のお陰でティアリーゼ公爵家は磐石な支持基盤を獲得し、現代に至るまでこの国の筆頭公爵家として王家も無視できない一大勢力となって発展している。


逆にエルデローズの伴侶だった当時の国王は、酒と女に溺れて国政を放り出し、様々な問題を引き起こした暗君だった。


『やっと、全ての封印を解く方法がわかった。何年もかかってしまった。歳をとった私を、リュシールは分かってくれるかしら』


最後の方のページには、そんな言葉と共に美しい魔法陣が描かれていた。


下には古代語で、呪文のようなものが書かれている。


私はそっとその一文をなぞった。


不意に、窓の外から鐘の音が聞こえてくる。


お昼の鐘だ。


私は咄嗟に手帳を服の下に隠し、そのまま図書室を後にした。


何となく、誰かに見られてはいけない。


そんな気がした。

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