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ブルーベル

アスランに呼ばれ出てきたのは、美しい魚の姿をした悪魔だった。


長いヒレが優雅に空中を舞う。


陽の光で、青い鱗がきらりと光る。


アスランは留学先でこの魚の悪魔、ブルーベルと出会ったらしい。


汚れた泉に囚われていたところを助けたのだとか。


「悪魔と呼ばれるのは好きじゃありませんわ。わたくしは誇り高き聖霊ですのよ」


ブルーベルがそう言ったので、そう呼ぶべきだろう。


「そこのあなた。あなたからも強い聖霊の気配を感じます。契約しているのでしょう?」


ブルーベルはゆらゆらと私の周りを回った。


「…どういうこと?ローズが悪魔…いえ、聖霊と…?」


王妃が混乱している。


私は全てを説明した方がいいと決意し、リュシールに声をかけた。


「リュシール、出てきてくれる?」


すぐさま出てきたリュシールは、私の肩に乗って頬に顔を擦り付けて来る。


そしてチラリとブルーベルに目をやった。


「よう、久しぶりだにゃあ」


「あら、貴方だったのね」


二人はどうやら顔見知りのようだ。


「王妃様、ちゃんと一から、説明しますね」


それから私は、なるべく詳しく説明を始めた。


王妃はじっと耳を傾けている。


婚約破棄の後のこと、図書室で見つけたエルデローズの手記こと、悪魔のこと。


そして、呪いのこと。


今わかっていることを全て話し終えてから、王妃はしばらく無言になった。


「…わかったわ。アスラン。あなたと…ブルーベルさんは契約を結んでいるのよね?対価というのは、どういうものなの?」


ブルーベルが空中を舞う。


その周りには、水の玉がいくつも浮いていた。


「わたくしが求める対価は、美味しいお水ですわ。この国のお水はとっても美味しい。素晴らしいことですわ」


「まあ、お水…?お茶なんかは、いかがかしら?」


王妃がそっとポットを差し出す。


ブルーベルが尾を振ると、そこからお茶が小さな球体になって浮かび上がった。


その雫を飲み込んだ後、ブルーベルがくるりと舞う。


「こんなに美味しいものは初めてですわ。気に入りました!」


とても嬉しそうだ。


「あら、よかったわ」


お茶は王妃の趣味でもある。


「こんど違う茶葉でも入れてあげるわね」


「まあ嬉しい!アスランじゃなくて、王妃様と契約したら良かったわ!」


そんなことをしていると、廊下が騒がしくなった。


焦った使用人たちの声が響く。


何事かと声の方を見ていると、突然サロンの扉が開いた。


荒々しい足音を立ててやって来たのは、ビクトルだ。


何故かシーツを被り、それをズルズルと引き摺っている。


「ビクトル!あなた謹慎中の筈でしょう!部屋に戻りなさい!それになんなのその格好、は…えっ」


王妃が素早く立ち上がる。


厳しい王妃の言葉が、不意に消えた。


はらりと床に落ちたシーツ。


その内側には、金色の何かが沢山張り付いている。


「び、ビクトル…あなた、それ…」


顕になったビクトルの頭部は、禿げた部分と無事な部分が混在して斑になっていた。


顔中に青紫の痣が無数に浮き出て、酷い有様だ。


「おまえの…お前のせいだ!!!」


黙ってフラフラと近付いてきたビクトルは、突然大声を上げて私に殴りかかった。


隣にいたアスランがすぐさま立ち塞がり、ビクトルの拳をがっちりと受け止める。


「兄上!おやめ下さい!」


「うるさい!この女が全て悪いんだ!何もかもお前のせいだ!!!」


「元は兄上がローズを裏切って、浮気なんてするからではないですか!」


「うるさい!黙れ黙れ黙れ!!!」


ビクトルが無茶苦茶に暴れて手を振り回す。


しかしアスランはそれを容易にいなし、肩を突き飛ばした。


「ブルーベル!拘束してくれ!」


「いいわよお」


ブルーベルがくるりと回った。


水の輪が倒れ込んだビクトルに絡みつく。


「な、なんだ!?動けない…お前の仕業か!?」


ビクトルには自分に絡み付く水が見えていないようだ。


藻掻くビクトルが大声で喚く。


その時。


「一体なんの騒ぎだ!?」


威厳のある声とともに、国王がやって来た。


その後ろには父が立っている。


国王は床に転がったビクトルを睨み、一喝した。


「ビクトル!謹慎中の身の上でありながら騒ぎを起こすなど、何を考えている!もういい、お前にはほとほと失望した。衛兵!こやつを牢屋にぶち込んでおけ!」


国王の合図で数人の騎士が入室し、ビクトルを担ぎ上げた。


水の拘束はいつの間にか消え去っている。


ビクトルは往生際悪くもがきながら私に罵詈雑言を浴びせかけていたが、リュシールが尾をふっと振ると口が縫い付けられたように無言になった。


こうしてサロンには静けさが戻った。


「すまなかったな、ローズ。日を改めて、また話をしよう」


「かしこまりました、国王陛下」


「聖霊と呪いのことは、俺が説明しておく」


隣にやってきたアスランが、小さな声で囁いた。


「わかった。ありがとう」


「またな」


にっと笑った顔に、幼い頃の面影が重なる。


小さく跳ねた心臓を、私は気の所為だと無視することにした。


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