婚約破棄
「今なんて?ビクトル」
素っ頓狂な私の声は思いのほか、会場に響いた。
ここは王立貴族学院の大ホール。
今まさに、卒業式が終わったところだ。
「まったく。相も変わらずうるさいやつだな。仕方ないからもう一度言ってやる。お前と結婚するつもりは無いって言ったんだ」
私の前に立ったビクトルが、自慢の金髪をかき上げる。
そしてふっと不敵に笑い、私の姿を無遠慮に見つめた。
「お前のような女、王子たるこの僕に相応しくないだろう?」
私はハッとして自分の格好を見下ろした。
レースのついた、たっぷりとしたフリフリの桃色のドレス。
至る所に花の形の装飾や、リボンが縫い付けられている。
まるで子供用のドレスのようだ。
「何言ってるの!?貴方がこれを送ってきたんじゃない!」
「人のせいにするな。僕がなぜお前なんかにドレスを送らないといけないんだ」
婚約者として、それはそれで問題のある発言だと思うが。
「じゃあ誰よ!私だってこんなドレス…!」
涙が滲んで、私はドレスを握り締めた。
ビクトルが私に物を贈ったのは、数える程しか無い。
その大半が、仲の良かった幼い頃の思い出だ。
学園に入学してから、私たちは段々と疎遠になった。
送った手紙の返事も、パーティの招待状も無視され、誕生日は祝われることすらなかった。
たまのデートもずっと不機嫌な顔をしてさっさと解散しようとし、そのうちすっぽかされるようになった。
学園ではそもそもカリキュラムが違うし、校舎も別なのですれ違うことすらない。
そうして迎えた卒業式の前の日、突然これが届いたのだ。
中身は確かに、酷かった。
でも考えてみれば、幼い頃の私はこんなドレスを好んで着ていたのだ。
幼い頃の記憶のままビクトルがこれを選んで贈ってくれたのだと思い、私は止めようとする家族や侍女達を説き伏せてこれを着た。
「悪いが僕にはもう愛する人がいるんだ」
「………は?」
俯く私を無視して、ビクトルはほぼ笑みを浮かべて振り返った。
伸ばされたビクトルの手に、私じゃない女の手が絡まる。
美しい桃色のドレスを着た小柄な女が、頬を赤く染めてそこにいた。
「僕はお前と婚約破棄して、このマドリーヌと結婚する」
ビクトルの隣に並んだマドリーヌのドレスは、私のドレスとそっくりだった。
ただ一つ違うのは、そのドレスが小柄で甘い顔立ちのマドリーヌには、良く似合っていたということだ。
私はどちらかと言うと背が高く、スッキリとした顔立ちをしている。
髪は黒く、瞳は緑色。
桃色の華やかなドレスは、成長した今では似合わない。
ぶるぶると手が震えた。
俯く私に、マドリーヌがそっと近づいて来た。
白いレースに包まれた手が、ゆっくりと私の肩にかかる。
「申し訳ありません、エルメローズ様。でも、私たちは真実の愛を見つけたのです」
にたり。
私だけ見えるように、マドリーヌは笑って見せた。
「そのドレス…気に入って貰えたかしら」
マドリーヌの囁きに、私は。
自分の中で、何かが切れるのを感じた。
ふつふつと体の奥底から力が湧き上がってくる。
手始めに、一番近くの腹だ。
拳を固く握りしめ、全身の筋肉を使い、下から上に突き上げる。
「ぐおっふ!?」
なにやら桃色の塊が呻いて宙を舞ったが、気にしない。
「おい貴様!?なにを…!」
うるさく喚く口はどうしようか。
よし、ひとまず黙らせよう。
「お、おい!ぶっ!ちょ、ヤメ…っ!」
顔の中心を目掛けて、右、左、右、左、ワンツー、ワンツー!
最後は下から上へ、肘を曲げたまま。
全ての筋肉を引き絞り、全身全霊の力を込めて。
「へぶしッッッ!?」
私の拳は寸分違わず、ビクトルの顎を撃ち抜いた。
鼻血を吹きながら、ビクトルがゆっくりと仰向けに倒れて行く。
「ふーーーっ」
息を吐きながら、力を抜く。
騒然となっていた会場から、何故かパラパラと拍手が起きた。
そして私は我に返る。
「っ、きゃーーー!!!」
それからの事は、よく、覚えていない。




