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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第7話 僕たちの城

 

「まずは、わしらが寝起きする小屋を作らねばならんな」


 師匠のその一言から、「地獄の家作り」が始まった。


 手渡されたのは、ずっしりと重い鉄の斧。

 村にいた頃、薪割りくらいは手伝ったことがあったけれど、空を突くような巨木を切り倒すなんて、正気の沙汰とは思えなかった。


「……っ、ふんっ!!」


 渾身の力で振り下ろした斧は、硬い針葉樹の幹に無情にも弾き返される。

 衝撃で痺れる右腕が、ジリジリと熱を帯びる。

 この力を使えば、こんな木なんて一撃でへし折れるのに。


 そう誘惑が頭をよぎった瞬間、背後から師匠の鋭い声が飛んだ。


「余計なことを考える暇があるなら、刃筋を正せ。力ではなく、鋭さで断て」


「……っ、はい!」


 僕は内心で毒づきながら、再び斧を構え直した。

 本当に力に頼らず、技だけでこの大木が切れるようになるんだろうか。

 そんな疑念を拭えないまま、僕は跳ね返される斧の感触に耐え、何度も何度も刃を打ち込み続けた。


※   ※   ※   ※   ※


 木を切り、皮を剥ぎ、丸太を運ぶ。

 そんな終わりの見えない重労働に加え、さらに僕を苦しめたのは、日々の「食料調達」だった。

 空腹で目が回りそうなのに、僕たちの食事は、僕が狩らなければ手に入らない。


「……はぁ、はぁっ! 待てっ!!」


 垂直に近い岩場を、軽々と跳ねていく影がある。

 この山の主食となる岩山羊、『フェルゴート』だ。

 数は多いが、とにかく素早い。

 慣れない崖に足をもつれさせながら追いかけ、ようやく一頭仕留める頃には、僕は泥と汗でボロボロになっていた。


 だが、これほど苦労しても報われない理由がある。


 ――そう、驚くほど美味しくないのだ。


「フェルゴートの肉は脂が少なくて硬い。だが、それがお前の血となり肉となる。文句を言わずに食え」


 焚き火で豪快に焼かれた肉を、僕はしぶしぶ噛みしめる。

 確かに、以前食べたアイアン・グリズリーの、あの獣臭い肉に比べればマシかもしれない。

 けれど、こいつはいくら噛んでも飲み込み時が見当たらないほど、とにかく硬い。

 僕は涙目になりながら、虚空を見つめて顎を動かし続けた。


 そんな日々が一週間も続く頃には、僕の手のひらはマメが潰れて真っ赤に腫れ上がり、全身が鉛のように重くなっていた。


 そんな日の夜。

 いつものように焚き火を囲みながら、僕は疲れ果てて地面に横たわっていた。

 パチパチと爆ぜる火の粉が、夜の闇に吸い込まれていくのをぼんやりと見つめていると、師匠がおもむろに口を開いた。


「……アレン。どんな家が良い?」


「えっ……?」


「お前がこれから住む家だ。希望くらいはあるじゃろう」


 不意の問いかけに、僕は少し考えてから、消え入りそうな声で答えた。


「……窓が、大きいといいです。朝起きたときに、あのかっこいいミスト・リンクスがいた霧が見えるような、そんな家」


 師匠はフンと鼻を鳴らしたが、その口元は少しだけ緩んでいたように見えた。


「贅沢な奴め。だが、窓を大きくするなら、その分太い柱を切り出さねばならんぞ。明日からはさらに忙しくなる」


「……はい、師匠」


 厳しい言葉とは裏腹に、師匠が語る「家」の計画には、どこか温かい響きがあった。


 僕は痛む手のひらをそっと握りしめ、まだ見ぬ自分たちの「城」を思い浮かべながら、深い眠りへと落ちていった。





 ――それから、さらに数週間。

 泥にまみれ、フェルゴートの硬い肉を噛み、全身の筋肉を悲鳴をあげさせながら丸太を運ぶ。

 そんな苦行のような日々に耐えていたある日のことだ。


 師匠が、見たこともないほど巨大な獲物を引きずって帰ってきた。


 岩石のような黒い皮に覆われた、黒鉄の鎧猪『アーマード・ボア』だ。


「アレン、今日は祝いじゃ。屋根が組み上がったからな」


 その夜、焚き火でじっくりと炙り、滴る脂が火を爆ぜさせるボアの肉。

 一口食べた瞬間、僕は目を見開いた。


 口の中に広がるのは、フェルゴートとは比べものにならない濃厚な旨味と、とろけるような甘い脂。


「……っ! 美味しい……!!」


「こいつは皮が硬くて狩るのが面倒での。だが、味だけは一級品じゃ。この味が忘れられなくて、山を下りられん手合いもおるほどよ」


 師匠と笑い合いながら、夢中で肉を頬張る。

 自分たちで作る家と、自分たちの力で手に入れる最高のごちそう。

 それは、村にいた頃には決して味わえなかった、「生きている」という強烈な実感だった。



 それからさらに二週間、家を作り始めて二か月が経つ頃。

 ひたすら木を切り、皮を剥ぎ、重い丸太を二人で担ぎ上げて組み上げる日々が続いた。

 屋根に防水のための皮を張り、壁の隙間に苔を詰め終えたとき――。


 夕日に照らされた岩場に、小さいけれど、どこまでもがっしりとした山小屋が完成していた。


 木の香りが立ち込める室内で、僕は自分が削り出した窓枠にそっと手を置いた。


 村を追われ、化け物だと疎まれ、帰る場所なんてどこにもないと思っていた。

 けれど今、自分の手が真っ赤に腫れ、泥にまみれて作り上げたこの場所は、間違いなく僕を拒まない。


「……できた」


 視界がふわりと滲んだ。

 涙を拭おうとした僕の肩に、師匠の大きな手が置かれた。


「よくやった。今日からここが、お前の『家』だ」


 そう言う師匠の顔は、今まで見たことがないほど穏やかで、優しかった。



 ――けれど。

 そんな感動に浸っていられたのは、その夜、自分のベッド(と言っても、木の板に毛皮を敷いただけのものだが)で眠りにつくまでの間だけだった。



 翌朝。



「起きろ、アレン!今日からは剣の修行じゃ!」



 日の出とともに響き渡った師匠の怒声が、僕の新たな「地獄」の幕開けを告げたのだった。



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