表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/11

第4話 「師匠」と呼べ

 

 老人は、僕が干し肉を食べ終わるのを見計らって、不意に手を伸ばしてきた。


「ひっ!」


「動くな」


 老人の太い指が、僕の額の傷に触れる。  

 乱暴にされるかと思って身構えたが、その手つきは驚くほど優しかった。  

 水筒の水で傷口を洗い、清潔な布を当ててくれる。


「……なんで?」  


 僕は震える声で尋ねた。


「僕、化け物なのに。どうして優しくするの?」


「化け物かどうかは、わしが決めることじゃ」


 老人は眼帯のない右目で、僕の目をじっと見つめた。  

 すべてを見透かすような、深い瞳だった。


「それに、お前のその右腕」


「ッ!?」


 心臓が止まるかと思った。  

 隠していたはずなのに。バレている?


「……普通の人間のものではないな」


「や、やめて! 見ないで!」


 僕はパニックになり、右腕を押さえて逃げようとした。  

 けれど、老人の手は鋼鉄のように僕の肩を掴んで離さなかった。


「逃げるな! 見ろ!!!」


 空気が、ビリビリと震えた。


 それは単なる大声ではなかった。  

 腹の底から絞り出された、物理的な衝撃すら伴うような強烈な咆哮ほうこう。  

 降り注ぐ激しい雨音が一瞬かき消され、森全体がその怒声に支配されたかのようだった。


 僕は雷に打たれたように体が硬直し、呼吸することさえ忘れた。  


 怖い。  


 村人たちに向けられた殺意とはまた違う、圧倒的な強者による威圧感プレッシャー。  

 蛇に睨まれた蛙のように、僕は指一本動かすことができず、ただガチガチと奥歯を鳴らしてその場にすくみ上がった。


「己の体じゃろうが!! 自分が目を背けてどうする!!!」


「だって……! これのせいで、みんなに嫌われたんだ! じっちゃんも、みんなも……!」


「それで? 誰かに嫌われたら、お前はお前であることをやめるのか?」


 老人の言葉が、鋭利な刃物のように僕の胸を貫いた。 


 反論しようとした。  


 でも、声が出なかった。


 自分の気持ちが、わからなかったからだ。


 怖い。  

 自分の中に眠る、この異質な力がどうしようもなく怖い。  

 でも、それを否定してしまったら、僕は僕じゃなくなってしまうのか?  

 嫌われたくない。

 でも、この腕はどうしてもここにある。


(どうすればいいんだ……どうすれば……!)


 答えなんて見つからない。  

 ただ、得体の知れない恐怖と不安が渦巻いて、思考がぐちゃぐちゃになる。


 僕は開いた口をパクパクとさせるだけで、返す言葉が何一つ見つからなかった。


「いいか、小僧。力そのものに善悪はない。包丁は人を殺せるが、料理を作って人を笑顔にもできる。要は『使い手』の心次第じゃ」


 老人は僕の右腕――ボロボロの布越しに――ポン、と手を置いた。


「お前はその腕で、誰かを傷つけたかったのか?」


 ――違う。  僕は、じっちゃんを助けたかっただけだ。


「……助け、たかった」


「なら、胸を張れ。お前は誰も傷つけておらん。守ったんじゃ」


 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた何かがプツリと切れた。  

 あの日からずっと、誰かに言ってほしかった言葉。  

 肯定してほしかった言葉。  

 声にならない嗚咽が漏れ、僕は泥の上に泣き崩れた。


 老人は慰めるでもなく、ただ僕が泣き止むのを黙って待っていてくれた。  

 雨が上がり、雲の切れ間から月が顔を出す頃。  

 老人は立ち上がり、僕に言った。


「名は?」


「……アレン」


「そうか。わしはガルド。ただの隠居騎士じゃ」


 ガルドは背を向け、歩き出した。  

 数歩進んで、立ち止まる。


「いつまで座っておる。置いていくぞ」


 その背中は、不思議と大きく、温かく見えた。  

 僕は慌てて涙を拭い、泥だらけの足で走り出した。


「う、うん……! 待って、ガルドさん!」


「……『師匠』と呼べ」


 ぶっきらぼうに吐き捨てた言葉とは裏腹に、その歩幅は、僕の短い足に合わせて驚くほどゆっくりだった。



 今の僕には分からない。  

 彼がどれほどの覚悟で、僕の前に姿を現したのか。  

 僕が干し肉を齧った瞬間、彼がどれほど救われたような気持ちでいたのか。



 ただ、そのマントの裾を追いかけていけば、もう道に迷うことはない。  

 根拠なんてどこにもないけれど、僕の心はそう確信していた。



 こうして、僕と『師匠』の、奇妙な共同生活が始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ