第2話 十二歳の誕生日、すべてを失った日
重すぎるまでの沈黙。
「はぁ……はぁ……」
僕は荒い息を吐きながら、自分の右腕を見下ろした。
黒く輝く鱗。
したたり落ちる魔狼の返り血。
気味の悪い腕だ。
自分でもぞっとする。
でも、これでじっちゃんを助けられた。
村のみんなを守れたんだ。
僕は努めて明るく笑い、振り返った。
「じっちゃん、大丈夫!? 怪我は……」
ゴッ。
鈍い音がして、僕の額に鋭い痛みが走った。
何かがぶつかり、足元に転がる。
それは、石ころだった。
「……え?」
顔を上げると、村長が震えながら後ずさっていた。
その目は、感謝の色ではなく――底知れぬ「恐怖」で見開かれていた。
「ひ、ひぃ……」
「じっちゃん?」
「近寄るなッ! 化け物ぉぉッ!」
村長の叫び声が、ナイフのように胸に突き刺さった。
「……化け物?」
周囲を見渡す。
さっきまで僕の誕生日を祝ってくれていたみんなも、イチゴをくれたおじさんも。
全員が、僕を睨んでいる。
怯えている。
あるいは、殺意のこもった目で見ている。
「アレン、その……右腕は、なんだい……?」
さっき優しく頭をなでてくれたおばさんの声が、震えていた。
僕は必死に、異形へと変わり果てた右腕を隠そうとした。
けれど、ボロボロになった袖の隙間から、禍々しい漆黒の鱗と鋭い爪が、月の光を浴びてぎらりと光る。
「ち、違うんだ、これは……!」
「寄るな! 化け物ッ!」
ドゴッ、と鈍い音がして、僕の額に再び硬いものが当たった。
――それは、鋭く尖った石つぶてだった。
「……え?」
額から温かいものが流れ、視界が赤く染まる。
見上げれば、そこには「家族」だと思っていた村人たちが、見たこともないような憎悪の瞳で僕を囲んでいた。
「汚らわしい……。聖女エレナ様と同じ瞳をしていながら、その中身は魔族だったのか!」
「ああ、なんてことだ! 私たちは今まで、こんな不浄な生き物を聖女様の子のようだと敬っていたのか!」
「魔族の手先め! 魔物を呼び寄せたのはお前だな!?」
次々と石が投げつけられる。
額から血が流れ、目に入って視界が赤く染まる。
右腕の鱗はどんな攻撃も弾くだろう。
でも、生身の体には、石の痛みが一つ一つ刻まれる。
しかし何よりも、心が千切れそうだった。
「出ていけ! リムル村を汚すな!」
「殺せ! 魔族を殺せ!」
昨日まで僕の頭を優しくなでてくれた手が、今は重い棍棒や鍬を握りしめている。
僕が大好きだった、陽だまりのような村の空気は一瞬で凍りつき、逃げ場のない処刑場へと変わった。
「……あ……あ……」
声が出なかった。
額から流れる血よりも、胸の奥が引き裂かれるような痛みで、息ができない。
助けたはずの村長ですら、目を逸らして震えているだけだ。
ああ、そうか。
この世界では、人間と魔族は敵同士なんだ。
だから、こんな腕を持った僕は、もう「アレン」じゃない。
「敵」なんだ。
涙が溢れて止まらなかった。
僕は村長からもらった錆びた剣を、そっと地面に置いた。
もう、僕にはこの剣を持つ資格はない。
「……ごめんなさい」
誰に対する謝罪なのか、自分でもわからなかった。
僕は逃げるように背を向け、暗い森の中へと走り出した。
背後から浴びせられる罵声は、森の奥深くに入るまで、ずっと聞こえ続けていた。
十二歳の誕生日。
僕は、守りたかったすべてを失った。




