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面会記録 自由問答抜粋

問答を続ける中で、

記録者としては見過ごせない——いや、無視できない回答があった。


彼には「解放の儀式」があるという。

日常において、仕事、家族、役割。

複数の重みを同時に背負って生きている自覚があり、

それらを一度“下ろす”ための行為が必要なのだと。


その行為は、

女性用下着や競泳水着の着用。


私は最初、

性処理的側面を含むものだと仮定した。

しかし、その仮説は彼自身の言葉によって否定された。


他者の使用したものは不可。

衛生的観点、法的観点、いずれにおいても許容できない。

あくまで合法で、自己完結的で、

「常識から半歩だけ逸脱する」ことに意味があるという。


背徳感はあるが、

破壊ではなく、秩序を理解した上での逸脱。


臀部が発達している自覚はあるらしく、

包み込む繊維、

張力をもって覆う素材に、強い安心感を覚えるそうだ。


露出ではない。

強調でもない。

むしろ覆い隠されることそのものが、

彼にとっての解放条件らしい。


——感覚が、極めて繊細なのだと思った。


私は、自分の下着を着用する際の感覚など、

意識したことがない。

それは男女差というより、

彼固有の特性なのだろう。


彼は言語化が巧みだった。

自分が何に、どう反応し、

どの段階で安心に変わるのかを、

分解するように説明する。


分かりやすく、

論理的で、

どこか新鮮だった。


共感はできない。

——正確に言えば、まだできない。


けれど、

「共感してみたい」と思っている自分に気づいた。


それが、

研究者としての好奇心なのか、

それとも私的感情なのか、

判別はつかない。


ただ一つ、

自分でも予期していなかった反応があった。


彼が、

「他者の下着。特に女性の——」

と口にした瞬間。


胸の奥が、

きゅ、と縮む感覚。


悪寒ではない。

嫌悪とも、違う。


——嫉妬。


彼の肌に、

誰かの所有物が触れるという想像。

それが、どうしようもなく受け入れがたかった。


私は、

立場上、露出を抑え、

距離を保ち、

深く関わらない役割にいる。


それなのに、

彼の内側だけは、

誰よりも知っている。


触れられない。

名乗れない。

選ばれる立場でもない。


その矛盾が、

静かに、しかし確実に、

私の中に鬱積していたのだと思う。


公式記録には、

当然、その感情は残らない。


けれど、

この瞬間を境に、

私は理解してしまった。


——彼の「解放」は、

もはや単なる研究対象ではない。


そして同時に、

自分が“観察者であること”を、

これほどまでに残酷だと感じたのは、初めてだった。

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