観察項目の増設
観察項目が増設された。
理由は単純で、身体適応の精度が想定以上に高いからだ。
報告書には医学用語が並ぶ。
大臀筋の可動域。
中臀筋の緊張度合い。
触診による左右差の確認。
あくまで手技。
あくまで評価。
——そう理解していても、事実として私は彼の筋肉に触れている。
硬い。
反発がある。
鍛錬というより、生活の積み重ねが作った密度。
特別なトレーニング歴はない。
それが、なおさら不思議だった。
面会時に得た情報を思い出す。
彼は階段を上る際、意識的につま先で荷重するらしい。
テレビで、女優が美脚を作るために日常動作を変えているという特集を見て、
「合理的だと思った」と、淡々と言っていた。
知識として補強する。
つま先立ちは下腿三頭筋だけでなく、
骨盤の安定化を通じて中臀筋・大臀筋の活動量を高める。
結果として、下半身全体の連動性が向上する。
点と点が、線になる。
面会での言葉。
触診の感触。
報告書の数値。
——ここまでは、問題ない。
次の項目に移行する。
体幹評価のための姿勢変換。
視点が変わる。
距離が変わる。
発達した大臀筋の輪郭が、強調される。
「大きい」という感想が浮かび、
私はすぐにそれを**“体積増加が顕著”**と言い換える。
言葉を選ぶことで、感情を制御する癖が、もう染みついている。
観察されていることを、彼は理解している。
それでも、表情は変わらない。
過剰な反応も、照れもない。
——そこが、彼の魅力だ。
その瞬間、
胸の奥で、これまでとは違う感情が微かに動いた。
恋心とは、少し違う。
もっと原初的で、
異性として相手を認識する感覚。
長い間、眠っていたもの。
理性や役割や文脈の下に、丁寧に畳まれていた感覚。
女性の欲求は、
刺激そのものよりも、関係性と意味づけによって変動する——
そんな理論を、どこかで読んだことがある。
今なら、分かる気がした。
触れているのは筋肉。
評価しているのは機能。
けれど、そこに至るまでの時間と選択を知ってしまった今、
身体はもう、単なる観察対象ではなかった。
記録は続く。
手は止まらない。
声も平静だ。
ただ一つ、
私の内側だけが、静かに更新されていた。




