面会3回目 作成者:研究者A
面会3回目
質問票に、自由問答が入った。
正式には「裁量範囲の拡張」。
上官いわく、私の報告書は感情が適切に削ぎ落とされていて、分析として優れているから、多少の自由度を持たせても問題ない、らしい。
……嬉しかった。
同時に、しまったと思った。
自由に聞いていい。
それはつまり、聞いてしまえるということだから。
彼について、もっと知りたい。
価値観だけじゃなくて、
選択の理由とか、迷った跡とか、
たぶん質問票には書かれない部分。
でも、距離感は保たなきゃいけない。
研究者として。
一線を越えないために。
その間で、葛藤が生まれた。
思えば、私は最近ずっと葛藤している。
彼の前に座るたび、
ほんのわずかに目尻が細まるのを自覚する。
マスクの下で表情は隠れているはずなのに、
それでも目元だけは嘘をつけない。
涙袋は、今日も控えめ。
でも完全には消していない。
大きすぎない主張。
――誰のためかと聞かれたら、答えに詰まる。
目を合わせることは、相変わらず少ない。
意識している。
でも、ふとした拍子に視線が重なった時、
引き込まれるような感覚がある。
綺麗な瞳だと思った。
研究者として不適切な感想だ。
だから、ここにしか書かない。
自由問答に入った瞬間、
彼の話し方が少し変わった気がした。
質問に「答える」から、
「考えながら話す」へ。
その時、ほんの一瞬、
彼の視線が、
私を“初めて会う人”としてではなく見ているような気がした。
気のせいかもしれない。
でも、
質問の合間に置かれる沈黙が、
前より自然だった。
同じ人だと気づいている?
それとも、ただの慣れ?
分からない。
でも、分からないままでいられなくなっている自分に気づく。
面会が終わったあと、
私はいつもと同じように公式記録を書いた。
簡潔で、無機質で、評価軸が明確な文章。
ただ、最近、
そのあとにスーパーへ寄る頻度が増えた。
自炊の内容を、少しだけ見直した。
理由はつけられる。
健康管理、効率、生活改善。
でも本当は、
彼の話を聞いたあと、何かを変えたくなっている。
影響を受けている。
研究対象から。
それを、まだ誰にも言っていない。
質問票に余白ができた。
その余白は、
彼のためだけじゃない。
私自身の中にも、
確実に、空白が生まれている。
次は、
そこに何を置くのか。
……慎重に考えないといけない。
ここには、書いていい。
私的観察ログ
定期観察日(朝)
目が覚めた。
今日はCT-37の定期観察日。
カレンダーを確認する必要はなかった。体が先に分かっていた。
いつもと同じ手順。
白衣、マスク、ニトリル手袋。
研究だ。観察だ。
——そう言い切れるほど、心は単純じゃない。
以前と違うのは、私の内側。
もう否定できない。
これは、恋心だ。
観察が始まる。姿勢の変化、荷重の移り方、筋の反応。
記録項目は頭に入っている。
だからこそ、余計なものが目に入る。
下肢の筋群。
特に、ふくらはぎ。
負荷に適応した形。無駄のない線。
機能美という言葉が、こんなにも正確だとは思わなかった。
芸術品、という表現が浮かんで、
すぐに打ち消す。
研究者としては不適切だ。
でも、感情は勝手にラベルを貼る。
同世代の異性の体。
訓練でも競技でもなく、
日常の選択と積み重ねで作られた形。
たくましい、という言葉が一番近い。
仕事だ。
それは揺るがない。
けれど、好きな人の姿を、合法的に、正当な理由で見ているという事実が、
胸の奥に静かな背徳感を生む。
私は彼の体を「評価」している。
同時に、
評価している自分自身も、どこかで見られている気がする。
マスクの下で、呼吸を整える。
視線は記録点に戻す。
感情は、奥へ。
それでも、
今日は少しだけ、観察が丁寧になった。
理由は分かっている。
認めるのは、ここだけでいい。
研究は続く。
心も、ついてくる。




