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2年後…

Aは、自分が変わってしまったことを否定しなくなっていた。

以前なら「狂わされた」という言葉を避けただろう。

今は、そう言い切れる。


彼は、Aの人生の“進路”を変えた。

破壊ではない。修正でもない。

方向転換だ。


研究を辞退したあの日、

Aは初めて「逃げる」という選択を肯定した。

戦わないこと、踏み込まないこと、

それもまた、責任なのだと理解した。


恋人探しはうまくいかなかった。

条件も、会話も、距離感も、

どこかで彼と比較してしまう自分がいたからだ。


その事実を

「まだ忘れられていない」と解釈するのをやめ、

「ちゃんと恋だった」と言い換えた瞬間、

心は少し軽くなった。


夜、ひとりの部屋で

彼のことを思い出すことがある。

それは単なる身体的欲求ではない。

理解された感覚、見透かされた記憶、

同じ時間軸を生きていたという実感

——それらが混ざり合った、特殊な体験だった。


Aは自覚している。

彼は、自分に「越えなかった」からこそ、

これほど大きな存在になったのだと。


連絡先を知らない。

住所も知らない。

それが、唯一の救いだった。


もし知っていたら。

もし選択肢があったら。

Aはきっと、行動してしまった。


それは愛ではなく、

彼の“戻れる場所”を壊す行為だっただろう。


彼は、逸脱と帰還のバランスで生きる人間だ。

Aは、それを壊してしまう側になりたくなかった。


だから今も、

会わない。

連絡しない。

知らないままでいる。


それでも、とAは思う。


もし叶うなら。

研究者でも、被検体でもなく、

ただの女と男として。


コーヒーを飲み、

どうでもいい話をして、

デートという名前の時間を過ごしてみたかった。


それだけだ。


彼ほど魅力的な男性には、

もう出会えないかもしれない。

精神的にも、肉体的にも。


——仕事として見てしまった、あの光景も含めて。


Aはため息をつき、

それ以上は考えないことにする。


後悔はない。

ただ、静かな余韻が残っているだけだ。


人生を狂わされたのではない。

人生に、消えない一章が刻まれただけ。


そう思うことにして、

今日もAは、自分の生活に戻っていく。

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